2:09 魔法陣
載せ換えのために家に戻ったわたしは、併設されてるガレージに行った。
ガレージの片隅には、専用クレードルに収まったハーキュリーがシートを被せられて待機していた。
シートを外し、機体のステータスをチェックする。通常のメンテの仕方くらいは教わって、こまめに自分で手入れもしてたんで、ぴかぴかの状態だった。バッテリーは九割弱というところで、これなら普通に活動する分には二四時間は稼働できるはず。全力出したら、もっと短くなるけど。
そうしてから自室に行ってベッドに寝転がり、ホムンクルスを待機状態にすると、ハーキュリーへと接続・転送した。
キュイーーンという起動音とともに全身に力が入る。
クレードルから立ち上がって、軽く手足を動かした。ハーキュリーに載るのは十ヶ月ぶりくらいだったけど、感覚の違いで戸惑ったのは一瞬で、すぐ動かし方を思い出した。
いつものスタンロッドを用意して、あと、使うかどうかわからないけど、伐採用の斧も腰の後ろのホルダーに括りつけた。
そうしてガレージを出て、村の北門に駆け足で向かった。
途中、先ほどの爆発で東側の防壁に空いた穴が見えたけど、あちらはどうやら応急処置として大型コンテナを積み重ねて塞いだようだった。
北門にたどり着いて、重厚な門扉が開くのを待つ。門は内扉と外扉の二重になっていて、同時には開かないようになってる。開閉が遅いんで、じれったい。外扉の隙間が充分通れるくらいに開いたら、さっさと潜り抜けた。
そこから基地02までは直線距離で2.5Kmほど。コンクリ舗装の道が続いてて、そこを全速で走りだした。
『ハーク1、こちらフォレスト。現在地は?』
「こちらハーク1、今インシピットの北門を出たところです」
『ちょうどこちらに向かってる輸送機があるので、それに便乗してもらいたい』
「りょうかいです」
『ただ、ペイロードに空きがないそうなので、すまないが機体下のランディングギアに
「……え?」
司令から通信が入ったと思ったら、すぐに猛スピードで輸送用大型飛行ドローンが飛んできた。胴体は軍用ヘリコプターみたいな形だけど、ローターはなくて、機体の左右両側に計四基の魔導式ジェットエンジンがついてるタイプだ。
ドローンはわたしの真上で急減速して機首を転回させると、手を伸ばせば届く高さでホバリングした。
「ハーク1、掴まりまし、ひゃぁあああ!?」
わたしがランディングギアを掴むと同時に、ぐわぁっと上空に持ち上げられた。
地上40~50mくらいだろうか。中途半端に高い位置なうえに、加速度センサーの影響もあって、ちょっと胃が縮み上がるような錯覚がした。手を離したら……たぶん、下は森だし、頑丈なハーキュリーの体ならなんとか無事かもしれないけど、それでもやっぱり怖いものは怖い。
木々の合間にタマがいて、こっちを見上げて固まってた。出会ってから五年たって、もうずいぶんでっかくなってる。ここしばらくずっとホムンクルスに載ってたせいで会う機会がなかったけど、いちおう片手だけ離してパタパタ振っておいた。
それから基地02に着くまではあっという間だった。敷地内のグラウンドで高度を落としたので、手を離して着地した。
格納庫前には十数体のハーキュリーやハイラスが集まっていて、中に司令の載るハイラスがあったので、そちらに向かった。
「ハーク1、到着しましたです」
「ご苦労。すまないが、君にはこれから月面でのミッションに参加してもらいたい」
「月面、ですか?」
「詳しいことはこれからブリーフィングで皆に説明するが、ここと同じく月面基地でも破壊工作が行われた。『
キリコ、君は本来非戦闘員で、ミッションには危険も予想されるが、それでも君のハーキュリー操作能力はぜひとも欲しい。協力してくれないか」
一応、わたしの意志を尊重してくれるらしい。でも、その配慮は今はまったく不要と言えよう。ええ。
「やりますっ! というかむしろ、やらせてくださいっ! 報復ですリベンジです逆襲ですっ! 全っ力で、ボロ切れにしてぶっ潰してきます!!」
「わ、わかった、よろしく頼む。アンダーソン保安部長の指示に従ってくれ」
「はいっ!」
拳を握り締め、喰い気味に飛びついたら、ちょっと司令は引いてたけど。
