2:11 迎撃
司令や保安部の人を中心に、シャトル対策について話し合った。
『月面基地格納庫のログから、シャトルには残る容疑者のウォンが載っているものとみられる。現在、シャトルは地球まであと一七時間のところにいる。これを迎撃するプランを考えたい』
最悪の事態に備えて、基地02とインシピットではすでに退避が始まっているんだけど、これで動かせるのは胎児や作物の種子、各種機材などの小物が中心だ。残ったインフラがむざむざ破壊されるのを、指を咥えてみているわけにはいかない。
とはいえ、開拓団には対空兵器みたいなものは用意されてない。空からの脅威といえば、たまに翼竜が滑空してくるくらいだしねえ。人間に対する備えがないのも、しょうがないといえばしょうがない。
『ネットワークから機体に侵入はできんのか』
『通信を完全に遮断していて、今のところ取っ掛かりも見つからない状態です』
『大気圏に入ってきたところで、飛行型ドローンで接近して攻撃しますか』
『でも、攻撃手段が体当たりくらいしかないのでは』
『機体に取りついて、マニピュレータでペイロードのハッチを開けられないか』
『しかし、シャトルが速度を落とすのは着陸態勢に入る頃で、それまでは遷音速域で飛行してる。飛行型ドローンが魔導式ジェットを積んでると言っても、そこまで速度は出ない。結局、接近できるのは着陸間際になってしまうんでは』
『かなり際どいところになってしまうか』
保安部員たちの間で議論が進む。一応、わたしも話し合いに参加してるけれど、ただの一般人に過ぎないので、傍で聞いてるだけだ。
わたしはふと気になったことを砂田さんに聞いてみた。
『砂田さん、たしか魔法陣のゲートって、もう一つ開きかたがあるんでしたよね』
『え? ああ、相対モードね。厳密に相対座標設定しなきゃなんなくて、そのうえ星の動きと連動してすぐズレていっちゃうので実用的じゃないけど……』
『シャトルの進路は確定してるんですよね? なら、先回りして、進路上に爆弾置いたりとかできません?』
『なるほど、そういう使い方なら』
そこからは宇宙空間での迎撃方法に議題がシフトしていった。
まず、相対ゲートを開くこと自体はさほど問題ではないらしい。ゲートの基点は月面上に用意する。シャトル進路上のポイントを設定して、その時刻での月からの相対位置に換算して魔法陣に描き込む。
相対ゲートだと開いておけるのは一〇分程度。ゲートの直径も2mほどで、ハーキュリーでは少し屈まないと入れない。
ただ、いろいろ検討してみると、進路予測の精度、相対ゲートの精度、爆薬の量と、シャトルの速度、船殻の強度など問題は様々だった。
爆薬をほとんど根こそぎ持っていかれたので、月面基地に残っている爆薬はそれほど多くない。
そして、宇宙空間でのシャトルの速度はおよそ時速5万キロを超えるという。秒速では14キロ弱。たった0.1秒でも1.4キロ近く進んでしまう速さだ。
『少なくとも、機雷として置きっぱなしというのはナシか。爆発で破片かなにか飛ばしたとしても、タイミング間違えると届く前に通り過ぎてしまいそうだ』
『船殻に直接貼りついて爆破するくらいでないとダメなんじゃないか』
『しかし、シャトルのガワは耐熱タイルでなにげに頑丈だろう。破れるのか?』
『HEAT弾みたいに成型炸薬に加工するのはどうだろう』
『効果をシミュレーションで検証してみたいとこだけど、時間的にその余裕はなさそうだねえ』
『いやそれ以前の問題として、そもそもピクシーやウェンディゴの加速力じゃ、シャトルに速度ぴったり合わせて接近するなんて無理じゃね?』
『『『あ……』』』
結局、真正面から突っ込ませて衝突と同時に爆破するという方法しかなさそう、というところで落ち着いたみたいだ。やらないよりはマシかもしれないけれど、文字通りの
爆弾以外の方法では、進路上に大質量の巨大な岩塊を置くのはどうか、という案も出た。しかし、ゲートの寸法的にそれほど大きな物は通せないし、シャトルのセンサーが感知してしまえば、オートパイロットで回避してしまう可能性が高かった。
『どれも今ひとつ確実性に欠けますねえ。ならば、ここは開発中の秘密兵器の出番でしょうかね』
