第75話 ベースボールプレイヤーのはしくれ

 スタジアムは、超満員だった。

 最下位がとっくに決定してしまったチームの本拠地の試合にも関わらず、有難いことだ。

 艶っぽい声のアナウンスが、オーダーを読み上げた。私の名前が呼ばれる。

 割れんばかりの、歓声。

 これだ。この響き。

 スタジアムに帰ってきたんだ。またこうしてマウンドに立ち、野球ができる。

 いや、喜びを噛みしめている場合じゃない。

 ファンに向かって、左腕を大きく振って見せた。再び押し寄せるような声援がスタジアムに響いた。


 医者が懸念していたことは、ことごとく外れた。すべては彼の判断ミスで、私の杞憂だったのだ。

 キャッチャーまでボールが届かないどころか、初回から3回まで、フォアボールのランナーを一人出しただけの準パーフェクトのピッチング。

 コントールだってまずまずだし、スクリューだって切れている。

 すでに29球投げたが痛みはない。あの火照りは嘘のようにひいていた。

 いける。肩が軽い。これなら延長戦だって戦える。私の肩はリハビリによって蘇っていたのだ。じっと、機会を窺って眠っていたのだろう。

 ヤブ医者め。

 あいつ、私が試合に出ていることには気付いただろうか。

 今頃悔しがっているだろうな。

 ……もう一度生まれ変わっても、ピッチャーとしてマウンドに立ちたいもんだ。


 相手チームで警戒するべきは、ダンシング・ドール一人だ。

 細心だ。一球一球を、細心で投げる。第一打席はセカンド・ゴロに抑えた。

 3回の裏、私に打席が回る。三塁を守っていたダンシングドールが、すれ違いざまに私に声をかけた。

「初球、アウトコースにストレート」

 情けだろうか?

 そんな施し受け入れると思うな。

 なにせ、私は最初からその一球に絞っているのだから。(逃したら、もうチャンスはないだろう)

 まったく、おせっかいなやつだ。

 悪いな。

 私はやっぱり『無気力三振委員会』なんかに構っていられない。

 行動で示してやるさ。

 あいつらに、それまでの行い三振を恥だと思わせてやる。

 私は無気力に三振なんかしない。

 一人のベースボール・プレイヤーのはしくれとして。

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