第3話「ドキドキ修学旅行 その3」



「……」


 おかしい。楓がいつまで経っても戻ってこない。俺達は今、ダイニングルームで豪華な夕食を楽しんでいる。ビーチのバーベキュー代わりに用意されたビュッフェ形式の豪華な夕食だ。だが、その席に楓の姿が見当たらないことに、俺は気が付いた。


「どこに行ったのかしら」

「まさか誘拐!? 大変だわ! 早く警察に連絡しなきゃ! 楓が変態ストーカー野郎に食われちゃう!」

「落ち着きなさい」


 豪華な料理も落ち着いて食べられず、須未は楓の不在という緊急事態に困惑している。そういえば、俺達の担任の先生もいないな。生徒が全員揃っていないのに食事を始めるとか、どうなってるんだ。


「うめぇ! お袋の料理よりうめぇぞ、これ!」

「この旅行に来た感じ、最高!」

「やっぱバイキングだよなぁ♪」


 男子共は楓の不在を気に留めることもなく、用意された極上の食材をこれでもかと皿に盛り、ガツガツと食い荒している。実にはたしたないことだ。上品な女の楓とは、作法も思考も雲泥の差がある。


 楓、どこに行っちまったんだ……。








「……は?」


 須未ちゃんは開口一番、言葉にならない驚きを呟いた。ずぶ濡れで部屋の入り口にたたずむ私を見て、眉毛が反比例のグラフのように曲がっている。


「ちょっ、楓! 今までどこ行ってたの!?」

「その格好、まさか外?」

「う、うん……」


 桃果ちゃんがタオルを持ってきてくれた。一応濡れないように自分でタオルは持って行ったけど、外の雨風は想像以上に激しくて、すぐに使い物にならなくなった。


「外で何してたのよ!? あんな雨の中で!」

「ちょっと探し物を……ふぇ……くしゅん!」

「とにかく入りさない。シャワー浴びないと風邪引くわよ」


 壮大にくしゃみをした私を、須未ちゃんと桃果ちゃんは引っ張って部屋の中に入れる。私は夕食の時間を削って、雨風にさらされながらずっとホテルの外で探し物をしていた。


 そう、裕光君が落としたというを……。








「……」


 俺は風呂を足早に済ませ、浴衣に着替えてホテルの部屋で一人くつろいでいる。他のメンバーはまだ風呂で騒いでいる。あまりにやかましいため、2,3分浸かった後に逃げるように着替えて出ていった。やはり大浴場は苦手だ。


「……」


 担任の先生に部屋に戻されてから、楓の姿を見ていない。結局夕食の席に戻ることもなかった。今頃自分の部屋にいるのだろうか。それともまだどこかに行ってしまっているのだろうか。女子の部屋に行くことは禁止されているため、確かめることもできない。


「楓……」


 名前を呼ぶ度に不安が強くなっていく。




 コンコンッ

 すると、突然部屋のドアがノックされた。部屋のメンバーが戻ってきたのか? だとしてらノックする必要はないはず。鍵なら開いているぞ。


 ガチャッ


「あっ、よかった、いた……」

「楓!?」


 なんと、ドアを開けた先には、浴衣に身を包んだ楓が立っていた。相変わらずの低い身長で、俺を見上げる。なんで楓がこんなところに……ていうか、今までどこに行ってたんだ?


「楓、今までどこに……」

「裕光君、探してたのこれでしょ?」


 楓は背中に隠していた小袋を差し出した。それは、判別行動の最中にお土産ショップで買った、楓へのプレゼントだった。


「こ、これ……」

「ビーチに落ちてたの見つけたんだ」


 小袋は濡れて表面がボロボロになっており、僅かに砂がこびりついていた。ビーチのどこかで失くしたと思っていたが、楓が見つけてくれたようだ。


 いや、そんなことより……。


「楓、まさかずっと探してたのか!?」

「う、うん……。勝手に外に出たのバレて、夕食の時に先生に怒られちゃってたの。返すのが遅くなってごめんね……」


 ガシッ


「馬鹿! 何やってんだ、この大雨の中で! 風邪でも引いたらどうすんだよ!」

「えっ……」


 俺は楓の肩を掴み、らしくなく声を荒げた。浴衣姿であることから、シャワーを浴びたか早めに大浴場に行ったと考えられる。きっと落とし物を見つけて部屋に戻ってきた時には、ずぶ濡れになっていたことだろう。


「わざわざそんなことしなくてもいい! 言っただろ! これ以上お前に世話になるわけにはいかないって!」


 つまり、楓はあの台風の中、雨風に打たれながら探していたということになる。冷たい雨と強い風に苦しめられる寒い外の中で。しかも、担任の先生に見つかって、楓だけ指導を受けていたという。

