アミューズメント・ランデブー 番外編
KMT
第1話「ドキドキ修学旅行 その1」
これは俺と楓がドリームアイランドパークのアクアシティアイランドに行く前、6月初期の頃の話だ。こちらを先に読んでも内容は理解できないだろうから、まだ本編(アミューズメント・ランデブー)を読んでいない方は、先に本編の方を読んでくれ。
辺りで蝉の鳴き声がやかましく鳴り響き、既に世界は夏の空気に包まれている。そんな中、俺達葉野高校2年生はとある話題で盛り上がっていた。
「よし、順番はこんな感じでいいかな」
「えーっと、ここからここまでタクシーの代金いくらだっけ?」
「ちょっと待ってね。計算してみる」
特別に用意された自習の時間で、クラスメイトが班別行動の計画を立てている。そう、俺達は3週間後に修学旅行に行く。行き先は沖縄。葉野高校では2年生時に修学旅行で沖縄に行くのが伝統になっているのだ。
そして、旅先の観光名所を好きなメンバーと共に巡る班別行動も、この学校ではお決まりとなっている。クラスメイトは仲の良い者同士で最高の思い出を作ろうと、綿密に計画を立てている。
「……」
楽しげに話すクラスメイトを眺めながら、俺は先生が用意した沖縄観光のパンフレットを眺める。案の定、俺は誰からも班別行動のメンバーに誘われず、孤立してしまっている。
「ねぇ、ほんとに入れるの?」
「うん。仲間外れはよくないよ」
早い奴は既に一ヶ月前から班別行動のメンバーを確定させ、計画に取りかかっている。修学旅行は班別行動が醍醐味であるようなものだ。しかし、相変わらず人との関わりに慣れていない俺は、誰からも声をかけられることはない。
「でもさぁ……」
「もう立派なお友達だもん。この間なったでしょ?」
「うぅぅ……」
いい加減そろそろ決めないと本気でまずい。現地のタクシー会社に作成した計画書を渡さないといけないため、担任の先生からも早く決めろと言われている。だが、自分から誘う勇気も沸き上がらない。
仕方ない。このまま先生に適当な班に入れられるのを待つか……。
「……裕光君」
背後から声をかけられた。鈴を転がしたような可愛らしい声。心を許せる数少ない声だ。俺はゆっくりと振り向いた。
「楓……」
本山楓。俺がクラスで孤立している中、唯一俺を気にかけてくれる女子生徒だ。俺が放つ負のオーラにはね除けられることなく、明るい笑顔を向けて積極的に話しかけてくれる。
「班別行動の班、決まってる?」
「……」
「え、えっと……」
楓の問いかけに俺は答えることができない。しかし俺の場合、無言の返事だけで伝わってしまう。俺のぼっち事情を察した楓は、哀れみの表情を浮かべておどおどしながら、どう返事すべきか迷っている。無理に気を遣わなくてもいいんだぞ。
「じゃあ、私と同じ班にする?」
「いいのか?」
「うん! 裕光君と一緒に班別行動回りたいって思ってたし」
まぁ、優しい楓のことだから、自分の班に招待してくれることは安易に想像できた。
「他の奴はいいのか? 俺なんかが一緒で……」
「私の他は須未ちゃんと桃果ちゃんがいるけど、二人共大丈夫って言ってたよ。ね?」
「わ、私も……だ、大歓迎……よ……」
「私も別にいいけど」
桃果はともかく、須未はあからさまに嫌な表情を浮かべている。笑っちまうくらいの棒読みだ。歓迎されていないのが丸分かりなんだよなぁ。だが、学校では楓しか頼れる奴がいない。
「じゃあ、よろしく頼む」
「うん! 楽しみだね♪」
「あぁ……」
このように、俺は学校で孤立する度に、楓の優しさに救われている。彼女が俺に頻繁に干渉するようになったおかげで、灰色だった人生がどれだけ色付けされていったことだろう。
今回の修学旅行でも、俺は楓の底の見えない優しさを知ることとなる。
「キャ~! このぬいぐるみ可愛い~💕」
「いっぱいあって迷っちゃうね」
「すぐに帰るわけじゃないから、まだ迷えるわよ」
そして迎えた修学旅行当日。楓の驚くほど巧みな気遣いで、何とか気まずい空気にならないよう取り繕われた班別行動を楽しむことができた。今は偶然立ち寄ったお土産ショップを見物している。
