第22話 王子と男爵令嬢の条件

「皆の者、顔を上げよ。よく集まってくれた」


 陛下のお言葉に、私たちは顔を上げて座り直しました。

 周りを見回すようにして、陛下は全員の顔を見たかと思うとトントンと指で机を叩くようにして、それから大きなため息を一つ。


「此度のこと、すでに皆も知っておろうが……子供たちは、己が愚行に気づくことなく厚顔無恥にもあのような振る舞いをしてしまった。それはいずれも導けなかった我ら親の責であるが、同時に王侯貴族として民の規範となるべき存在である我らにあってはならぬ醜聞でもある」


 すでにあの卒業生たちから、その親へ……その親から他の世代の親たちへ……話はきっと巡ってしまっていることでしょう。

 私に関しても被害者という見方は多いものの、気が強くてアベリアン殿下が可哀想という話も流れていると聞き及んでおります。


 人の口に戸は立てられぬと申しますし、子供がしたことだからで済ませるには大事になってしまったのだと改めて痛感いたしました。


「よって王家としてはアベリアンを王太子から廃し、王族籍には残すものの残りの学園生活での言動を考慮に入れ、身分と領地に関しては決めるものとする。また、ロレッタ・ワーデンシュタイン公爵令嬢との婚約は解消とし、令嬢に非はないとして示すために王家が持つ銀山の一つをワーデンシュタイン公爵領とする」


「かしこまりました」


「書面は後ほど公爵家に届ける」


 やはりそうなりましたか。

 アベリアン殿下に視線を向けましたが、何を思っておられるのか……ただ俯いて、ぎゅうっと手を握りしめておいでです。


「またアベリアンの婚約者に関しては、今のところ保留とする」


「父上っ、私はカリナと……!」


「そこまで切望するのであれば、お前の言動、及びアトキンス男爵令嬢の成績を鑑みてそれに応じた爵位を与えよう。いずれにせよ、卒業までお前たちは全員婚約者を定めることは許されん」


「そんな……!!」


「また、ワーデンシュタイン公爵令嬢に非がないことは王家が証人になるため、新たなる婚約者についてはすぐにでも書類を提出するように。良いな、公爵」


「かしこまりました」


 この貴族社会において、学園の卒業と同時に社会に出る大人として認められるも同然です。

 それ故、一人前になったとして卒業後すぐに結婚する方も多く……そして、結婚をするには婚約から最低でも半年、長くて二年は期間を設けねばなりません。


 それは何も無駄に勿体ぶっているのではなく、互いの家同士で決め事・・・を作る、つまり契約書の作成に必要な時間なのです。

 家同士の力関係、仕事関係、人のやりとり……その他諸々、問題が無いように調整しながらより良い道を模索するのですからどうしてもそのくらいの時間を必要とするのです。


 だからこそ、卒業してから・・・・婚約を結ぶということは、それぞれに何かしら瑕疵かしある人間性や事情を抱えているのではと見られがちになるのです。


 第一印象が良くないと、良い関係を築くのに障害になることもありますから。


(私には、レオンがいてくれるし……非がないと陛下が認めてくださったから事実上の婚約として発表はできるけれど)


 陛下の温情で私の婚約に関してはすぐさま結べるようです。

 とてもありがたい話で、逆に申し訳ないくらい。


(それにしてもアトキンス嬢の成績も加味されるのね。まあそれはそうか……殿下が頑張って公爵位を賜るとしても、彼女が高位貴族の礼儀作法や話術を学ばなければ奥方に迎えるには周囲の理解が得られない……)


 殿下の運命の恋はなんと障害が多いのかしら!

 陛下もお人が悪いわ、アトキンス嬢があまり勉学が得意でないことはきっとすでに報告を受けていらっしゃるのに。


 それならば最初から子爵位か、あるいはアトキンス男爵家に殿下が婿入りする形で陞爵なりしてあげたら……と思いますが、それでは罰にならないのでしょうか。

 殿下のお立場で考えれば下位貴族の当主になるというだけで、相当な罰だと思うのですけれど。


(好いた方と結ばれたいのだもの、王太子という重荷から解き放たれたならあるいは……)


 やはり私はまだ甘い考えの持ち主なのでしょう。

 お父様も何も仰いません。

 それにこれは、既に決められたこと……覆すにも、私から何かをいうのはお門違いです。


(殿下が、アトキンス嬢が意見を述べたら、あるいは?)


 私はそう思いましたが、殿下もアトキンス嬢もそういったことは一切口になさいませんでした。

 王子のままで、王子妃になれると思ったのに。

 小さな声でボソボソとそう言っていましたが、しんとしている部屋の中ではいやに響いてしまって……とても重苦しい雰囲気になってしまったのでした。

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