 俺のちっぽけなお土産のために、そこまで体を張るなんて馬鹿のすることだ。まさかとは思っていたが、本当に探していたなんて。


「まったく、お前は……」






「……だって、裕光君が大切なものだって言ってたから」

「楓?」

「私、ただ裕光君のために頑張って……ごめん……ごめんね……」


 しまった、楓が泣き始めた。彼女の涙が目に飛び込み、俺は冷静さを取り戻した。彼女は俺のために体を張って見つけてくれたんだ。楓はそういう奴なんだ。自分を省みず、ただ他人のために優しさを振り撒く純粋な女だ。

 せっかく楓が俺のためを思ってした行動に対し、俺は無神経に怒りをぶちまけてしまった。何やってんだ。馬鹿なのは俺の方じゃないか。


「楓、すまん……」

「ううん、いいよ。裕光君のためなら、私、何でもするから。はい、これ」

「あぁ……」


 俺は楓から小袋を受け取った。






「ったく、何やってんだお前らは」

「すんません……」

「でも、先生も男なら気持ち分かるじゃないっすか」

「まぁな……いや、ダメなものはダメだ!」


 すると、今度は廊下の奥から声が聞こえた。部屋のメンバーの声だ。いや、あいつらだけじゃない。担任の先生も一緒にいる。


 ……まずい!


「楓! 早く自分の部屋に戻れ!」


 楓が男の部屋に来ていることが発覚したら、楓が再び指導を受けることになる。何度も言うが、異性の部屋に行くことは禁止されているのだ。


「え!? で、でも……」


 楓が迫り来る男子達を見ながら焦り始める。そうか、女子の部屋がある2階へ戻るには、階段を使わなければいけない。

 しかし、先生達は階段の方向から迫ってきている。今移動すると鉢合わせになって見つかってしまう。かといって、このままここにいても見つかるのは同じ。


 こうなったら……。






「ふぅ……お、明石、戻ってたのか」

「あ、あぁ……」


 先生に連れられた男子共が、部屋にぞろぞろと入ってくる。先生の方は何やらご立腹だ。


「この歳になって女子風呂を覗こうとか、何考えてんだよ」

「いやいや~、この歳だからこそっすよ!」

「えぇ、うら若き男の壮大な夢っす!」

「満面の笑みで語るな!」


 どうやらこいつらは女子風呂を覗こうとして、先生に見つかって指導を受けていたらしい。なんて馬鹿な奴らなんだろうか。ヘラヘラしやがって、これだから陽キャは苦手だ。


「まったく……今日は不良生徒が大勢だな。明石も、こいつらみたいにルール破ったりすんなよ」

「は、はい……」

「んじゃ、お前ら大人しく寝ろよ。おやすみ」

『おやすみなさ~い』


 先生が部屋を出ていった。不真面目な生徒を担当クラスに持つと苦労するんだなぁ。ルールを破る……か……。


「ところで、明石は何やってんだ?」

「み、見て分かるだろ……もう寝るんだよ。起こすなよ」

「お、おう……おやすみ」


 俺は布団を深く被り、部屋のメンバーに背を向けた。




「……楓、絶対に大声出すなよ」

「う、うん……」


 俺は布団の中に潜っている楓に、小声で忠告する。逃げ場を失った楓を、俺はベッドの布団の中に隠した。しかし、不自然に盛り上がった布団があったら見つかってしまう。そのため、俺も一緒に布団を被ってカモフラージュした。

 つまり、二人で一緒にベッドで寝て、同じ布団を被っているということだ。不覚だが、先生達から隠れるためには仕方ない。


「あと、動くなよ。バレたら終わりだぞ」

「うん、分かった……」

「明石、なんか言ったか?」

「な、何でもない! 寝言だ!」

「……」


 俺は部屋に居座る男子共を必死にごまかした。それにしても、楓がチビでよかった。部屋のベッドが大きく、楓の小さな体は布団にすっぽり隠れてしまった。俺の体も大きいため、楓が隠れていることでできる膨らみもあまり目立たない。


「ほっとけほっとけ。それよりさっさと日誌書き終えて、トランプでもしようぜ」

「お、いいな! ポーカーやろうぜ♪」


 こいつら、まだ遊び足りねぇのかよ。もうすぐ就寝時間だぞ。早く寝てくれよ。当たり前だが、今楓を外に出すわけにはいかない。こいつらが寝静まるのを待つしかない。申し訳ないな。楓をこんなむさ苦しい男の部屋の中に閉じ込めるなんて。


「すまん、楓……///」

「ううん、私の方こそごめん……///」


 待てよ? てことは、それまで楓と布団の中で密着したままってことか? マ、マジかよ……///


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