第9話タゲ・ショッペデア(凄く塩辛いよ)
人との距離感がバグる――それはとても悲しい性分である。
一回親しく口を利いたら翌日にはその人を友達だと思い込み、異性に少し優しくされれば「この人もしかして……」と要らぬ勘違いをする。
当然、次から相手に対して馴れ馴れしく振る舞い、結果人が離れていくという、ちょっと悲しい傾向がこのうら若き乙女にはあったのである。
当然、寝ぼけ眼が起きてくると、異性の家で一夜を共にし、朝食をいただくイコールもうそれは同棲ってことじゃね? という厄介な曲解をするのも、ことこのバグり性の乙女なれば無理からぬ事で――当然レジーナは盛大に慌てた。
「あっ、いや――」
「なんて?」
「いやぁ、先輩、それはマズいですよ……!」
「不味いって何が? まだ食ってねべや」
「料理のことじゃありません! そんな……展開が早すぎる……!」
レジーナは回れ右をし、まるで乙女のように両頬を手挟んでモジモジと腰をくねらせた。
いや、そんなことはない――落ち着けレジーナ・マイルズ。オーリンとはほぼ昨日はじめて口を利いたぐらいの間柄で、友達どころかやっと知り合いになったレベルで、お互いのことを知らなさすぎるじゃないの。
でも、そんな知り合い程度に昇格したばかりの女をいきなり家に上げ、そして先に起き出して料理まで振る舞ったりするものかしら……などと悪い部分のレジーナが蠱惑的な声で耳元に囁いている。
男はオオカミなのよ、気をつけなさい……と母親は常々言っていた。オーリンがもしオオカミで、十分に慣らした後にいきなり襲いかかるつもりだったら? 自分は凶獣の前になすすべなく食っちまわれる生贄の羊のようなものだ。
どうしよう……やっぱりあの、こういうのはよくないと思いますと言って、自分だけ宿に移るべきだろうか。
いやでも、オーリンは言葉こそ何言ってるかわからないけど見てくれは結構好みだし、それに昨日の超人的な魔術――要するに考えようによっては大魔導師も夢じゃないとすら思える、稀代の逸材である。
今のうちに美味しくいただかれてしまえば玉の輿も射程圏内、据え膳喰わぬは女の恥……などとわけのわからない理屈を悶々と考えていると、オーリンが心配そうに言った。
「なんだ……
「へ?! あ、いや、なんでもないです! お料理いただきますね!」
そうだそうだ、一体何を考えているんだ私は――レジーナは己を叱った。
私がこの男とこうしてひとつ屋根の下にいるのはギルドマスターであるマティルダの命令であり、立派な仕事なのだ。
仕事中に田舎出身のイモ系男子とのハチャメチャ♡ラブロマンスを夢想するなんて言語道断な所業に違いない。
とりあえず今後をどうするかは今後よく話し合って決めるべきで、今は目の前の仕事をこなすこと――つまり、食事をすることに集中するべきなのだ。
そう気を取り直したレジーナは椅子に座り、テーブルの上の玉子料理をじろじろと眺め回した。
「なんですか、これ? 見たことのない料理ですけど」
「ああ、アオモリの料理だでな。
カヤキ、やはり聞いたことのない料理だ。しかし名前や物珍しさは別にして、なんだか途轍もなく食欲をそそる見た目なのは確かだった。
レジーナは多少ワクワクしながらフォークを握り、ぷるる……と悩ましげに震えるカヤキを掬い上げた。
途端に、魚醤かなにかの匂いがぷんと鼻をくすぐり、鼻孔がひくひくと喜んだ。
「お、美味しそう――いただきます!」
レジーナはカヤキを一口、口に運んだ。
最初に感じたのは、玉子のふくよかな甘みと、海鮮系の複雑かつ濃厚な旨味の存在だった。魚醤やホタテ、それらのほんのりとした甘さが素晴らしいハーモニーを奏で始めた。
お、美味しい――はう、とレジーナが感嘆した、そのとき。
今まで絶妙なクラシックを奏でていた口の中に、突如として砲撃戦の轟音が鳴り響いた。
「あッ――!?」
レジーナは一瞬、毒か何か盛られたのかと真剣に考えた。だが違う、この口の中にイガグリを突っ込まれたような鮮烈な刺激――!
なんだこれは――しょっぱい! 激烈にしょっぱい……!!
思わず立ち上がり、目を白黒させてこめかみを叩いた。
んふっ、んふう――! と呻き声を上げて天井を見上げ、どたどたと足踏みをしたレジーナを、オーリンが驚いたように見た。
「な、
「んっ、んんんんぅ! んぐっふううううううううううう!!」
「
「んんんんんぐ……んんんんぐあああああああああ!!」
レジーナは涙目になりながら頑強に首を振った。
宿を提供してもらった上に朝飯を作ってもらって、それを吐き出すことなど出来はしない。
躍起になってなんとかなんとか喉の奥に流し込みと、レジーナはぷはぁっと肩で息をした。
「――お、美味しい、です」
「ほ……本当がよ……!?」
オーリンは安心したような呆れたような顔でレジーナを見た。
「ややや、
「あ、あはは……いやそんなことはないんです、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと驚いただけで」
それは事実だった。途中までは本当に美味しかったのだ――途中までは。
しかし次の瞬間、まるで口の中をナイフでめった刺しにされるようなビリビリとした塩気が舌先を焦がし、脊髄を駆け抜けて脳みそを灼熱させるほどにしょっぱかったのだ。
「まぁ、口に合わなかったんだら
そう言って、オーリンはカヤキをフォークで黙々と口に運んでいる。
おそらく同じ味付けに違いないのに、本当に平然と食べている。
レジーナは額に浮いた脂汗を拭いながらカヤキを見た。
自分がナメクジだったら、今のひとくちで一発即死は免れ得ない塩分濃度だったのは間違いない。
それなのにオーリンは普通の顔でカヤキを食べ、ときどきパンを齧っている余裕ぶりだ。
どうやら、アオモリではこのぐらいの塩辛い味付けが普通であるらしい。
「す、すみません、パンいただきますね……」
それでも、とレジーナは覚悟を決めた。
たとえ塩辛かろうが毒が入っていようが、ここは好意を無駄にすることはできない。
仕方なくパンを切り分け、カヤキを口に運んだ後にパンで塩気を中和する作戦で完食を目指すことにする。
ひとくち口に運んだ後、急いでパンをかじる――まだちょっとしょっぱいが、単体で食べるよりはずっと塩気が中和された感じがする。
これで行くしかないと心に決めて、レジーナはそれ以後ほとんど会話もなくカヤキと向き合い続けた。
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