第5話 遺すもの

 それから数週間、私たちの調査は何の進展も見せなかった。須藤刑事は独自に調べを続けていたが、決定的な証拠は見つからない。学校でも、誰に聞いてもこれ以上の情報は出てこなかった。

 ある夜、自室で宿題をしていた時、ふと思い出した。

 すみれが私に預けていた、机の鍵。引き出しから小さな鍵を取り出す。銀色の、よくある机の鍵だ。すみれは大切なものをいつもそこに閉まっていて、鍵をかけてている。

 そういえば警察ってあの机も調べてるのかな。ちょっと気になった。あの机の鍵は本棚の裏に隠してあって、基本的には私しか知らない。

 もしかしたらと思い、翌日の午後、線香をあげる名目ですみれの家を訪れた。すみれの母親は、やつれた顔で私を迎えた。

「亜未ちゃん、ありがとう。すみれも喜んでるわ」

 部屋に通されると、胸が締め付けられた。

 すみれの部屋は、生前のままだった。ベッドに置かれたクマのぬいぐるみ。壁に貼られたバスケ部の集合写真。私とすみれが笑っている写真。机の上には、開いたままの参考書と筆箱。

 まるで、すみれがちょっと席を外しただけのような、そんな部屋。

 仏壇に線香をあげ、手を合わせる。

「すみれ、ごめんね。勝手に机を開けるけど、許して」

 部屋の本棚に腕を突っ込むと、やっぱり机の鍵を見つけた。警察でもここまで調べていなかったのだ。

 震える手で鍵を差し込み、引き出しを開けた。

 中には、いくつかのノートとペン、そして一通の封筒があった。

 封筒の表には、『亜未へ』と、すみれの字で書かれていた。

 私は封筒を手に取り、そっと開いた。


亜未へ

この手紙を読んでいるということは、私はもういないんだと思う。

ごめんね。何も相談できなくて。でも、言えなかった。言ったら、きっと亜未は全力で止めてくれたから。亜未は優しいから、私のために怒ってくれるから。でも、私にはもう選択肢がなかった。

私には子どもがいた。いや、いるはずだった。名前も考えてた。「光」って字を使って、男の子なら「ひかる」、女の子なら「ひかり」。

どっちでも読める名前にしたかったの。どんな子が生まれても、その子が自分の道を照らせるように。暗闇の中でも、一筋の光になれるように。

でも私は、その子を殺してしまった。自分の手で。

朝野くんは優しかった。最初は本当に優しかった。でも、子どものことを告げた時、彼の目が変わった。困惑と、嫌悪と、拒絶。

彼が望んだのは私じゃなくて、面倒のない私だった。子どもを産んだら、私は彼の未来の邪魔になる。東京での新しい生活の、重荷になる。

だから選んだ。彼との未来を。子どもより、彼を選んだ。

でも、失ってから気づいた。私が本当に守りたかったのは、お腹の中にいた小さな命だったって。朝野くんは、もう私のことを愛していなかった。いや、最初から愛していなかったのかもしれない。

もう、生きる理由がわからない。子どもは消えた。朝野くんは冷たい。学校に行っても、笑顔を作るのに疲れた。

亜未、ごめんね。最後まで、親友でいてくれてありがとう。一緒に笑って、一緒にバスケして、一緒にお弁当食べて。あの時間が、私の宝物だった。

でも私は、もう前に進めない。

さよなら、亜未。元気でね。

川村すみれ


これは遺書だった。明確な、死を選ぶ意志を示す遺書だった。

私はすぐに須藤刑事に電話した。

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