「俺、ちょっとあっち見てくる」
「あ、うん、また後でね」
俺が一緒にいると好きに迷えないだろう。しばらく須未や桃果と一緒にお土産を見させる。好きに迷うって日本語もおかしいと思うが……。まぁ、やっぱ女同士の方が気が合うだろ。男一人女三人の異色な班員で、楓にもだいぶ気を遣わせてしまって申し訳ないし。
「……」
考えてみれば、俺は楓の世話になりっぱなしだ。俺のことを気にかけてくれる優しさに甘え、俺自身は他人に歩み寄る努力ができていない。結局は楓のコミュ力に任せっきりになっているような気がする。
今まで散々優しさをもらってばかりな分、俺も何かお返しがしたいな。
「……えっと」
「ん? あっ、すみません……」
気が付くと、すぐ隣に気まずそうな表情を浮かべる男女のカップルが立っていた。俺が突っ立っているせいで、目の前の棚の商品が見れないらしい。これは失礼した。
「随分悩んでるね。誰かへのお土産?」
「あ、はい……」
成り行きで話しかけてきた男性。灰色の短髪が所々跳ねている。楓と似たような穏やかな笑みを浮かべる男の人だ。
「お相手はどんな人?」
今度は女性が尋ねてきた。麦わら帽子を被り、赤みがかった茶髪がスラッと伸びた綺麗な女の人だった。メガネをかけていて実におしゃれだ。
「えっと、今一緒に修学旅行に来てる女の子で……」
「修学旅行かぁ~、懐かしいなぁ。僕達も行ったよね、高校生の頃に」
「そうね。こうしてまた旅行しに来ることになるとは思わなかったけど」
急に見ず知らずの男子生徒に話しかけるなんて、随分と馴れ馴れしいな、このカップル。でもせっかくのいい機会だから、カップルに言ったように楓にお土産を贈ることにした。修学旅行の思い出作りと、今までの感謝の気持ちも込めて。
「星君ったら楽しそうにはしゃいじゃってたわね」
「七ちゃ……七瀬だって子供みたいに楽しんでたくせに!」
「ふふっ、あ、ごめんなさい。お土産の話よね……」
見るからに仲良さげなカップルだな。きっと俺の想像もつかないような幸せな時間を共に過ごし、愛を深め合っていったんだろう。俺と楓もいつかこんなふうになれたら……。
いかんいかん。何を考えてんだ俺は。
「俺、そいつにものすごくお世話になってるから、それに釣り合うものを贈りたいんです。でも、どれくらい金をかけたらいいのか……」
「うーん……それはお金の問題かな?」
「え?」
星さんだったか、男性が目の前のメモ帳を手に取りながら呟く。何もかも見透かしたような彼のその瞳は、まるで大きな困難を乗り越えた後であるように美しく輝いていた。
「大事なのは金額じゃなくて、思いの強さなんじゃないかな。たとえ安物だとしても、相手を大切にしたい思いが強いのなら、それはきっと何よりも価値のある素敵なプレゼントになると、僕は思うよ」
凄いな。力強く熱弁するのではなく、心にスッと寄り添うような優しさのこもった言葉だからこそ、妙に説得力があって納得してしまう。誰もが思い付くような台詞に感じられても、彼の口から言われないと効果を発揮しないようにも思えてしまう。
「あなたがその子のことを真剣に思って選んだお土産なら、きっと相手は喜んでくれるわ。相手を信じましょう」
七瀬さんの言葉も心に染みる。何なんだ、このカップルは。スコールのように突然現れ、俺の背中を押してくれる頼もしい存在。やはり愛を深く理解した者の言葉は強い。
「ありがとうございます。頑張って選んでみます」
「頑張ってね! 男は度胸だよ!」
「修学旅行、楽しんでね」
彼らなりのエールを残し、二人はサトウキビが刻印された記念シャーペンを取って去って行った。不思議なカップルだ。
「……よし」
だが、二人のおかげで助かった。楓の感謝に応えるにふさわしいお土産を選ぼう。楓が喜ぶことを一番に考えて。俺はしばらくお土産ショップにかじりついた。
こんなに誰かのために真剣になることは、生まれて初めてかもしれない。そして、その生まれて初めてを一番最初に捧げる相手が、楓でよかったと心の底から思う俺だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます