第13話 奴隷、とある冒険者と出会う

 そこは商都ミッドリバーから、馬で約一〇日ほどの場所。

 山間の、小さな家がいくつか点在している集落だ。

 今は人気がなく、家の中は空っぽで、荒らされたというより、キレイに持ち去っているというほうがしっくりくる。おそらく、アルギスの竜の出没で逃げ出したのだろう。


「これで残る集落は一つね」とセレティアが面倒そうに言った。


「そんな嫌そうな顔するなよ。上位冒険者を引き入れたいだろ?」


「別に、そこまで上位じゃなくても構わないわよ」


「ギルドの認証の場で、憤怒竜イーラの討伐を口にした者の発言とは思えないな」


 セレティアは何か言おうとしたが、それをやめ、ただ顔を赤くして俺を睨みつけてきた。


 ――――マズい。

 ついついセレティアをイジってしまう……話題を変えないと、かなりマズい。


「アルギスの竜の討伐は、あのカサンドラ王国の奴だけが受けた依頼じゃない。あの程度の実力なら相当な数が必要だからな。きっと上位冒険者や魔法師も受けているはずだ。とりあえず、そいつらとコネでも作ることができれば、後々役に立つだろう」


「……そうね、ウォルスは奴隷なのに、わたしよりずっとクラウン制度、冒険者やギルドのことについても詳しいし凄いわよね」


「――――もしかして、怒ってるのか?」


「怒ってないわよ。ただ、凄いわねって褒めてるだけだから」


 声に怒気が含まれている気がするのは、俺の思い過ごしなんだろうか。

 そういやアルスだった頃も、何でもできる俺に対し、相手の気持ちを考えろと、騎士団長のダラスに怒られたことがあったのを思い出した。あれからかなりの年月が経っているのに、俺は全然成長していないようだ。


「ね、ねえ、ボーッとしてどうしたの、大丈夫?」とセレティアが俺の肩を揺すり、「ちょっと言い過ぎたようね、悪かったわ」とモジモジしながら謝罪してきた。


「いや、ちょっと考え事をしてただけだ。俺のほうこそ悪かったよ」


 セレティアに頭を下げると同時に、大気を切り裂くような絶叫が響きわたる。


「わたしじゃないわよ!」


「わかってる。これはアルギスの竜の声だ」


 その絶叫は山を一つ挟んだ、向こう側から聞こえたように思う。

 運がいいことに、今の声でも馬は逃げてはいなかった。


「今から向かうぞ。セレティア、絶対俺から離れるなよ」


「何言ってるのよ、ウォルスがわたしから離れちゃダメなのわかってる?」




       ◆  ◇  ◆


 山を駆ける間もアルギスの竜の声は止むことはなく、既に誰かと交戦中だと考えられた。聞こえてくるのはアルギスの竜の声だけで、爆音も何もないため、魔法を使っての戦闘ではないのはすぐにわかった。


 戦闘が行われていたのは、最後に来る予定だった集落で、一匹のアルギスの竜を六人の鎧の戦士が囲み、それを率いていると思われる者が、少し離れた場所で、地面に剣を突き立ててその様子を眺めていた。

 アルギスの竜の表皮は硬く、物理攻撃にも魔法にも強いが、一般的には魔法が有利だとされている。その竜を魔法なしで、六人だけで渡り合っているのはなかなかのものだ。


「顔まで鎧で隠して、何だか怖いわね」とセレティアは俺の背に隠れるようにして言う。


 全員紫に統一された鎧で、頭からつま先まで完全に覆い、統率された見事な動きを見せている。一人一人は中位冒険者の上のほうの実力だろうが、連携は信頼に裏打ちされた完璧なものだ。


「全員女のようだし、顔は隠しておいたほうが何かと都合がいいんだろう」


 顔は目の部分だけがくり抜かれた仮面で隠されていて不気味ではあるが、背丈はそこまで大きくなく、そして、鎧は全て女物だ。

 離れた場所にいた指揮官がこちらに気づいたようだが、気にすることなく戦闘を続けさせる。


「ウォルス、助けなくていいのよね?」とセレティアは少し怯えた声で言う。


「あのアルギスの竜はのようだし、問題ないだろう」


 アルギスの竜で本当に危険なのは、オスより一回り大きいメスのほうだ。気性も荒く、時にはオスさえ襲って食べてしまうほどだ。

 襲うのは子作りで栄養が足りていない時や、子育て中にちょっかいを出した時くらいで、まあ、季節でいえば丁度今くらいがそれに当たるんだが。


「ねえウォルス、何かアルギスの竜の声が聞こえなかった?」


「そうか?」と耳を澄ますと、目の前の竜とは違う、遠くのほうから聞こえる声がある。それも、それは凄い勢いでこちらに近づいてきていた。


「ちょ、ちょちょちょっと、あれ、あれを見て! こっちに来てるわよッ!」とセレティアは王女らしくない、焦った声で俺の腕を掴んできた。


 セレティアは天地がひっくり返ったかのような、ありえないものを目にしている形相で俺の頭上を指している。

 そこには翼を広げて急降下してくる竜の姿があった。

 遠目にも、今目の前で戦闘を繰り広げている竜よりも巨大なのがわかる。


「……ああ、あれはアルギスの竜の……メスだな。流石にデカい」


「感心してる場合じゃないでしょ、こっちに来てるわよ、早く逃げないと!」


「今から逃げても無駄だぞ、確実に追いつかれる」


「ウォルス、あの竜を殺って! 今すぐ殺って!」


 本物の竜を前にすると、平常心を保っているのも難しいらしい。

 セレティアからの本気の命令に、体が完全に戦闘モードに入ったのがわかった。これが血契呪けっけいじゅの力なのか、と初めて体験する感覚に思わず笑みが漏れる。


「何笑ってるのよ! もう無理!」


 セレティアは頭を抱えて座り込んでしまった。

 魔法を唱えようともしないポンコツぶりは、まあ仕方ないだろう。

 初めての大物がこれでは、今後の旅にも影響するかもしれない。


「そこでしばらく目を瞑っていろ」と俺は優しく声をかけた。


 アルスだった時は、この程度は遠距離魔法一発で終わらすこともできたんだが、今はそういうわけにもいかない。しかし、この肉体を試すにはいい相手でもある。


 メスの竜は俺に向け、巨大な爪を振るってきた。

 急降下による一撃。

 本来なら、大の大人一〇〇人ほどが吹き飛ばされる一撃だが、今の俺は剣一本でそれを受けきることができる。

 爪と剣がぶつかった瞬間、甲高い音が広がり、俺の足が地面にめり込むほどの衝撃波で地面に無数の亀裂が入った。


「まずまずだな。次は、その表皮がどのくらい斬れるか試さないとな」


 一撃で斬り捨てるには、このメスの竜はあまりに大きい。

 俺は剣に魔力を込め、竜の頭から尾にかけ縦に一閃、本気の一撃をぶちかました。

 先ほどとは違い、音も衝撃波も何もない、派手さの欠片もない一撃に周辺が静かに感じる。


「――――――――反応がないな」


 メスの竜は動かない。

 血の一滴も垂らさず、ただ動かない。

 斬れていないにしては反応がないのはおかしい、と竜の足を蹴飛ばしてみた。


「しっかり斬れてるんじゃないか」と思わず口から漏れる。


 メスのアルギスの竜は頭から真っ二つに分かれると、血を噴き出して左右に倒れた。

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