第16話 ともだち

 外に出ると風が強く吹いていた。

 枯れ葉が舞い、人々は背を丸め足早に歩いていく。

 明日から十一月。寒さは日々強くなっていく。

 時刻は九時四十分。

 自転車の前かごにリモを載せ、それを押しながら臨と並んで歩き、天狐の山に向かった。


「えー、何あれ狸? ちょーかわいー!」


 などと指さされたリモは、手を振り愛想を振りまき時折写真など撮られている。


「知らないところでバズってそうだね」


「僕はそういうの嫌いなんだが。お前と違って」


「なら鞄にいれたらいいじゃない」


「だって鞄の中だと可哀想じゃねーか」


 すれ違う人々の中には、明らかに臨を指していると思われる、


「あの人かっこいいー」


「雑誌で見たことない?」


 なんて言葉も聞こえてくる。臨が目立つの忘れてた。こいつモデルだもんな……

 デパートやショッピングモールで見かけるポスターにいたりするんだった。

 身近過ぎて忘れんだよ。


「リモは人気だねー」


 臨の暢気な声が聞こえてくる。


「手を振るだけで喜んでもらえるなんて嬉しいですね!」


「僕はもう、臨とは出かけないことにするよ」


「え、なんで? 俺何もしてないよ?」


 などと話しながら僕らは山へと向かった。

 商店街を通りがかったとき、リモが鼻をヒクヒクさせたかと思うと不意に籠から飛び降りた。


「リモ?」


 リモがまっすぐに走って行った先にあったのは喫茶店だった。リモは店の前で掃除をしている青年に駆け寄ると、尻尾を振りちょこん、と座った。

 喫茶店の窓ガラスには、「喫茶まほろば」と書かれている。

 昔ながらの喫茶店、というレトロな雰囲気の小さな店だった。一階は店で、二階は住居、という感じだろうか。

 この商店街は子供の頃から来ているのでよく知ってはいるけれど、この店には入ったことがない。

 喫茶店、と言うのは大人な雰囲気があるし高校生の僕には入りにくかった。

 その青年はリモに気が付くと、その場にしゃがみ笑顔で言った。


「おはよう、久しぶりだね。こんな時間に来るなんて珍しい」


 どうやらリモの事を知っているらしい。


「今は餌、何もないよ」


「大丈夫です! ちょっとご挨拶に寄っただけですから!」


 リモがそう答えるが、たぶん相手には伝わっていないだろう。

 青年は近づく僕らに気が付くと立ち上がり、


「おはようございます」


 と、笑って言った。

 たれ目が印象的な三十歳そこそこと思われる青年だ。

 もしかしたらもっと上かも知れない。

 大人って、見た目で年齢わかんねーんだよな……


「おはようございます、あの、この子の事、知っているんですか?」


 僕が言うと、青年は足もとにいるリモに視線を向けて言った。


「この狸の事? えぇ。たまに餌をあげているんで。まあ、よくないことだとは分かっているんですけど、僕の言葉がわかるみたいで悪さするわけでもないし、人懐っこくて」


 確かに人懐っこい。

 っていうか、

 こいつこんなところで餌を食いに来てたのか?

 山からここまでけっこう距離あるぞ……?


「確かに人懐っこいですね」


 すっかり僕の家に住みついて、家族ともなじんでいるしな。


「今、僕と一緒にいるんですよ、その子」


「ほんとに? 狸と暮らしてるの?」


 まあ、狸と暮らしてるってなかなかないと言うか珍しいと言うか。


「そういえば彼女と会ったのも、この子がきっかけだったなあ」


 寂しそうに青年は呟く。

 彼女?

 青年はリモを抱き上げると、


「またね」


 とだけ言い、僕たちの方にリモを差し出した。臨がそれを受け取り自転車の籠に戻す。


「飛び出すと危ないよ、リモ」


「つい懐かしくって。この人とってもいい人なんですよー。僕たちによく餌をくれて」


 僕たち。

 という言葉がひっかかる。

 リモには仲間がいるのか?


「あのすみません、この子、ここにはひとりで来ていたわけじゃないんですか?」


「え? あぁ、最近はひとりだったけど前はふたりっていうか、二匹で来てたね。狐と一緒に。狐と狸の組み合わせなんて珍しいよね」


 狐、という言葉が引っかかる。


「リモ、お前狐の友達がいるのかよ? なんで言わねーんだよ?」


 リモに向かって言うと、くるっと僕の方を向いて言った。


「だって、聞かれていませんし」


 いや、まあそうだけれど。

 でもその狐と今回の件、関係あるのか?


「狐の友達がいるのは確かですが、ここ何か月も行方不明で」


 しょんぼりとした様子でリモが答える。


「何か月も行方不明ねえ……」


 臨は呟き、顎に手を当てる。


「え、あ、え……ふたりとも誰と話されているんですか?」


 戸惑った様子で青年が言う。


「この子とですけど」


 何事でもない様に、臨がリモを指差した。

 青年は訳が分からないようで、僕らの顔とリモの顔を交互に見る。


「え? 狸……言葉……え?」


「おいらは未來さんの言葉、わかりますよ!」


 リモが大声で言うが、青年にはきっと伝わっていないだろう。

 リモの顔をじっと見つめるだけだ。


「未來さん?」


「未来は僕ですけど……あの、この子が言ったんですか?」


 僕がリモの言葉を受けて名前を言うと、困惑した様子で青年が言った。

 何で僕たちにはリモの言葉がわかり、他の人にはわからないんだろう?

 これも僕らがもつ力が影響しているのだろうか?


「僕は初芝未來と言います。この喫茶店を経営してます」


「僕は北城紫音です」


「戸塚臨と言います」


 そのまま流れで僕らは初芝さんのお店に入り、飲み物をごちそうになることになった。

 時刻は十時過ぎ。

 店の開店時刻は、十時半と書いてあった。


 

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