2:16 起動
警備室の奥にある武器庫は、まさに武器の山だった。ミリタリー系に詳しくないわたしでも、そこの異様さだけはなんとなくわかった。
中は教室の半分くらいの広さがあった。
武器庫というくらいだから、壁のラックについてはまあそんなに意外ではなかった。軍隊で使ってそうなゴッツいライフルが整然と並べられていて、さすがアメリカというところ。
問題は、足の踏み場もないほど、大量の武器らしきものが無造作に置かれている床だった。
でっかい三脚の上に載ってるでっかい機関銃みたいなのから、賞状入れの筒を一回り大きくしたようなの、1.5mくらいの筒に握り手がついたようなのや、帯になった銃の弾とかが山と積まれていた。
蓋が開いた箱の中には、上に丸い輪っかがついてて真っ黒い250ml缶みたいなのがいくつも納められていた。一個取ってみたら、
その他、やたら刃渡りの長いナイフとか鉈とか、バールのようなものなど、いろいろあった。しかし、たぶん武器だろうという物の中に、さらりと紛れ込んでるチェーンソウや草刈機はなんなのか。用途については、あまり考えたくない。
小型のドローンやガードロボットなどもあった。それらはリモコン操作やAIの自律動作専用で、仮想体には対応してなかったけど。
どう見ても、通常の『警備』で使われるものじゃなさそう。新品っぽいものから、少々草臥れて年季の入ってそうなものまでいろいろだった。ゾンビ禍に対抗するため、ここの警備の人たちが慌てて掻き集めてきたのかもしれない。
こんだけあっても、ほとんどが使われないうちに結局は押し切られちゃったわけだけどね。
サトウ:なんかいっぱいあるんですけど。どれ使ったらいーの?
スナダ:まずはチェーンソウ。ゾンビものなら基本でしょう
サトウ:すぷらったはかんべんしていただきたい
クズネツォフ:冗談はともかく、近接用に鉈は必要でしょうね
サトウ:結局ざくざくするんですか
クズネツォフ:近寄るのはなるべく避けるべきですが
クズネツォフ:どうしても避けられない場合もありますから
保安部で武器にも詳しいクズネツォフさんが解説してくれた。
相手がゾンビなため、近距離なら拳銃より刃物使ったほうが早くて確実だそうだ。ただし、チェーンソウは派手だけどスパっと切れるものでもないため、対ゾンビ用としては微妙らしい。ネタ武器だねえ。
鉄砲についても聞いてみた。
クズネツォフ:壁に並んでるほうの真ん中へん、HK417と
クズネツォフ:あとは右端のショットガン、モスバーグM500
型番とか言われてもわからないけど、後者は映画なんかでよく見かけるやつだと思う。前者は軍隊が使ってそうなライフルだなーという印象しかない。
サトウ:左側のは? 一番数が多く揃えてあるみたいだけど
クズネツォフ:そちらは口径が小さくて、軍では主流でしたが
クズネツォフ:対ゾンビではまったく威力が足りてませんでした
クズネツォフ:本当はHK417でも十分とは言えないんですが
左側の口径が小さいものは、相手が人間ならちょっと当たってもダメージになるけど、ゾンビ相手では効果なかったらしい。映画みたいに、頭に一発当てれば倒れるわけでもないしねえ。必要なのは、手足を破壊して、動けなくするパワーだった。
床に置いてあるでっかい機関銃だったら確実らしいんだけど、あいにく気軽に持ち運べる大きさじゃなかった。
床の武器は強力なものも多いけれど、その分取り扱いに注意が必要なものばかりで、わたしには扱えそうにない。手榴弾とか、ぜったい手元で爆発させちゃいそう。
これらは、後で残り二体のパーシアスを動かせるようになってから、保安部の人たちが使うことになった。
ライフルもショットガンも、パーシアスのモーションは問題なく扱えた。
弾の種類にもよるそうだけど、ここにあるショットガンの弾はバラけて飛んでいくものなんで、距離が20mくらいまでだったらショットガンで、それ以上の遠距離ならライフルでと使い分けたほうがいいそうだ。わたしがそんな使い分けできるかというと、大いに疑問だけど。
これから向かう発電機室は地下にあり、狭い通路を通ることになる。二丁もあると邪魔になりそうなので、とりあえずライフルはここに置いていくことにした。
*
わたしはやはりトップスを連れて、警備室を出ると、降りてきたのとは別の階段へ向かった。
途中、数体のゾンビと遭遇した。もっとわんさかいたらどうしよう、とか思ってたけど、まばらにうろついてるだけだった。生きてる人がいなくなったから、ゾンビもばらけたんだろうか。
武器がゴツくなって安心感が増したせいか、それとも、一度
ただ、実際に撃ってみてわかったのは、ショットガンは拳銃よりもずっと強力だけれども、それでもこのゾンビ相手には少々心許ないということだった。
ゾンビをとりあえず行動不能にするためには、両肩と両膝それぞれ撃ち抜いて、関節を破壊するのが肝要だという。
FCSのおかげで外すことはないけれど、最低でも四発必要で、散弾の当たり所が悪いとその倍は必要になる。このショットガンは八発しか入らないため、最悪、全弾撃ちつくしてしまう恐れがあった。一対一だったから良かったけど、群れてたら対応できない。
場合によっては、鉈で
スナダ:思ったんだが
スナダ:ゾンビたち、パーシアスに反応してない?
