じょっぱれアオモリの星 ~「何喋ってらんだがわがんねぇんだよ!」どギルドをぼんだされだ青森出身の魔導師、通訳兼相棒の新米回復術士と一緒ずてツートな無詠唱魔術で最強ば目指す~
第1話 ギルド・バ・ボダサエダ(ギルドを追放された)
じょっぱれアオモリの星 ~「何喋ってらんだがわがんねぇんだよ!」どギルドをぼんだされだ青森出身の魔導師、通訳兼相棒の新米回復術士と一緒ずてツートな無詠唱魔術で最強ば目指す~
佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中
第1話 ギルド・バ・ボダサエダ(ギルドを追放された)
「オーリン・ジョナゴールド君。悪いんだけど、今日づけでギルドを辞めてほしいの」
――とんでもない場面に出くわしてしまった――。
ギルドマスターにお茶を出そうとしていた新米回復術師レジーナ・マイルズは、ドアの隙間から中を覗き込んだ。
巨大なマホガニー製の机に座り、優雅に足を組んだマティルダは、怜悧な眼鏡面のまま、その場に居た人物に
この冒険者ギルド『イーストウィンド』のギルドマスター・マティルダは、基本的に公私混同のない冷静な人だ。
かつて『ダンジョンの白百合』と称され、王族からも求愛を受けたと言われるその冷たい美貌も去ることながら、魔導士としての確かな実力、圧倒的な叡智、豊富な経験を見込まれ、若くしてこの由緒ある冒険者ギルドの総帥に就任している天才なのである。
公平で信義を重んじ、どんな逆境や苦境にあっても絶対に仲間を見捨てないリーダーとしての資質は、このギルドに所属してまだ半年でしかないレジーナもわかっていた。
だからそのマティルダがギルドメンバーに解雇を言い渡すということは、おそらく彼女の代では初めてのこと――要するに、よっぽどの理由があるということなのだ。
突然のギルド追放劇を盗み見しながら、机の前で雷に打たれたように硬直している青年を見た。
オーリン・ジョナゴールド、二十一歳。
この巨大冒険者ギルド『イーストウィンド』に所属してもう五年になる、確かCランクの中堅魔導師。
寡黙で朴訥、あまり人付き合いが得意ではない方の冒険者で、何を言われても照れたようにはにかむだけの、目立たない青年。
顔のみてくれは結構悪くない方だと思うのだけど、いい年して彼に女っ気はないことからも、彼はとかく人を遠巻きにさせる人間であるのはわかっていた。
否――レジーナは否定した。
彼は孤独が好きなのでは、多分ない。
彼には孤独にならざるを得ない、重大な理由があるのだ。
その理由はまだ新米であるレジーナも、なんとなく予想がついていた。
オーリンは毒蛇に咬まれたかのように全身を硬直させ、目を見開き、震える声で絞り出した。
「な、なすて――!?」
マティルダは額に手を当てて言った。
「どうかわかってほしいの。これはみんなの安全を護るための苦渋の決断なのよ」
マティルダは既にオーリンと視線を合わせようともしない。
オーリンは急き込んだように詰め寄った。
「な、なすてすか!? わ、わだっきゃこのギルドばえどふとづだと思て今まで尽ぐすて来たのに……!」
なのに、とオーリンはなんとか翻意を促すように言った。
いや――翻意を促していたのかはわからない。
状況から判ずるにおそらくそんなことを言っていたのだろう。
何しろ、彼が何を言っているのかわからないのだから。
「わ、わのどごがまねんですか!? 戦闘のどぎてばいっちばんさぎさたってけぱてあったのすよ!? 怪我人ばでぎえば回復魔法かげであさまがらばげまであずがったのに! そいでばまいねがったんですか!」
通訳、と小声でレジーナは呟いた。
ふわわわ……と、今しがたオーリンの言った言葉が王都の言葉に通訳され、虚空に浮かび上がる。
【私のどこがダメなのですか。戦闘のときは一番先頭に立って頑張っていたんですよ。怪我人が出れば回復魔法をかけて朝から晩まで介護した。それではダメでしたか】
なるほど、やっぱりレジーナの予想通り、相当に食い下がっているようだ。何言ってるかはわからないけど。
オーリンは必死の形相で頭を下げた。
「ご、
必死の懇願に、ハァ、とマティルダはため息をついた。
