第11話ヘール(回復)
突然の言葉に、レジーナはしどろもどろに頷いた。
「え、えぇ、ありますけど……」
「よし、
え? とレジーナはオーリンの顔を見た。
「つ、通訳って……詠唱をそのままにですか?」
「んだ。
そんなことが――できるものだろうか。
レジーナは一瞬、言われたことの意味を素早く考えた。
確かに、オーリンは魔法を専門とする魔術師、そして昨日の晩には闇の禁呪魔法さえ使ってみせたのだから、間違いなくレジーナよりも魔力量が豊富であるのは間違いない。
だが、魔法詠唱は得てして専門性が高く、それぞれ系統の違う魔法までを広く使える魔術師は少ない。流石のオーリンと言えども、今ほどの大怪我を癒やす回復魔法術には詳しくないようだ。
だが、【通訳】のスキルさえあれば――レジーナが心得た魔法の詠唱を他の術者に【通訳】することで、オーリンに回復術を使ってもらうことが可能かもしれない――それは確かにレジーナにならできる、レジーナにしかできない芸当だった。
これに賭けるしかない――。
「わかりました」と頷いたレジーナの肩に腕を回し、「よし」とオーリンが身体を支えてくれる。
倒れ伏した怪我人の側にしゃがみ込み、しばらく怪我人の様子を見た。
先程の一人ほどではないが、こちらもかなりの出血があるようだ。
オーリンに目配せすると、オーリンが無言で頷いた。
レジーナはしばらく、回復術の詠唱を脳内に思い描き――そして【通訳】した。
【吹き渡れや癒やしの風、潤さんや万里の川、我がただむきに依りて那由多の傷も癒やせと命ず】――。
「フケデバエヤスノカジェ、ウルガセタンゲダカワ、ワノウデコサタモジガテキズデバハーナモカモエヤセズコド――!」
一瞬、自分の口から出てくる言葉が信じられなかった。
いくら【通訳】しているからと言って、この慣れ親しんだ回復術の詠唱がこんなにも滅茶苦茶になるものなのか――!?
目を白黒させてアオモリ弁にローカライズされた回復魔法の詠唱が口から出たと思った瞬間、オーリンが大きく頷いた。
「なるほどわがった、行くど――!」
オーリンが怪我人に対して両手を差し出し、大声で宣言した。
「【|回復(ヘール)】ッ!」
オーリンが宣言した途端だった。
レジーナの回復魔法とは違う、青い雷撃が迸り、物凄い光を放ったと思った瞬間――バチッ! という鋭い音が鼓膜をつんざき、レジーナはうわっと耳を塞いだ。
今のは一体、やはり失敗したのか――!? 慌ててレジーナが怪我人に這い寄ると、ふーっ、とオーリンが細い息を吐いた。
「成功だ――傷ば塞がったべ」
そう言われて、レジーナは怪我人を覗き込んだ。
確かにオーリンの言った通り、怪我人はぎょっとしたような表情でオーリンを見上げ、それからハッと自分の体を両手で触った。
「え、え――!? 俺、どうしたんだ――!?」
「す、凄い……傷がみんな塞がっちゃうなんて……!」
今まであんなに虫の息だったのに、傷を手当された怪我人は今やすっかりと血色もよくなり、引き裂かれ、血まみれになった服以外はほぼ無傷と言っていいような状態に回復していた。
思いつきの付け焼き刃だと言っていたのに、自分より何倍も治療が上手く行ってる――レジーナが絶句していると、オーリンがどさりと地面に尻餅をついた。
「
オーリンも緊張していたらしく、ローブの袖で額をごしごしと拭っている。
とりあえず、これで怪我人はふたりとも助けることができたらしい――その気持ちがようやく湧いてきて、レジーナもその場にへたり込んだ。
「あ、あの、回復術士さん……ありがとう、あんたたち二人が俺を助けてくれたんだよな?」
その声に、レジーナはその場に寝転んだままの男を見た。
よく見ると――まだ若い男だ。自分と同じぐらいか、少し上程度の印象である。
「
オーリンが冴えた表情で冴えない事を言うと、男の顔に一瞬「?」が浮かんだ。
あ、そう言えばオーリンは何言ってるかわからないんだっけ、と思い直したレジーナは、慌てて通訳した。
「お礼ならいりませんよ、それより、一体何がありました? どうしてこんな大怪我を負ったんですか?」
レジーナがオーリンの言葉を【通訳】すると、男はがばっと上半身を起こした。
「そ、そうだった! 忘れてた……フェンリルだ! 巨大なフェンリルが王都に向かって来てるんだ! 急いで避難を始めないと大変なことになるぞ!」
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