などと砂田さんが言い出した。
『秘密兵器?』
『ええ。
個人の趣味で作った兵器ってところに、激しくツッコミを入れたいのだけれど。
『いったい何を持ち出すつもりですか?』
『魔導式レールガンというやつです』
ハイラスに表情というものがあったなら、きっと今の砂田さんはニタリと笑みを浮かべて、これ以上ないくらい見事なドヤ顔をしていただろう。
そんなものがあるなら最初から言え、と思ったのはわたしだけだろうか。
*
砂田さんの案内で、わたしたちは月面基地の端っこにある格納庫の一画に向かった。そこは崩壊の中心地から離れていたため、被害を免れていた。
ゴツいシャッターで区切られた小部屋の中に、それはデンッと置かれていた。
『これが魔導式レールガンです』
全長は5mくらいあるだろうか。馬鹿デカいドライバーみたいな形をしていて、取っ手にあたる樽のような部分が三分の一を占めていて、そこから三本の太い金属製の棒が、中心軸を取り囲むように配置されていた。
『この三本のレールが一本の銃身の役割をします。この中央を弾体が通るようになってまして、三本のレールからそれぞれ無属性魔法が
弾体も見せてもらった。直径2.5cm、長さ12cmの円筒形で、先端が細まってちょっと尖ってる。タングステン製だそうだ。宇宙空間では、これが一瞬のうちに秒速8Kmにまで加速されて、すっ飛んでいくらしい。
宇宙空間なら弾体はエネルギーを失わずほぼ無限に飛んでいくけれど、命中精度の問題で実質的な射程は20Kmほどだそうだ。
一ヵ所から一度に与えられる運動エネルギーは限られていて、それを加速しながら移動していく弾体に連続して与えていくところと、ライフリングに相当する回転を加えるところが肝なんだそうで、その辺の開発の苦労話を砂田さんが熱弁してた。だいぶ聞き流したけど。
そして、わたしが射手となって、月面で試射することになった。
なぜわたしかと言えば、理由は二点。これ、重量が2t近くあって、低重力の月面といえども慣性質量というのは無視できず、非力なハイラスでは取り回しで難儀すること。そしてもう一点は、他の人のハーキュリーはパッド型コントローラで操作しているために、柔軟な射撃姿勢が取りづらいためだ。そうした理由から、わたしにお鉢が回ってきた。
まあ、本番の宇宙空間では姿勢変更はスラスター頼りになるんで、機体はあんまり関係ないはずだけど。
制御ソフトをインストールしてから、わたしはレールガンに取り付けられた取っ手を掴んだ。自動的にレールガンのプロセッサと接続状態となり、視界にインジケーター類がオーバーラップして見えるようになる。
持ち上げてみると、さすがに質量というものを実感する。下方向に引っ張られる力はそんなに強くはないんだけど、その代わり、かなり力を込めないと振り回しづらい感じ。
『では、参ります』
レールガンを構えて、およそ2Km先の岩塊に向けた。縦横20mくらいはありそうな大きな岩だ。
ターゲットを認識すると、視界の中で岩塊の輪郭が白い枠線で強調表示され、十字のマーカーが表示された。
さらに、確実に的に当てるための弾道と、現在の射線から推定される弾道とが別々に表示される。向きを調整して、後者を前者に重ね合わせた。
そして、トリガーである脳内スイッチをONにした。
一瞬の後、岩塊が派手に砕け散った。
『うわぁ……』
あまりの威力に、間抜けな声しかでてこなかった。
恐ろしいくらいに、あっさりしてた。ほんの少し、レールガン本体が震えたような気がしたくらいで、反動っていうものがまったく感じられなかった。
無属性魔法で運動エネルギーを付与するというのは、作用・反作用のうち作用の部分だけが発生するのに等しいそうで、見かけ上、別の何かで投射したのと同じ結果になるという。見方を変えれば、魔力が反作用を肩代わりしてることになるのかな。
もっとも、大気圏内で撃つと衝撃波がシャレにならないレベルになってしまうのと、大気の抵抗と重力とで命中率がだいぶ落ちるそうで、実用化されてないのはそこがネックなんだそうだけど。