*
集まってるのは保安部の人が多く、彼らのほとんどはハーキュリーだ。技術部の人らはハイラスに載ってる。砂田さんや、魔法専門のヘンデル氏の姿も見えた。
保安部の人たちは装備をチェックしていた。
一部のハーキュリーには右前腕部に銃が取り付けられてる。恐竜相手を想定して造られた物だけど、これまで一度も使う機会がなくて、初めて使用するターゲットが
わたしのハーキュリーにも、背中には月面で移動するための噴射装置、両肩にはライトが取り付けられた。残念ながら武装はスタンロッドと斧のみだけど。まあ、最悪、〔投石〕スキルで岩でも投げるかねえ。
そうしてブリーフィングが始まった。
全員が整列している前に、司令が立った。
「二時間前、月面基地が連絡を絶った。そして、その直後に開発基地02とインシピット村の複数個所が爆破された。月面基地は依然として機能停止したままであり、あちらでも破壊活動が行われた可能性は非常に高い。
本ミッションの
容疑者って、もう判明したのか。と思ったら、顔写真二枚が脳内スクリーンに表示された。
「容疑者は二名。事業部のチャールズ・シンプソン、技術部のアンソニー・ウォン」
うわ、シンプソンって、食糧プラントの人か。さっきいなかったのは、そういうことか。
なんでも、ここ一週間ほどのドローンの活動記録や、仮想空間の利用状況、爆薬関連の検索記録などから浮かび上がったそうな。
ウォンて人は知らないが、シンプソンのほうはぶっきらぼうな感じはしたけど、こんなテロをやらかすような雰囲気はぜんぜん感じられなかった。身近にこんなヤバいモンが潜んでたとは。これまで配給された食糧、ほんとに安全なんだろうか。
「両名は月面基地に移動した後、所在不明になっており、現在もドローンで月面に潜伏しているものとみられる。
他に協力者がいるかどうかは、現時点では不明だ。だが、尋問には仮想体のバックアップを使うので、ドローンの捕縛は必要ない。発見次第、即刻破壊せよ」
ああ、なるほど、だから『排除』と。
仮想体ならではのやり方というか、ものすごく割り切った方法だねえ。生身だと、全容解明のために身柄の確保が必要だったりするけど、そんな配慮は不要らしい。
なんにせよ、遠慮なくぶっ壊せるのはいい。ここで犯人の人権どうこうを持ち出されたらどうしてやろうかと思っていた。仮想体でドローンで、なおかつ
「追加情報だ。つい先ほど、衛星からの観測で、月面基地からシャトルが発進したことが判明した。この状況で予定にないシャトルの運行は極めて不自然であり、破壊活動に関連している可能性がある。こちらも追跡が必要で、念頭に置いてもらいたい」
まだ、連中は何かやるつもりなのか。
シャトルといえば、ここから月へって、どうやって行くんだろう。相変わらずシャトルは月からの片道しかなくて、地上から打ち上げたことはなかったはずだけど。
「それから月への移送手段だが……、なんというか、これは実物を見てもらった方が早いかもしれんな……」
なんか説明しにくいのか、司令は言い淀んだ。
そうして、司令の後について、わたしたちは機材も持って全員、その移送手段のところに移動することになった。
一行は基地の中へと入っていき、大型のエレベータに分譲して乗り込んだ。
エレベータは地下深くへと降りていった。地下に宇宙船でも建造してるんだろうか。
エレベータを降りた先には、広いホールに巨大でやたら頑丈そうな円形の扉だけがあった。扉は直径は4m以上ありそうで、ちょっと銀行の地下金庫みたいに物々しい雰囲気があった。昔観たSF映画に出てきた原子炉の隔壁というのも、こんな感じだったような。
ガシュンッ、ガシュンッと音を立てて、閂として扉に通されていた極太の金属棒が抜かれ、すーーっとゆっくり静かに扉が手前に開いていった。
中はだだっ広い半球形の部屋だった。そして、部屋の中央の床には複雑怪奇な紋様の魔法陣が描かれてた。
これ、アレだ。月面基地の地下にあった、地球との通信に使う『転送の間』そっくりだった。魔法陣の紋様まで同じなのかはわからないけど。
「月への移動だが、この『時空間魔法』の
説明迷ったのは、これのせいか。突拍子もない話だし。
そいえば最初の頃に、ヘンデル氏の魔法の講義で、
