番外編 イザーク・カデーレは生まれ変わる
僕は、今思えば……姉のようになりたかったのかもしれない。
公爵という地位ではなく、義姉であるロレッタのように。
そのために、あの場所に立ちたいと願うあまりに僕は過ちを犯したのだ。
(今にして思えば滑稽だ)
王城に勤めてようやく、上級文官試験を受けることができた。
自分でもその答案を眺めて満足いく出来であることに少しだけ、安堵する。
これならば、ようやく目指していたところにたどり着けるに違いない。
(そうだ、ようやくだ)
あの日……僕は、取り返しようもない過ちを犯した。
信頼を汚し、名誉を失い、家族を失った。
それでも立ち上がる機会を設けてもらえた。
実家と言われてもずっと離れて暮らしていた分、戻った時には違和感しかなかった。
嘆かれ、罵倒され、現実を現実として受け入れるにはあまりにも他人のようにしか思えず、だがこれこそが現実であると理解することこそが僕に課せられた罰だったのだろう。
しかし受け入れてみると、案外それは悪いものではなかった。
(……僕はあの頃、どうしてあんな単純なことに気づけなかったのだろう)
ワーデンシュタイン公爵家に迎え入れられて、美しくも優しい義姉と頼もしい義父に囲まれ、僕は幸せいっぱいだった。
あの二人のようになるのだと、勉学に励んだ。
義姉の専属騎士であるレオンのように、強くもなりたかった。
今にして思えば、子供特有の万能感だったのか、あるいは子供らしい何者にもなれると疑わずにいられる純真さだったのか。
それがいつの間にか劣等感にすり替わり、甘やかに囁かれる言葉にあっさりと惑わされたあたり僕は本当に『不適格』だったのだと思う。
それを正しく判断し、無理に直そうとせずに己の道を歩ませてくださった公爵にも、ロレッタ様にも……感謝しかない。
だからこそ、僕はあの憧れた場所に戻るために努力した。
学園に戻り、冷たい眼差しも自分の失態のせいだと受け入れた。
努力をして自分を変える、その姿勢を実際にやってのけて始めて失った信頼を新しく築き直せるのだとそう僕は考えた。
失ったものを取り戻すことは、これまで以上の努力が必要だった。
これまでも成績は決して悪くなかった。だがそれでは足りなかった。
公爵令息という立場の時には、学年五位以内にいればいいと思っていたがその考えを捨てた。
(義姉上は、常にできる限りの努力をしていた。……五位以内をとれればいい、なんて甘い考えをしていた僕では、あの人の傍に行くには弱すぎる)
卒業まで首位を取り続ける努力をした僕には、友人もできた。
あの頃、アベリアン殿下の傍にいた頃とはまるで違う、笑い合える友人たちだ。
彼らと切磋琢磨し合い、僕は王城で文官になった。
上級文官の試験を受ける頃には、王太子となったマルス殿下からもお声をかけていただく栄誉を賜った。
自分のところで文官にならないかと、それこそ身に余る光栄なことだ。
だが僕の答えは決まっていた。
「申し訳ございません。どうしても、僕には夢があるのです」
上級文官の試験に良い得点で合格して、ワーデンシュタイン公爵家に仕えたい。
いいや、ワーデンシュタイン公爵となるロレッタ様にお仕えしたい。
あの日のように同じテーブルを囲むことはできなくても。
共に良い国にしよう、王家を支えていこうと誓ったその言葉を守ることは、今でも許されるだろうか。
努力の結晶として、目に見える結果を出して役に立てることを証明する。
それが僕の生まれ変わった姿として、新しい道なのだ。
「ワーデンシュタイン公、お時間を取っていただきありがとうございます」
「よく来た、イザーク・カデーレ。……まあまあの勢いだったな」
そしてその結果を持って公爵に面会を申し込めば、驚く早さで会ってもらえた。
その眼差しが、義父として近くにいた頃のものに似ていて思わず僕は息を呑む。
「頑張ったじゃないか、イザーク。待っていたぞ」
「……ワーデンシュタイン公」
「王城を辞するのにどのくらいかかる。ロレッタの文官は忙しいぞ?」
「すぐにでもっ!」
ああ、僕は果報者だ。
待っていてくれる人が、いるのだから。
これからは、劣等感からも目を背けない。
常に挑戦する気持ちで、ロレッタ様をお支えしよう。
生まれ変わるきっかけをもらった僕は、きっと誰かにそれを返していくのだ。
そうあれる自分になっていきたいと願い、そしてそれを叶えるために努力を惜しまず生きていこうと誓うのだった。
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