というか、砂田さんはいったい何を考えてコレを開発してたのやら。作業の合間を縫って、趣味で造ってたと証言してるけれど。今回はたまたまコレを必要とする場面が出てきたわけだけど、そうでなかったら使い道に困る部類じゃないのか。「こんなこともあろうかと」はぜったい嘘だ。
目的とか考えずに、ただ造りたいから造った、とかが一番ありそうで、なんともアレな感じだ。
『これならシャトルを貫通するのも余裕でしょう』
『そ、そうだな……準備を進めてくれ』
浮き浮きした調子の砂田さんに、やや引き気味の司令が答えていた。
*
作戦の第一段階として、シャトルの進路上、地球まで一〇時間という地点にスマートボムとなったピクシー一二機が配置された。
けど、これはやっぱり失敗した。模式表示された3Dの簡易マップ上で青い輝点一二個が、シャトルを示す赤い輝点に向かって吸い込まれていったけれど、青い輝点が消えたあとも赤い輝点はそのまま進行していた。船体にダメージを与えられず、速度もそのまま維持していた。
レールガンによる第二段階に向けた準備作業は進めていたけれど、これで実施は確定となった。
迎撃ポイントは地球まで一時間の位置に設定された。ニューホーツ地上から高度一万キロ地点で、その辺りになると人工衛星の周回軌道に入ってくる。
シャトルは地球に接近すると、大気圏突入に備えて大幅に減速する。そこを確実に捉えて撃墜しようというプランだ。
ここを越えられてしまうと、あとはもう地上の飛行型ドローンで特攻でもなんでもするしか方法がなくなる。
で、なぜか本番でも、わたしが射手を務めることになっていた。
『ナンデ?』
『いや、どうせ佐藤さんがやることになるだろうからって、それで調整進めてたんだけど』
『いや、別にいいんですけどね……』
まあ、連中に直接殴り返す役目ならば、否やはないけども。なんか一ヵ所に仕事が片寄りすぎてない?
そんな疑問を他所に、わたしのハーキュリーには着々と様々なオプション装備が追加されていった。
『なんです? これ』
『宇宙空間での作業用パックだね。万一に備えて、汎用ドローンで宇宙空間に出る際は、必ずこれらを装備するルールになってる』
ルールなら仕方ないけれど。
が、しかし。宇宙遊泳のための姿勢制御用スラスターや、魔法による小型の推進機とかはいいとして、非常用の太陽光発電シート、魔素収集装置、さらには大気圏突入用の耐熱バルーンとパラシュートに、GPSが受信できないときのためのコンパス類、信号弾に発炎筒などといったものまで入っていた。
『あの、砂田さん、なんか妙にサバイバル装備が充実してるんですが、気のせいですか? まさか、帰りはこれで大気圏突入しろ、とか言いいません、よね?』
『いやいや、あくまで万一に備えてダヨ? ゲートが開いてるうちに作戦は完了する予定だから、何の問題もなく回収できるはずダヨ?』
『なんか、語尾が怪しくなってるんですが。てか、付けてるだけでフラグになってそうな気がするのはわたしだけ?』
『大丈夫。よく言うでしょ? 「備えよ常に」って』
『いや、わたしはボーイスカウトじゃないんですが。てか、その標語自体がフラグになってる気がするんですが』
『はっはっはっ。心配性だねえ。(……人型ロボット単騎での大気圏突入ってのはまさにロマンなのに)』
『ん? 何か言いました?』
『いえいえ、別に、何も?』
なんだろう。そこはかとなく、いやぁな予感がするのは気のせいだろうか。
そうこうするうちに、作戦の時間となった。
『相対ゲート、開きます!』
魔法陣を用意したヘンデル氏の合図とともに、月面の地表に描かれた奇怪な文様が光を放ち、その上に直径2mほどの光の輪っかが表れた。
命綱のワイヤーを背中にくくりつけて、わたしはレールガンを抱えて、輪っかを潜った。
てっきり足元にニューホーツがある光景をイメージしてたけど、実際にはひっくり返っていて、頭上に青いニューホーツが拡がっていた。ゲートはあくまで相対位置のみで指定されるため、回転姿勢までは反映されないらしい。
姿勢制御スラスターを操作して、レールガンをシャトルのある方向に向けた。
現在、シャトルまでの距離は19Kmで、ほぼ進路の真正面にいた。精度はほぼ問題なかった。ここに留まり続けたら、もろに正面衝突する位置だ。チキンレースする気はさらさらないけれど。