「それよ」
「な、なんて――?」
「ねぇオーリン君。あなたが王都に来てから五年経ったわね?」
マティルダは机に肘をつき、小さい子供に説教するかのように語りかけた。
「五年前のことはよく覚えてるわ――目をキラキラさせて、お父さんとお母さんからプレゼントされたっていう冒険者の服を着て、あなたは遥か東と北の辺境から王都にやってきた。あなたの魔法には確かに才能があった。これは成長すればS級魔導師、その上の上級魔導師も夢じゃない。私は確かにそう感じた――けどね」
マティルダの目が鋭くなった。
「何年経っても――あなたのその猛烈な訛りが治ることはなかった」
ぎくっ、という表情でオーリンがマティルダを見た。
マティルダは眼鏡の奥の目を光らせ、退路を断つかのように言った。
「最初は三年もすれば治ると思った。だって悪いけど本ッ当に何を言ってるのかわからなかったんだもの。これでは戦闘中に意思疎通が出来ない。これはつまりギルドのメンバーを大きな危険に巻き込む可能性があるということ――そういうことを考えたことはある?」
ビシビシと、その怜悧な美貌に相応しい言葉で、マティルダはオーリンの弱点を指摘してゆく。
「三年ぐらいであなたはどうにかモノになった。けれど、なぜかあなたの話す言葉はほとんど治らない。しかも悪いことに興奮すればするほど濃ゆいお国言葉が出る。それに独学で学んだ魔法の詠唱も訛りだらけで、あなたの唱えている魔法が回復魔法であるのか防御魔法であるのか、あなた以外には全くわからない。要するにあなたとはこのギルドの誰も連携が取れないのよ」
確かに――傍で聞いているレジーナも、その理屈はわかる。
とにかく連携プレーが絶対のギルドの戦闘において、意思の疎通が困難なのは大きな問題だった。
それが生命の危険がある場面であればあるほど、微妙なニュアンスが伝わらない、または伝える事ができないオーリンの存在は大きな障害とならざるを得ない。
「あなたは根本的にギルドパーティの戦闘には不向きなのよ。徹底的にスタンドアローンの魔導師にならざるを得ない。もうキャリア的には中堅であるのに、あなたをリーダーとしてパーティを任せることが出来ないのよ――そういうことを考えて、意識的にその言葉を治そうとしたことはある?」
オーリンは愕然としたような表情で顔をうつむけた。
本人がわかっていたのかわかっていなかったのかは不明だが――これは本人としては途轍もなく堪える一言だったらしい。
よろよろと肩を揺らし始めたオーリンに、さすがのマティルダも矛先を収めるしかなかったようだ。
ハァ、とマティルダは再び大きなため息をついた。
「とにかく、話は終わりよ。申し訳ないけど、あなたにはこのギルドからは出ていってもらうことになる。もう少し王都をウロウロするのもよし、国に帰るのもよし――その後のことは自分で選びなさい。今までご苦労さま。話は終わりよ」
なんだか、このギルドマスターにしてはやけに突き放した一言と共に、話は終わりだというようにマティルダは横を向いた。
オーリンは――というと、焦点の合わない目を虚空に泳がせ、なにかをブツブツと呟いた後、小さく頭を下げて回れ右をした。
こっちへ来る。レジーナは咄嗟にドアの前から退き、茶が乗ったお盆を抱えたまま物陰に隠れた。
まるで幽鬼のような表情と足取りで、オーリンは人の間を縫って歩き始めた。
ギルドのメンバーが絶望の表情を浮かべて歩くオーリンを不思議そうな目で見つめる。
その尋常ならざる様子に、何人か声をかける者もいたのだが――オーリンは一切その言葉に答えることなく、そのままゆらゆらと左右に揺れながらギルド本部のドアを出ていった。
なんだか、大丈夫だろうか。
あのまま川か何かにふらっと飛び込んだりはしないだろうか――。
そうレジーナがまごついていたときだった。
「レジーナ・マイルズ。盗み聞きが終わったなら入って来なさい」
びっくぅ! とレジーナは三センチばかり飛び上がった。
いっけね、そう言えばお茶を出すんだった――レジーナはドアを小さく開け、とりあえずの愛想笑いを浮かべた。
「あ、あはは、マスター……ちょっとお茶淹れるのに失敗してしまったので、また淹れ直して来ますね……」