サトウ:え?
そう言われて、ようやくわたしも気がついた。
ゾンビって無機物や動物には無関心で、生きた人間だけを襲うものと思われてた。実際、クアッドコプターやトップスが近寄っても無反応だった。
けれど、パーシアスに対しては向き直って、近寄ろうとしてきてた。
違いは何かといえば。
サトウ:人型だと襲ってくるとか?
スナダ:パーシアスの体形は人間というには歪すぎるかな
サトウ:じゃあ、パーシアスの動作音とかは?
クズネツォフ:ゾンビは視覚聴覚嗅覚いずれもかなり鈍感です
スナダ:動作音だったら、トップスにも反応してるだろうしね
フォレスト:外から見て仮想体と人間とで類似する点はあるのか
スナダ:少々考えにくいです
タナカ:仮想体の処理系は生きた人間の神経系とは別物です
タナカ:何か共通するものなんてあるんでしょうか
クズネツォフ:理屈はともかく、ゾンビが寄ってくるとなると
クズネツォフ:作業に支障が出かねません
フォレスト:施設の外から集まってくる可能性もあるか
まあ、仮想体なら襲われたってゾンビ化するようなことはないだろうけど、わらわらと集まってきたら対処に困りそう。
五体目を処理したところで、ふと、気になっていたことを聞いてみた。
サトウ:結局、このゾンビってなんなの?
ニューホーツのゾンビ恐竜だったら、ミクロの世界で細菌が引き起こす魔法のメカニズムが詳しく解明されていた。
魔法と呼ばれてはいるけど、あくまでそれはあちらの世界における物理法則の一部みたいなものであって、なんでもできる奇跡の力なんかじゃない。それなりに理屈があって、その上でゾンビ恐竜は動いていた。
けれど、こっちのゾンビは何なのだろう。
ゾンビが発生しだした頃、フィクションが作り出したイメージが強かったのもあって、たぶんウィルスかなにかが原因だろうと、みんな漠然と思ってた。
しかし、ウィルスや毒性物質とかで死体がゾンビ化して襲ってくる、なんてのが現実の地球でほんとうに起こりうるんだろうか。地球には魔法なんていう不可思議な現象は存在していないわけだし。なんか、理屈が飛躍してる気もするのよね。
まあ、
あと、電子機器の誤動作の件もある。あれも謎だ。原因がわからないと対処しようがないし。
わからないことが多すぎる。
スナダ:映画に出てくるようなのとは完全に別物だねえ
フォレスト:専門で調査していた者の間でも
フォレスト:本物の超常現象なのでは、という声は多かった
司令によると、一般に信じられていたウィルス原因説は、実態とはだいぶ異なってるそうだ。
そいえば、ニュースとかでは当たり前のようにウィルス説前提で解説とかしてたけど、政府が原因について公式発表したという話はなかったように思う。
各国の調査チームが必死になって原因を探っていたけれど、解明に至ったものは皆無だったそうだ。それどころか、手がかりになりそうな痕跡さえつかめなかった。
どれだけ検査しても、異常らしい異常が発見できない。普通の、正常な人体のはずだった。にもかかわらず、死んでるのに動いてる。
悪魔の証明と同じく、見つけられない=存在しないとは限らないけれど、どうもまっとうな医学や生化学の範疇ではなさそう、という見方が大勢だったそうだ。
実物見た後だと、否定はできないかな。千切れた腕だけでくねくね器用に這い寄ってくるのなんて、神経系どうなってんのとか説明つきそうにないし。
かといって、狂信者が言うような「神サマの仕業」というのもウソ臭い。そもそも彼らの崇める『唯一神』なんて、わたしは欠片もその存在を信じてないし。
仮にそんなのがいたとしても、いくらなんでもやり方が迂遠すぎるんじゃない? 意図が不明すぎる。
