第36話 嫌われていた理由

「仕組まれていた、とは?」


「……いろいろ考えたんです。私自身も愚かでしたし、意固地であったと反省をしておりましたが……こうまでおかしいことが続いているのに、何故お父様たちは介入しなかったのかと」


「ほお」


「確かに、子供たちが自主的に気づくことが望ましい。その通りだと私も思います」


 何もかもが大人にやってもらって、全て解決してもらえるのは幼児までです。

 少なくとも私たちは貴族として、それ相応の社会的責任と義務を果たさねばなりません。


 そういう意味では、子供たちの成長に役立つからと周囲を巻き込んで愚かな言動をすることが目に見えていた場合、それを窘めるのもまた大人たちの責任ではないかと思ったのです。


 具体的に言えば、まず幼少期。

 私は殿下に一方的に嫌われていました。

 これは個人的な好みの問題なので、殿下の責任ではありません。

 ですが私と過ごすために設けられた茶会の席をすっぽかしたことも、私が親しくなりたくて手紙を送ったりお誘いをしたことを無視するのはいけないことです。

 それについては幼かったから、照れていたからと王妃様が私に対して謝罪の言葉と共にそう言っていましたが、それでも改善されなかった段階で国王陛下が『王太子として責任を果たせ』と言うべき案件だったと思うのです。

 王妃様が、それを担えなかったのですから。


 殿下と私の婚約は、国益をもたらすための契約である以上、個人の感情だけで許されるものではありません。

 それを陛下が子供可愛さ、妻を愛しているからと許すはずもありません。

 今回の、裁定のように。


「早い内から陛下は、殿下と私の関係を見て破綻するとお考えになり、当時第二妃様のご懐妊がわかった段階で王太子の位を移行する計画を立てられたのではありませんか。途中で殿下が改心なされればよし、そうでなくとも第三子がいるならば、と」


「なるほど。まあわかりやすくはあったからな。だからこそ王妃はあの場で往生際も悪くお前をキール殿下の婚約者に据えようと必死に訴えたわけだが……」


 誰の目にも明らかだったと言われれば、まさかそんな、という考えもありました。

 殿下も、もしかしたら気づいたからこそ大慌てでワーデンシュタイン公爵家の庇護を求めているのかもしれません。


(陛下は、親子の情よりも国益を取った)


 それは為政者として正しく。

 けれど決して非情ではないので、卒業前に・・・・そうなるよう誘導した……のではないかなと私は思ったのです。


 私との関係を改善するよう助言することなく、王妃様任せにしていたこと。

 学園でも陛下たちに報告が行っていたであろうに、殿下の言動を咎めなかったこと。

 また、襲撃などで私に冤罪がかかってもやはり沈黙を選んだこと。


 お父様も全てを知っていたのではないかということ。


 アトキンス嬢がこれまで、アトキンス男爵の兄の娘であるということが知られているようで知られていなかったこと。


 一つ一つは、小さなことの積み重ねです。

 けれど、それはあまりにも上手く重なりすぎているようにも思ったのです。


「……王妃様はな、第二妃様に対し劣等感を抱いておられる」


 お父様は笑いながら、唐突にそんなことを言い出しました。

 それは私に対する、正解へのご褒美……と言った様子でした。


「国王陛下は知っての通り、国内貴族の派閥の均衡を保つために国内貴族から妃を迎えた。正妃として迎え、アベリアン殿下がお生まれになったことで第二妃様をお迎えした」


「……正妃から嫡子が生まれたことで、妃の順位による継承権争いが発生しないように、ですね?」


「そうだ」


 長子を優先するこの国で、それでも同時に妃を迎えた場合はややこしいことが起きるのだ。

 第一妃である王妃が最も位の高い女性となるわけだが、その女性の子が他の妃の子よりも順位が劣るのでは派閥がまた揉めることは明白です。

 それでは何のために国内貴族から妃を迎えたのか……本末転倒でしょう。

 そのため期間が設けられたのです。


 ところが、派閥としても敵対していた王妃様と第二妃様ですが……第二妃様は大変冷静沈着で、穏やかな性格で……学生時代から王妃様は、なぜだか第二妃様に対して敵愾心てきがいしんを抱いていたものの、一度も相手にされなかったそうなのです。


 たとえ王妃として第二妃様よりも上の立場になっても、安心はできず……アベリアン殿下の立場をとにかく盤石にすることによって『次の王の母』としての立場を確かなものにしたかったのでしょう。


「そんな母親を見ていたものだから、殿下はなんと〝賢い女〟が苦手になってしまったのさ」


 笑えない話だろう。

 そう言うお父様は大笑いするのでした。

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