第43話 つまらない記憶と、そこそこのチャイニーズ

 男に連れられてやってきた店は、小さなチャイニーズ・レストランだった。床がつるつると滑るのが気になるが、庶民的な親しみやすい雰囲気だ。

 閉店直前に入ったからか、客は一人もいなかった。

 中華をあまり食べることはないが、料理名くらいなら幾つかはわかる。

 たとえば、餃子。

 小麦粉を練った薄い皮で、細かく刻んだ野菜や、合びき肉を包み、パリッとキツネ色に焼き上げている料理だ。

 あっているよな?

 私の育った環境では、中華チャイニーズを食べる習慣はなく、見たことさえない人間だっている。きっと私の親は餃子を知らないだろう。

 私がそれを知っていたのは、以前、妻の提案で、中華の天やものデリバリーを頼んだことがあるからだ。食事にメニューを眺め、さっぱりわからず悩んでいる私に、妻は説明した。

「ギョーザはね、美味しいけどニンニクが入ってるから、人に会う前には食べない方がいいのよ」と機嫌よく教えてくれた。

 私たちは、自分たちを取り巻く中年や老人たちの悪口(ニンニク臭い暴言の数々)を肴に、中華を楽しんだ。

 まだ、私たちが仲良しラバーズだった頃の話だ。

 こんなつまらない記憶が嫌に懐かしい。

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