第20話 3人の忍び

 丘の下の草原に3つの影が近づいてきた。彼らは万代家の家臣、武藤三郎配下の忍びだった。彼らの読みは当たった。甚兵衛が訪れた椎谷の里に葵姫がかくまわれていることをつかんだ。しかも若い地侍とともに2人で、こんな人もいない丘に来ているという。


(葵姫をかどわかして万代の殿様の元に送れば、莫大な褒美をいただける。)


忍びたちはそう思った。すると遠くから若い男女の話し声を耳にした。忍びたちはその音を頼りに静かに進んだ。するとその先の草原に2人の姿が見えた。


(しめた! 今日も来ておる。他に誰もおらぬ。これならうまくいく)


忍びたちは互いに目で合図を送り、静かに草原に踏み入った。草むらにその姿を隠しながら、相手に気取られぬようにその気配を消しながら・・・。

 だがその忍びたちの気配にいち早く、紅之介は気付いた。


(何者かがいる!)


紅之介はさっと振り返ると、後方に回って身構えた。そして葵姫に声を潜めて言った。


「姫様。 曲者が近づいてきております。 私のそばからお離れにならぬように。」

「なに・・・」


葵姫は驚いて声が出せなかった。誇りある東堂家の者だという自負があったが、体は震えていた。実際、葵姫は敵に遭遇したこともないのだ。これから起こるであろうことを思うと恐怖で身がすくんでいた。

 紅之介は身構えながら、その気配の先に声を放った。


「出て来い! そこにいるのはわかっている!」

「気付きよったか!」


草むらから忍びと思われる者が3人、すっと出て来た。鋭い目つきに隙のない動き・・・3人ともかなりの手練れと見て取れた。


「何者だ!」


紅之介が鋭い声で問うた。東堂家の家来ではなさそうであるし、もちろん里の者ではない。


「我らは万代家々臣、武藤三郎配下の者。この里の様子を探っていたが、よい獲物があるというのでここに来た。」

「我らの獲物は葵姫だ。さあ、姫を渡せ!」


忍びの3人は刀を抜く構えを見せた。彼らは紅之介を見くびっていた。小柄で細身の色白の地侍。見るからにひ弱そうだった。まだ道で見張っていた地侍は腕が立ちそうだったが、この者はそのようにも見えない。ただの葵姫の話し相手程度か・・・と。


 一方、紅之介は相手を見据え、刀の柄に手を伸ばした。その動きに一部の隙も見せない。


「姫様に手出しはさせぬ。」


それを聞いて忍びたちは馬鹿にしたような笑いを浮かべた。


「お前一人でか? 我らは3人もいるのだぞ。それも相当な手練れだ。お前が敵うはずがなかろう。悪いことは言わぬ。命だけは助けてやるからさっさと姫を差し出せ。」

「そうだ。お前は帰って厠でも入って震えておれ!」


忍びは嘲るように言った。彼らは紅之介を侮っていた。お前など、到底物の数ではないと。しかし紅之介はひるまず、その構えを崩さなかった。


「この二神紅之介。貴様ら如きに臆せぬ! 姫様に指一本触れさせぬ!」


紅之介は刀の柄に手をかけた。その目はカッと見開いていた。


「ほう。やる気か。いいだろう。」


それを見て3人の忍びは刀を抜いた。勝負は一瞬で決まると彼らは信じていた。

 紅之介の前に忍びの男が3人、刀を構えてじりじりと近づいてきた。いずれも腕に覚えのある歴戦の強者つわもの、その迫力はすさまじかった。しかし紅之介はそれを物ともしなかった。身動き一つせず、刀を抜かないままにその柄を握って構えていた。


「こいつ、恐ろしくて刀も抜けぬのか?」

「ははは。我らに恐れをなしたか!」

「すぐにやっちまおう!」


3人の忍びは紅之介を嘲りながら、刀を振り上げて一斉に紅之介に襲い掛かろうとしていた。だが紅之介はやはり動かず、じっと3人を鋭く見ていた。

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