第82話 万物はベースボールからできている

「あのヘリコプターが異星人の乗った宇宙船スペース・シップだったらどうですか? 宇宙人エイリアンは、我々の生活を見てさぞびっくりするんじゃないですか? 『なんだ、この「数字」というのは?』『便利で、なんて狂おしいものなんだ!』と。悪魔が与えた、人類を発展させ、狂わせる悪魔の装置」

 腹が減った。

「あるいは、我々は宇宙人の差し金で、数字に支配されているのでしょうか。いえ、それとも、数字自体が宇宙人とも考えられるのでは? 数字を我々に翻訳した(と、言っていいのかわからないが)ピタゴラスという男は、地球の支配をもくろむ数字インベーダーを撃退するために、勇敢にも解き明かそうとしたのかもしれませんね。ただ彼の努力も虚しく、我々は数字の奴隷になりました。私たちは数字によって真理を手にするはずが、逆にヤラレちまったんです。しかし、今更お別れってわけにもいきません。なにせ、数字とは、原始時代から、共存してきた仲間です。私たちのDNAに編み込まれているですから。……なんてね。冗談ですよ、冗談。はは」

 ベンチから険しい形相をした男たちが、飛び出してきた。

「今、とても気持ちがいい。数字で言うと、86くらいね」

 男たちに囲まれ、抵抗するまでもなく取り押さえられた。マイクの電源が切られた。

 それでも私はしゃべり続ける。これまで、言えなかったこと、すべて。

「ピタゴラスは、万物は数字からできているのだと言ったそうです。私は気付きました。野球も、全てが数字でできている。グラウンド上で、数字の取引をしている。ピタゴラスなしには、野球は存在しなかったでしょう。

《野球は数字だ》《数字は野球だ》

『万物は野球から出来ている』ということですよ。野球の発展が、我々を突き動かし、今、内側から我々をどうにかしようとしている」

 観客はおろか、ダンシング・ドールさえも、宇宙人を見るような目でこちらを見ている。

「だまされるな、ここでまともなのは私だけだ!」

 今日はとてもいい(まともな)気分だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る