第112話 一人と一匹と一体、待機中。


 一旦森の小屋に戻って呼び出したオニキスは、伝説上の話だと思われていた精霊の登場で、興奮と緊張に身を固くしたエリックから全ての説明を聞き終えたあと、恐らく今回で最後のトランスフォームをした。


 ――そんなオニキス曰く、


『貴方の協力と存在がなければ、私は堕精霊として瘴気を生み、いずれ彼女が愛した森を枯れ果てさせるところだった。大恩ある貴方の願いとあらば、叶えぬわけには参らぬ。この小僧を見逃す件は承知した。だが……他の者はどう処分しても構わないと約束願いたい』


 ――と、このように言語能力もバージョンアップしたというか、この場合は元に戻ったと考えるべきなんだろうけど、如何にも人間より上位の存在になってしまって少し寂しい気もする。あと関係ないけど声が良すぎてビビった。


 空洞だった眼窩に戻ってきた輝きはあのブローチの石を思わせるような、藍に金の散る、何とも不思議な色合いだった。白目のないその双眸には宇宙っぽい神秘が見え隠れする。そんなところも単色の双眸な忠太とは違う存在なのだと思わせた。


 ただ会話内容に対して特に口を挟める立場でもなかったので、その辺りは当事者のエリックと相談してもらうことにして、私達は話し合いが終わるまで屋敷の庭で待っていることにしたものの、夏の花盛りな庭を忠太と金太郎と一緒にぶらつく。


 花の名前に詳しくない私でも綺麗だと思えるし、忠太と金太郎が花と戯れる写真を撮りまくったりしているうちに、結構時間が経っていた。分かりやすく言うと三時間。おかげで画像フォルダがパンパンだ。幸い駄神の加護で上限がないから別に良いけど。


 その中から特に可愛いのを選び、以前から気になっていたオリジナルグッズを作るサイトに注文するまでに時間はかからなかった。花の蜜を舐めてご満悦の忠太と、その真似をして花に頭を突っ込んで鼻先に花粉をつけた金太郎のやつ。今からピンバッジになって届くのが楽しみすぎる――……が。


「話し合い、意外と時間かかってるみたいだな」


 ふとそんな疑問を口にして屋敷を振り返ったら、私の髪に花を飾って遊んでいた忠太と金太郎が肩から転げ落ちる。両手でキャッチしてから青々とした芝生の上に一匹と一体を置くと、早速忠太がスマホを欲して手を伸ばした。


 促されるまま芝生に直置きしてやれば、質問待ちの姿勢でスマホの傍らに立つハツカネズミ。緑に白に赤の映えの結晶かよ。


「えーと、まぁ人の人生左右させるんだから時間がかかって当然なんだけどさ。それにほら、真名と記憶を取り戻すって精霊にとってはかなり大事なんだな。正直あんなに変わるんだとは思ってなかった」


【おにきす ちゅうきゅうせいれい ですからね あれが ほんらいのすがた】


「ん、そうだな。でもいきなりああもしっかりされるとさ、何か勝手だけど嬉しいのと寂しいのが同時にくる」


【ふむ ですが おにきすは まりとのきおく なくしたわけでは ありませんよ それでも さびしいですか】


「あぁ……な。人間の中で低級な私でも心の方は案外複雑なんだよ」


 ヘラヘラ笑ってそう答えた瞬間、忠太の小さい身体がブワッと膨らむ。どうやらハツカネズミの尾を踏んだらしい。尻尾を鞭みたいにビュンビュン鳴らしながら爆速で入力された文面を見下ろす。


【まりは ていきゅう ちがいます ちょう こうきゅうひん いっきゅうひん こうせいのう こうしゅつりょく きかくがい です】


「これはまた随分褒め殺してくれるなぁ。悪い気はしないけど、そんなこと言うのは忠太くらいだと思うぞ」


【いいえ ただの じじつです きんたろうも そうおもってる たとえ ほんにんでも わたしのまり けなすこと ゆるしません】


 本人的には〝キッ!〟と睨んでいるつもりなんだろうが、眉間に力を入れているせいで顔の中心に寄ったヒゲがピクピク動いて、ただただ愛らしい。怒ってるのに迫力皆無とか……相変わらず不憫可愛い奴め。


 でも感情が顔に出ていたのか、ムスッとした(あくまで主観)忠太に【まじめに ききなさい】と怒られてしまった。目配せされた金太郎に頬をつねられるし散々だ。けどちっとも嫌じゃない。ただ照れ臭くなってきたから話題を変えよう。


「ん、分かった。忠太達がそう言うならもう卑下しない。でさ、それとは全然話が変わるんだけど」


【はいはい なんでしょうか】


「オニキスが完全体になったってことは、今まで忠太が使ってたあのブローチを返さないと駄目だよな。たぶんあれも私達が駄神からもらったのと同じだろ」


【ああ あれですか たしかに そこのとこ はなしあい ひつようかも】


 自分の担当した転生者への加護の一つであるらしい魔力盛りの宝石。


 私達の持ってるやつはアレキサンドライトだが、駄神の言い分で他の種類もあると耳にしてから調べたら、オニキスのはサファイアの一種で、特徴からさらに絞り込んでヨゴサファイアというやつだと判明していた。


 このヨゴサファイア、普通ならそれなりのお値段で取引されるサファイアの中では破格の高級品。アメリカのモンタナ州で採れるサファイアをモンタナサファイアと呼ぶらしいけど、そこでも一番の品質の物が採れるのがヨゴ渓谷。だから他のモンタナサファイアと区別してヨゴサファイアと言うんだとか。


 ――以上、忠太がウィキってググった解説抜粋終わり。


 駄神の言葉だと他にもこういう宝石を贈られた転生者がいたっぽいものの、どうせ使えないのり弁ライブラリーで調べても無駄だろう。


「宝石のことなんかまったく興味ないけど、魔力保有量を嵩上げしてくれるアイテムだし、オニキスにとったら唯一の形見だからな。話し合う必要もないか。どのみち私に魔力があっても使い道ないし。私のを忠太に譲るからオニキスのは返そう」


 一瞬でも〝返すべきか〟なんて考えてしまったことが恥ずかしくて、思わずそう早口で告げたその時、いきなり周囲を取り囲むみたいにブワワワッと季節感ごちゃ混ぜな花が咲き乱れて。


「大変にありがたい申し出だが、それには及ばぬ」


 振り返るとそこには声の主で威風堂々とした佇まいの牡鹿オニキスと、私達と話していた時の傲岸不遜さはどこ行ったんだ状態のエリックが立っていた。

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