空間接続には二箇所に用意した魔法陣同士でつなぐ方法と、紋様に相対座標を記入して一ヵ所から任意の地点につなぐ方法とがあって、ここのは前者だそうだ。後者は惑星の運行によってどんどんずれていってしまうため、使いづらいんだそうで。
転送の間じゃないけど、月面上にもこれと同じ魔法陣が用意されていて、これは月面基地がダウンしていても独立してリモート起動できるという。
全員が揃ったところで、入り口の円形の扉が閉じられた。
繋がる先が真空の月面なため、こちらから空気が一方的に漏れてしまうのと、向こうからは宇宙放射線がダイレクトに入り込んでくるため、それを防ぐため扉などが厳重になってるそうだ。これも一種のエアロックかな。
「密閉確認!」
「密閉確認しました!」
「減圧開始!」
「減圧開始ぃーー」
ヘンデル氏の合図で部下の人が復唱しながら操作すると、室内の空気が抜かれていく。先に抜いておかないと、開いた瞬間に残った空気ごと一気に吸い出されて危ないんだそうで。
最初はシューって音が聞こえてたけど、徐々に小さくなって、それ以外の音も一切聞こえなくなった。
以降の会話はすべて通信を介して行うことになる。
『魔法陣、起動』
魔法陣の紋様が青く淡い光を放ち始めた。
『地上側魔法陣、起動しました』
『月側魔法陣、起動しました』
魔法陣の上に光点が生まれたかと思うと、それは一気に拡がって半径2mほどの輪っかとなった。内部は真っ暗だ。
『プローブチェック』
保安部の人が、なにかヘビみたいにウネウネ蠢くケーブルを輪っかの中に差し込んだ。
『魔法陣周辺、異常なし』
『よし、アンダーソン、先行してくれ』
『了解。行くぞ』
保安部長を先頭に、保安部の人が右腕の銃を構えながら輪っかの中へと入っていった。
わたしも保安部の指揮下で動くことになってるんで、彼らの後に続いて入った。
中はほんとに月面だった。話に聞いただけでは信じがたかったし、実際入ってみても信じがたいことではあるけど。
以前ドローン訓練で見たと同様に、大気のない空には地上ではありえないほど多くの星が瞬くことなく輝いていた。青いニューホーツもぽつんと浮かんでる。
前と違うのは、足元の地面が完全に真っ暗なことか。肩につけられたライトがなかったら、マジで何も見えない。後で聞いたところによると、オプション設定でカメラの感度を増幅したり赤外線で見るモードとかにすればよかったらしいけど。
『クリア!』
『クリア!』
保安部員の人たちが周辺に敵がいないか、完全に確認を終えて、合図を送った。
こういうの映画では観たことあるけど、それが目の前で行われてて、わたしがこの場にいるのがすごく奇妙な感じがした。
『偵察ドローン出します』
技術部の人の操作で、八機の小さなドローンがばらばらな方向に飛び立っていった。
『月面基地までの間に人工物、熱源は見当たりません』
『月面基地の映像出ます』
わたしも脳内スクリーンで偵察ドローンからの映像を覗いてみた。
『うわぁ……』
上から見ると、月面基地は巨大な八角形をしてるんだけど、そのうち中央の右下よりのところに巨大な穴が開いていた。そこでは溶けた金属などが赤い光を放ってる。真空中なので、揺らめいて見えたりはしないけども。
赤外線映像に切り替えてみると、温度低い方から高い方へ青→赤→黄と色付けされてるんだけども、穴の中は黄色を通り越して真っ白になっていた。よっぽど温度が高いらしい。
『これは……メルトダウンでも起こしたのか?』
『放射線量、通常の範囲内です』
技術部の人の見解だと、基地内部で魔導具か何かにより超高熱が発生し、周辺が融解、一部は蒸発して高温高圧のガスとなって施設を崩壊させたのではないか、ということだった。
『中心から半径50mほどの部分はまだ高熱を放っていて近寄れませんが、それ以外はドローンなら問題ないレベルです』
『よし、月面基地に移動しよう』
その時、偵察ドローンからの報告が入った。
『基地の北東約5Km地点に移動中のドローンを発見。IDからシンプソンのものと思われます』
ミツケタ。ニガサナイ。
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