第2話

 ***



「フレデリック様。……おはようございます」

「今日は元気がないね。朝食に嫌いなモノでもあった? 料理長に抗議してこようか?」


 立ち上がろうとする僕に彼女は腕を掴んだ。「違います!」と必死になる彼女も可愛い。


「正直に何があったのか話してほしいな」

「……その、実は両親から手紙があって私が目星を付けていたクロムシアン修道院が潰れてしまったのです。寄付金を横領したとかで、代わりに建物を改築して孤児院にするとか。悪い人が捕まったのはよかったですし、孤児たちに家があてがわれるのはいいのに……。うう、私のセカンドライフが」

「もしかしたら神様がレティシアをここに止めたかったのかも。それに悪い人を懲らしめて、よい人の居場所を作ったんじゃないの?」

「うう、それは……そうですが」


 まだちょっと納得いっていない顔をしている。それはそれで可愛らしい。

「でもゲームシナリオでこんな改変はなかったはず。……別ルートも考えてみなきゃ」と若干不穏当なワードが聞こえたけれど、まだ時間はある。

 大丈夫。


 選択肢を一つ一つ丁寧に潰していこう。

 彼女が悲しまないような結果も付属して。

 誰かを殺したり、潰したりしたら彼女が悲しむのは嫌だ。

 そう思うようになったのは人間らしい感情が少しは芽生えた証拠かな。


「フレデリック様、別の修道院を探しつつ第二の人生は商業ギルドに入って世界を旅しようと思うのです!」

「そうなんだ。詳しく話を聞かせてくれないかな?」

「はい!」


 三日後。

 今日は薬学の本を片手に大好きなレティシアは現れた。


「商業ギルドは両親に反対されてしまいました。女の人では旅は難しいのですね」

「まあ、夜盗とか山賊もいるから危ないと思うよ」

「次こそは薬師に! 半年後に流行病があるので、薬を作って知名度を上げれば雇って貰えるかもです」

「へえ、どんな症状の流行病があるんだい? 治療法ってのは?」

「実はですね。この図鑑にある薬草なのですが――」

「うんうん」


 半年後。


「流行病があっという間に収束したみたいです。それはよかったとして、これからはカフェを開いて――」とか「本屋さんも楽しそうかなって――」なんて言い出した。


 次々に出てくる彼女の夢を潰していった。

 だってそこには僕は君と同じ世界に飛び出せない。

 卑怯だと言われても、君を手放したくないのに。


 月日は流れレティシアは十六歳になった。髪も伸びたし、背も伸びて大人の女性に成長を遂げた。小さな唇、華奢な体を抱きしめる。花のような甘い香りにくらくらしそうだ。


「レティシア、愛している」

「私もフレデリック様が大好きです!」


 抱擁も最初は恥ずかしがって抵抗していたけれど「婚約者なのだから」という言葉で納得させた。本当はキスもしたいのに我慢しているのだから褒めてほしいところだ。

 レティシアはどこもかしこも柔らかくて温かい。

 特に冬になると暖炉の火にあたりつつ密着する。ソファを一人用から二人用に手配してよかった。


「ねえ。前も言ったけれど、僕の傍はダメなの?」

「ダメですよ。いつかはエレーヌ様が現れるのに私なんかが傍に居られないですよ」

「なんで?」


 レティシアは笑っていたけれど、そこに陰りが生じた。

 篝火かがりびの爆ぜる音が部屋に響く。


「私は魔眼に耐性があるから婚約者に選ばれただけで……、大して可愛くもないですし、いずれ『エレーヌ様を貶めた悪女』と後ろ指指される悪役枠でしかないんです。お話を盛り上げるための当て馬なのですからしょうがないのです!」


 どうしてそこまで自分を過小評価するのだろう。

 僕は君がいるだけで幸せなのに、君は『運命は変わらない』といって僕の気持ちを信じてくれない。

 どうして僕と君の仲を裂く人間を好きになれると思うのだろうか。

 一目惚れならもうとっくに君にしているのに。


 イライラする。

 僕も君も互いが好きなのに、なんで『運命の相手』とやらに振り回されないと行けないのか。


「……ところでその『運命の相手』というのはどういう人なんだい?」

「やっと興味が出てきましたか! 彼女は王都のパン屋で働く子なのですが、この冬に聖女の力が目覚めるんです。髪は飴色で、天空セレストブルーの瞳。名前はエレーヌ様です。とっても可愛らしい方なのですよ」


 その可愛い人にはきっと別の人が似合うだろう。

 僕の呪いはこのままでいい。

 呪いが解けるより、君がいないほうが辛くて悲しいのだから。

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