第16話 恋心は冷静さを惑わせる
「……レオン、それは本気か?」
「はい。先ほどお嬢様と話をさせていただきました。いずれ婿を迎えることになった際、貴族籍を持つ人間であれば基本的に問題ないと……ならば自分にもその機会がをお許し手いただければと」
「いやまあ、貴族なら誰でもいいというのはさすがに言いすぎてはあるが。もし下位貴族の出身者であれば、しかるべき教育を受けさせたのちに分家のいずれかと養子縁組をさせ、それからということになる。……だがまあ、そうだな。レオン、お前が名乗り出てくれるか」
「是非にでもお願いしたく」
「レ、レオン」
私は確かに『家に着いてから返事をくれ』と言った。
お父様から次の婚約者の選定についてお話がすぐに出てくるとは思っていなかったからこんなことになってしまったけれど……。
「ふむ、レオンならば心配は無いな。ロレッタをよく支えてくれるだろうし、お前にはこの公爵家に仕える護衛騎士として、高位貴族と同じだけの教育を施している。悪くない」
「ありがとうございます」
「では決まりだな。とはいえ、今はまだ、お前は殿下の婚約者だ。婚約破棄にしろ解消にしろ、どのような形であろうと決着をつけて少し間を空けねばならんだろう」
「はい」
どうしましょう、この場で反対意見など言えない空気になってしまいました。
いえ、受けてもらえたのはとても嬉しいのだけれど……。
お父様もお喜びだし、レオンにとっては確かにメリットしかない話だもの!
ただそこまで大きなメリットでもありません。
ワーデンシュタイン公爵家の護衛騎士はよその領に比べるとお給金も良いとお父様が仰っていたことがあるので、暮らすに困ることがないどころか十分なのだということはわかっています。
確かにレオンのお母様を定期的に医師に診せるのはお金のかかる話だけれど、それでもお釣りが出るくらいにはレオンの給金は良いはずなのです。
だって、護衛騎士という立場に加えて私の専属という扱いなのですから!
(だとしたら、やはりお父様に対する義理かしら……)
私が次にまた変な男に引っかからないで済むよう、彼は忠義を尽くすつもりでわざわざ申し出たのかしら。
お父様の耳に、私から申し込んだなんてはしたない話を聞かせないためにも。
(レオンには、幸せな家庭を築いてもらいたいと思っていたのに)
てっきり、それらのメリットが小さいから『そういう対象として見ることができない』とこれからも騎士として仕える旨を言われるとばかり思っていたので、困惑してしまいます。
でもお父様は乗り気だし、レオンは……もう、その表情からは何も読み取れません。
「それでは王城から連絡が来るまで、お前もゆっくりと休みなさい。ああ、レオンとの話はお前に判断を委ねよう。これまで護衛であったということもあって、ロレッタもいきなり伴侶として見ろと言われても困るだろう?」
「え、ええ……」
いいえお父様、逆なのです!
などと言えるはずもなく、私はお父様に頭を下げて部屋を後にしました。
そして廊下に出てから後ろをついてくるレオンの方を見て、どうしたものかと……そればかりが頭を占めてしまって。
「レオン」
「なんでしょうか」
近くを通る侍女に、人払いを申しつけて私は自室に向かいました。
もう、何も考えたくありません。
今日は静かに、泥のように眠ってしまいたい。
淑女としてはいけないことなのでしょうが、今日だけだからと自分に言い訳を一つ。
それから、小さく深呼吸。
「……私から言い出したことだけれど、断って良かったのよ。お父様への忠義で、自分を犠牲にすることはないの。私の婿についてはお父様がお選びになるなら、きっと良い人たちよ。あなたが心配せずとも……」
自分の部屋の手前で、ドアノブに手をかけて私はレオンを見ることなく言いました。
彼の目を見るのが怖くて、彼に気にしてほしくなくて、やや早口になってしまったのは失態だと思いますが……それでも、今の私は〝ワーデンシュタイン公爵令嬢〟ではなく、ただの〝ロレッタ〟になってしまっていたのです。
本当ならば、この家の跡取りとして毅然と……しなければならないのに。
幼い頃の恋心を、隠していたその気持ちを解き放ってしまったせいでしょうか。
どうしようもなく、自分が抑えられなかったのです。
「……それ、本気で言ってますか」
でもそんな私に、レオンの冷たい声が聞こえて……私は思わず肩をびくりと跳ねさせたのでした。
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