勇者に挑むは無職の少年

nauji

第一章

第1話 無職の少年、路地裏の出会い

 思ったとおり、姉さんの姿が掻き消えていた。


 家の中に入ったのは確認している。


 それから出掛けていないことも。


 見慣れた部屋の見慣れぬ光景。


 寝室の奥、隠れるようにして存在する、縦長の楕円形をしたナニか。


 そこだけ世界が歪んでいる。


 見るのはいつ振りか。


 姉さんがどこへ行ったかは見当はつく。


 人族の町だ。


 行くように頼まれていたのを、こっそり聞いていた。


 興味はあるが、憧れは薄い。


 それでも追い駆けないと。


 こんな機会はもう二度と訪れないかもしれない。


 ここからでは遠過ぎる。


 僕だけでは、いつまで経っても行けそうにない。


 許可を求めても、許しては貰えないだろう。


 特に姉さんは反対するに決まってる。


 だから行くんだ。


 きっと、きっと勇者を見つけてやる。


 そして絶対に――。






 ドキドキする。


 期待と不安。


 どっちが大きいかな。


 もしかしたら、もう二度とここには戻れないかもしれない。


 第二の故郷。


 家もあるし、友達だって居る。


 未練はたっぷりと。


 でも行かないと。


 ここに居たって勇者には会えない。


 許せない。


 今もまだ生きているなら、許せない。


 もう死んでいるなら、許せない。


 僕がやらないと意味がない。


 だから行かないと。


 ローブを羽織り、フードを目深に被る。


 過ごした日々とは決別を。


 今にも閉じようとしている空間の歪みへと身を投じた。






 薄暗く狭い空間。


 まず感じたのは無数の音。


 故郷には無かった喧騒が聞こえてくる。


 次いでニオイ。


 いつだか嗅いだ土のニオイ。


 他にも様々なニオイが混じっている気がする。


 最後に気付いたのは感触だった。


 懐かしくも、いつもとは異なる足裏の感触に戸惑いつつ、状況を確認する。


 左右には壁が。


 これも見慣れた物と違う。


 触ってみると、とても硬い。


 木じゃない。


 これ、石でできてるのかな。


 反対側の壁も同じみたい。


 普段見慣れた場所とは、明らかに異なる。


 やっぱりここが――。



「おんやぁ~? こんな路地裏に子供かぁ?」



 ビクリと身体が震える。


 声のした背後を恐る恐る振り向く。


 更に暗さを増すそこに、いつの間にか人が近づいてきていた。



「乞食かぁ~? 勝手に物を漁るんじゃねぇぞ」



 うっ、臭い。


 ボサボサの髪に、凄くボロボロの服を着てる。


 普通の人じゃない?



「その布、えれぇ綺麗じゃねぇかよぅ」



 ギョロリと目を剥き、こちらに近づいて来る。



「ならよぉ、布の中身は痩せ細ったガキじゃねぇよなぁ?」


「こ、来ないでください!」



 怖い。


 震えは声にも伝播する。



「大きな声を出すもんじゃねぇ。表の通りにまで聞こえちまうだろうがよぅ」



 早く逃げないと。



「傷物にしたくはねぇが、言うことを聞かねぇようなら、ちぃっとばかし痛い目に遭って貰うぜぇ?」



 身体が竦み上がって動けない。


 怖い、怖い怖い怖い。



「――双方、動くな」



 また違う声が聞こえてきた。


 力強い声。


 やっぱり身体がビクリと震えてしまう。



「ちっ」


「浮浪者か。許可なく住み着くのは違法と知っているな?」


「き、騎士様……ど、どうかお見逃しくださいッ」


「教会は住む場所を無償で提供している。そちらに移住せよ」


「い、いや~、あっしのようなもんが居ると、他の皆様の迷惑になるんで」


「どうやら住居以外が望みらしいな。後ろ暗い生業なりわいがありそうだ」


「違う違う、違うって!」


「連行しろ」


「「ハッ」」



 僕の横をガシャガシャ音を鳴らしながら通過してゆく二つの人影。



「ま、待ってくれよ! そいつだって捕まえろよ!」


「大人しくしろ。では、我々はこのまま門へ向かいます」


「任せる。尋問も済ませておくように」


「ハッ」


「さてと、こちらは子供か」



 足音と声はすぐ背後から。


 強張った身体はどうにも動かない。



「フードを脱いで顔を見せてくれ」


「あ、あ、あ」


「? どうした、早くしろ」



 怖い。


 どうしようもなく怖い。


 喉はちゃんと声を出してもくれない。



「フゥ、仕方のない。……勝手に外すぞ」



 視界が広がる。


 フードが外されてしまった。



「あら、綺麗な銀色の髪」



 声は変わらず背後から。


 でも声色が変わった。


 優しい声。


 女の人?



「もしかして女の子だったかしら?」


「違います。男です」


「あら、御免なさい。良ければ顔を見せてくれないかしら」



 震えは消え、身体が動く。


 言われた通りに、背後へと身体を回す。


 立っていたのは女の人。


 銀に鈍く光る鎧姿。


 兜は着けておらず、空色の髪が後ろに流れている。



「やっぱり、本当に女の子みたいね」


「違います」


「そうよね。そう言われても喜ばないわよね」


「あの、もうフードを戻してもいいですか?」


「えぇ、構わないわ。無理矢理外して、御免なさいね」


「いえ。怖くて動けなかったので」


「そうだったのね」



 何故か被ったフード越しに頭を撫でられた。


 ガシャガシャ音が鳴る。


 ゴツゴツして硬く、後重い。



「副団長。そろそろ巡回を再開しませんと」


「ああ、分かった。五人残し、後は二人一組で路地裏を巡回しろ」


「ハッ」



 また口調が変わった。


 ヘンな人だな。



「では少年。家まで護衛しよう」


「え」


「遠慮は不要。ワタシたちは、この聖都の守護を預かる騎士。困っている者を見捨てたりはしない」



 どうしよう。


 家の場所なんて、本当に分からない。


 困ったな。





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