すでにシャトルはメインスラスターでの減速プロセスを終え、再び機首を進路上に向けている。
ここらではまだ重力の影響もほとんどないんで、ほぼ直線の弾道が表示される。スラスターで微調整して、射線をきっちりシャトルに合わせる。
弾道が合ったところで、第一射を撃ちこんだ。すかさず再装填して第二射。さらに三射目を叩き込む。
三発発射したら、結果に関わらず即座に撤収するプランだったので、わたしはゲートまで戻っていった。ゲートから身を乗り出したハイラスに、貴重なレールガンを預けた。
レールガンをゲートに引きこんで回収が終わった後に、わたしのハーキュリーが回収される手筈になっている。
その間にも、強烈な加速を与えられた三発の弾体は、空間を切って猛烈な勢いでシャトルへ向けて飛翔していた。
一発目はややズレてしまったか、シャトルの垂直尾翼をもぎ取るに留まった。しかし、二発目は真正面からシャトルを貫いた。シャトルの液体燃料に引火したか、機体後部から炎が吹き上がり、機体が大きく傾いた。
三発目で、ペイロードに満載していた爆薬が一斉に誘爆でもしたのか、機体中央が一気に膨れ上がって、爆発四散した。
『お~~! た~~まや~~~!』
無重力下で拡がる炎というのは、ほんとに美しかった。
鎮魂の花火の代わりくらいにはなっただろうか。
と、見てるうちに、飛び散ったシャトルの残骸や破片がこちらにも飛んできた。
『え?』
一瞬、背中の命綱が引っ張られたような気がした。見てみると、背中から2mくらいのところでワイヤーがすっぱり切断されていた。
そちらに気を取られてたら、なにか大きな塊が回転してるのが見えた。それは視界の中で一気に大きくなったと思ったら、直後にガツっと大きな衝撃がきた。
『わ、わわわわーーっ!?』
わたしの機体は錐揉み回転しながら、宇宙空間を猛スピードですっ飛んでいった。
視界がぐるぐる回転して、青いニューホーツと漆黒の宇宙とが目まぐるしく切り替わる。生身だったらヤバいくらいのGが発生してたっぽいけど、幸いといっていいのか、ハーキュリーの機体では若干気持ち悪くなるくらいで済んではいた。
『ミス・サトウ、落ち着いて! まずは自動姿勢制御をONに!』
クズネツォフさんの指示に従って、脳内メニューで自動姿勢制御を入れると、体の各所に取り付けられたスラスターが噴射して、回転は徐々に収まっていった。
落ち着いたところで、状況を確認した。
どうやら、四散したデブリの一つがたまたま命綱に当たって切断してしまい、そこへさらにシャトルの機首部分が塊となって突っ込んできて、衝突したらしい。
わたしは現在、ゲートから20Kmも離れたところまで漂流してしまってた。魔道具の推進機を全開にしても、ゲートの残り時間までにはたどり着けない位置だった。
『さて、佐藤さんには二つの選択肢があります』
砂田さんがなにやら改まった口調で提案してきた。
『選択肢?』
『一つは、ハーキュリーを放棄して、仮想体だけ転送で地上の基地に戻る』
『それって、後でハーキュリーを回収できるんですか?』
『わかりません。月面基地もすぐには動けないしね。今は通信できてるからしばらくは大丈夫だけど、一旦ロストしてしまったら、回収は不可能かと』
うーん。このハーキュリーには愛着もあるしねえ。いざとなったらしょうがないかもしれないけど。
『もう一つは?』
『ハーキュリーで大気圏突入』
『やっぱり、そーきますか……』
なんとなく、そんな予感はしていたのだけど。やっぱりフラグが立ってたようだ。
当面の危機は回避され、現状でそれほど急ぐ案件というのもない。また復旧作業の多くは技術部の専門技能が必要とされ、わたしがやれるのは地上での力仕事くらいしかない。そのため、司令の見解としてはOKらしい。
まあ、わたしとしても、この機体を失くすのはちょっと惜しいし。
こうしてわたしは、汎用人型ドローン単独による大気圏突入、という史上初の試みに挑戦することとなった。
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