「そんなことはどうでもいいわ。いいから入ってきなさい、早く」
有無を言わさぬ口調でマティルダは命令した。
仕方なく、レジーナはすっかり冷めた茶を乗せたお盆を抱えたまま、おっかなびっくりギルドマスターの執務室に入った。
「扉を閉めて」
鋭く言われ、片手でドアを閉めて向き直る。
しばらく、マティルダは言いたいことをまとめるかのように沈黙した後、何度目かわからないため息をついた。
「申し訳ないわね。とんでもない場面を見せてしまって」
「あ、あの、とんでもない場面とは――?」
「くだらないことをごまかしてんじゃないわよ。そっくり聞いてたんでしょ、今の」
ビシリと言われて、背筋が凍りつく。
あわわ……と狼狽えると、マティルダが顔を俯けた。
「オーリンには悪いことをしてしまったわ。本当なら彼の能力を活かせる場がこのギルドにあればよかったのだけれど――」
何度も言うが、その怜悧な見た目とは裏腹に、マティルダはごく面倒見がよく、仲間を切ることは普通しない。
まして、今の突き放すような言い方をして人を追放することなど、こと彼女に限って言えばありえないとさえ言えると思う。
それに、この表情と今の言葉――まるで今のオーリンの
その沈んだ表情を見ているうちに、レジーナも、この麗人に質問してみようかという気持ちが湧いてきた。
ゴホン、と咳払いをひとつして、レジーナはしどろもどろに言った。
「あの、ギルマス」
「何?」
「どうして――彼を追放したりするのですか?」
レジーナは率直に問うてみた。
「戦闘に不向きであるなら、事務方でもなんでも任せられる仕事があったのではないですか? それに彼はここを追い出されたら王都に親戚縁者はいない。はっきり言って、彼は路頭に迷うことになると思うんですけれど――」
レジーナの問いに、ハァ、とマティルダはため息を吐いて無言のままだ。
「それにオーリンさんは寡黙で人付き合いは苦手であるけど、魔法そのものは悪くないはず。彼が五年もの間、このギルドにいたのがその証拠では。ギルマスは本当に彼を役立たずだと思ってるのでしょうか。ギルマスともあろう人が言い訳も許さずに彼を追放するというのは、なんて言うんでしょう、ちょっと不自然というか……」
「随分、彼をかばうのね」
ドキッ、と、心臓が跳ねた。
その声は脅すような色はないが、人の心を見透かしたような鋭さがあった。
思わず口を噤むと、マティルダは普通の声に戻って言った。
「わかってるわ。でも、ああするしかなかった。彼の性格的に、温和な言葉で退職を促しても食い下がるのはわかっていた。だから突き放すしかなかった……」
やはり、この追放劇には裏があるらしい。
レジーナがマティルダの次の言葉を待っていると、マティルダの目が光った。
「レジーナ・マイルズ、業務命令」
「はっ、はいぃ!」
突然の言葉に、レジーナは反射的に踵を揃え、直立不動の姿勢を取った。
「これからあなたには長期任務についてもらう――内容はひとつ、ギルドを追放されたオーリン・ジョナゴールドにパーティメンバーとして随行し、彼の補佐をすること――わかったわね!」
「は、は――!」
返事しかけて、レジーナはぎょっと目を見開いてマティルダを見た。
「――え、オーリンさんのパーティメンバー……?」
オウム返しに問うと、マティルダは頷いた。
「私はずっと探していた。彼の、オーリンの真価を発揮させることのできる人材をね――五年も待った甲斐があったわ。レジーナ、そしてこれはあなたの【通訳】のスキルを存分に活かす機会でもある」
マティルダの声は冷静だったが、だが一方、その声にはどこか楽しげな雰囲気がある。
この人は一体私に何をさせようとしているの――? レジーナが空恐ろしくなったとき、マティルダは宣言した。
「さぁ、そうと決まればここに長居は無用よ。オーリンはいつも仕事が終わった後には街の酒場に行くのは調べがついてる。彼は今もきっとそこにいる――さぁ行きなさい。彼が何者になるかその目で確かめるまで、地の果てまで同行するのよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます