第53話 無気力三振委員会

 妻が去ってしばらく、部屋がノックされた。

 今日は来客が多い。

「どうぞ」

 客が姿をのぞかせた。

 入ってきたのは、『ダンシング・ドール』という異名を持つベースボール・プレイヤーだった。バレリーナのような独特の構えから、その名がついたのだ。

 私は動揺を隠せなかった。

 どうして、彼が?

 彼はまっすぐ鼻筋の通った、マネキンめいた美しい顔立ちを崩さず白い歯で笑いかけた。不自然に白い歯。

 彼は私のライバルで同い年だ。(一見、同世代には見えないだろうが)私たちは何かにつけて比較されてきた。だが、直接口を聞いたことは数えるほどしかない。せいぜい、オールスター・ゲームのときくらいだろうか。

 彼は挨拶もそこそこに椅子に座り、封書を手渡してきた。私はそれが何か知っていた。私の家にも、同じものがよく届くのだ。

 送り主は『無気力三振委員会』という団体だった。


『無気力三振委員会』とは、なんなのか?

 我々投手の大半は、そこに属している。

 私たちのリーグでは、投手が打席に立つ際、バットを一度も振らず三振することが多い。

 ランナーがいれば、まず送りバントを命じられる。

 そしてまた、三振をする。打率は1割にも満たない。バットを抱きかかえて、ベンチにすごすごと帰っていく。

 バッターボックスの中では、最近目立つようになった妻(ワイフ)の腹の肉のことを考えたり、ろくでもないロックン・ロールを口ずさんだりしている。舌を使い、歯に詰まったゴミを取ろうとしている者も。

 そこの団体に所属する者は皆、次のバッター・ボックスでの暇つぶしを探しているのだ。

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