もし、その神サマとやらが人間を滅ぼすためにわざわざこんな悪趣味な終末を用意したというのなら、そいつは絶対に性格悪いだろう。
信憑性の無さでは、クトゥルー神話的な外宇宙の邪神だとか、宇宙人の仕業だとか主張するのと大差ない。ひょっとしたら、人間が想像すらしたこともないような、未知の何かだったりするかもしれないし。
そんな感じで、雑談しながら下を目指した。
まあ結局わかったことといえば、何もわからない、ということだけだったけど。
*
サトウ:発電機室、到着しました
地下一階の発電機室に到着したわたしは、さっそくマニュアルに従って発電機の状態をチェックした。
スナダ:燃料の残量はどう?
サトウ:六割切ってますね
フォレスト:四〇時間強というところか
資料によれば、燃料タンクは満タンでも七二時間分しかない。業務用の発電機ってけっこう燃料喰うのね。
たぶん、元々は災害時の一時的な停電対策用に設計されたもので、長期戦は考慮してなかったんだろう。
スナダ:全データの転送にはおよそ八〇時間かかる見込みです
フォレスト:給油が必要になるな
クズネツォフ:日誌によると、タンクローリーがあるはずです
八月九日には軽油を満載したタンクローリーが一台、敷地内に運び込まれていたそうだ。状況がいよいよ厳しくなって、燃料供給も怪しくなってきたため、少しでもガメておこうとしたらしい。
ゾンビ映画よろしく、街に行って燃料掻き集めてくるような展開にはならずに済みそうで、ほっとした。
フォレスト:給油については後回しだ
フォレスト:まずは、発電機を動かそう
サトウ:りょうかいです
手順を見ながら、始動スイッチを押す。半年くらいではスターターの電池もまだ残っていて、問題なく発電機は動き出した。
一分ほどたって、電力供給が正常に行われてることを示すランプが点灯した。
サトウ:発電機、動きました
二階にあるメインサーバールームは、電力がくれば自動的にサーバーが立ち上がるようにしてあるらしい。
しばらくして、砂田さんの報告があった。
スナダ:サーバー、レスポンス来ました
スナダ:ステータス、異常なし
スナダ:データ転送開始します
サーバーが立ち上がらないようだったら、わたしが確認しに行くことになってたけど、大丈夫そうだ。
タナカ:佐藤さん、三階のBブロックに電力通してもらえる?
サトウ:Bですね
発電機の電力には限りもあるため、不要な系統は八月の時点ですでに供給がカットされていた。今電気が通ってるのは二階より下の部分と非常灯だけだった。
三階には仮想体専用のサーバーがあるそうで、これを動かして、作業の補助のために仮想体を何名か送ることになったらしい。
配電盤を操作して、念のため一階は警備室と監視カメラなどの系統だけ残して全カット、代わりに三階Bブロックに給電を開始した。
仮想体サーバーには作業補助役として、保安部三人、技術部二人が転送されてきた。
保安部の人たちはクアッドコプターで周辺を偵察したり、監視カメラをモニターすることになってる。
技術部の二人はサーバーの状態をチェックしたり、地球側の情報収集などをする予定。まずは、時間の速さの倍率設定を変更することになったんだけども。
タナカ:エラーで、こちらでは倍率変更できないようです
フォレスト:キリコ、転送の間へ行って確認してきてくれ
サトウ:りょうかいです
月面基地にあった『転送の間』と同様のものが、ここの地下にもあるそうだ。平行宇宙の管理用コンソールも設置されてるらしい。
わたしはそこへチェックしに行くことになった。
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