「あなたの条件はなんですか?」「女の子の裸を絵にする事」

 ふう……っ。

 ぱたん、と宿のドアを閉じるとミーナは深い吐息を漏らした。

 ここは神聖王国の首都。

 初期スタート場所のひとつである街の広場に降りた後、速やかに兄と合流。最低限のレクチャーを受けたうえで「ちょっと狩りにでも言ってみるか?」という誘いに「ごめんなさい」をしてここへきた。

 (兄とは招待コードを利用してフレンド登録した)


 初期の所持金で泊まれるギリギリの部屋は現実だと最安値レベル。

 逆に言うと清潔さは保たれているし、物が少ないぶんシンプルで落ち着く。

 ファンタジーなのでテレビはないもののベッドはあるし、さりげなく置かれた半身鏡がポイント高い。


「……ここなら、いいよね?」


 自分に言い聞かせるように呟くと、ミーナはドア前に立ったまま服に手をかけた。

 初期キャラクターの服は布でできた上下。そのトップスの方を捲り上げて無地の下着を晒す。


「っ♡」


 知らない場所で露出している。

 身体が小さく震える。鼓動が早まるのを感じながらなるべくゆっくりと脱衣を終わらせる。

 服と下着を床に落としたまま、靴と靴下だけの姿で鏡の前へ。


 すると、桃色の髪と瞳を持つ少女と目が合った。


 特徴的な色合い以外はいたって平凡。

 胸もAカップしかないが、自分の裸だと思うと気持ちが昂る。

 深く、速く呼吸を繰り返しながら手を身体へ。

 『UEO』では性行為も許されている。現実でもすること自体は違反ではないという理屈だ。

 もちろん、えっちな本を買ったり他人に強要するのはまた別だが、ひとりでえっちなことをする分にはなんの問題もない。


「……あっ♡」


 それから、気分がすっきりするまでにニ十分と少し。

 冷静になった頭で「恥ずかしいことしちゃった」と反省したところで脳内にファンファーレが響いた。

 視界の左上にあるレベル表示「1→13」まで上がっている。始めたばかりだけあってすごい上がり方である。

 これを確認したミーナはほっとひと息。


「よかった。わたしがしても経験値が入るみたい」


 レベルアップの理由はもちろん、経験値獲得条件が満たされたからだ。

 ひとりえっちのネタになればいいのでミーナ自身の分ももちろん対象になる。

 特殊すぎる条件のおかげで獲得量もいい。魅力がどかんと上がって他のステータスもちょっとずつ、それから自由に割り振れるボーナスポイントがいくらか増えていた。

 鏡を見ると容姿は明らかに可愛くなっている。

 魅力値に応じた自動調整。細かい調整はあとでも可能なので後回しにして、とりあえず新しい姿を堪能した。


「♪」


 可愛くなったら今度は服をなんとかしたい。

 それには先立つものが必要だが、


「お兄ちゃんに聞いてみようっと」


 裸のままベッドに腰かけ、荷物の中から小さな黒い球を取り出す。『通信の宝珠』。全員に配られる連絡用のアイテムでフレンド登録した相手と遠くから会話ができる。

 要するに通話専用のスマホみたいなものだ。


「もしもし、お兄ちゃん?」

『ああ美奈、じゃないミーナ。急に宿に行きたいとか言うからどうしたのかと思ったぞ。用は終わったのか? なんかレベル上がってるけど』

「経験値が入るか試してたの。それより、今度はお金を稼ぎたいんだけどいい方法ない?」

『当面の資金くらいなら俺が渡してもいいけど』

「やだ。楽しみが減っちゃうもん」


 新しいことに挑戦していくのが楽しいことくらいゲームに疎いミーナでもわかる。

 兄も『そうだな』と同意してくれて、


『てもなあ。お前、魅力極振りなんてビルドだろ。戦闘は効率悪いし製作系も全滅じゃ……そうだ、NPC絵師のモデルを引き受けるクエストがあったな』

「絵のモデル?」

『座ってるだけで金が稼げるうえに魅力のステに応じて報酬が増える。まあ、ぼーっとしてないといけないから不人気なんだが……』

「やるよ、やるやる」


 王都内の画廊に行けばNPCを斡旋してもらえるらしい。マップにマーキングまでしてくれたので「ありがとう、大好き」と宝珠に囁く。


『気持ちいいなこれ。これがASMRか? もっとやってくれ』

「お兄ちゃんも女の子探し頑張ってね」


 通話を切った。

 なお、ミーナも女子なので「新しい女の子に会った」として兄に経験値が入っている。妹とゲーム内で会って心が満たされる兄とかちょっと嫌である。

 それはともかく。

 ミーナはいそいそと服を着直してから宿をチェックアウトした。

 マーキングのお陰で迷うことはない。リアルとフィクションの融合した美麗な街並みを眺めながら真っすぐに歩く。

 白と銀色がベースの美しい街並み。清廉で心安らぐ風景が気に入った。お金が入って服が買えたらしっかり散策してみたいところ。

 しばらく歩くと件の画廊に到着。

 兄の言っていた通りあまり流行っていない雰囲気。ガラス張りのお洒落な内装を見て「綺麗なのに勿体ない」と思いながらドアを開けて、


「捕まえた! ……ね、あなた絵のモデルになってくれない?」


 不審者に腕を拘束された。




    ◇    ◇    ◇




「私はラファエラ、未来の有名画家よ。あなたは?」

「ミーナです。ゲームは今日始めたばかりで……」

「そっかそっか。じゃあお金も必要だよね。これはもう、私のモデルになって養われるべきでしょ」


 不審者は絵のモデルを探しているPC(中の人プレイヤーのいるキャラ)だった。

 近くの喫茶店で彼女と向かい合ったミーナはそっと相手を観察する。ぼさぼさの金髪。丸眼鏡の奥にある青い瞳は楽しげにきらきらと輝いている。美少女というほどではないが独特の愛敬があった。

 金欠のミーナにオレンジジュースを奢ってくれたので悪い人ではない。

 ジュースはフレッシュな味わい。現実の栄養にはならないし摂りすぎると「満腹した気」になって食事に差し支えるらしいが、甘い物を摂っても太らないのは画期的である。


「ラファエロさん。モデルと言ってもわたしは」

「ラファエ『ラ』よ」

「ごめんなさい、ラファエラさん。……えっと、つまりどうしてわたしなのかなって」


 多少レベルアップしたくらいでは既存プレイヤーには追いつかない。

 魅力特化とはいえ今のミーナより可愛い子ならいくらでもいるはずだが……。

 少女はふっと遠い目をして、


「なかなかモデルが捕まらないのよ。たまに話を聞いてくれても逃げられちゃうし、モデルをしに来るほどお金に困ってる初心者ならって」

「……絵のモデルですよね?」

「私、女の子のヌード専門だから」

「変態だ」


 他をあたってもらおう。

 ジュースを飲み干して席を立つと、変態、もといラファエラが服の袖を掴んできた。


「変態で何が悪いのよ!? それくらいの情熱がなきゃいい作品なんて作れないでしょ!?」

「変態なのは事実なんですね!?」


 逃げたかったがあいにく向こうの方がレベルも筋力も上だった。

 店内にいる他の利用客が「あの子変態なの?」とか言い始めたので仕方なく席に戻った。お互い自然と声をひそめて、


「正直、裸になるのは構わないんですけど他に問題がありまして」

「裸になるより重要な事って何よ?」


 裸に剥こうとしている側が何を言うか。


「誰にも言わないでくださいね? ……実はわたし、NPCの画家さんに描いてもらいながらひとりえっちしようと思ってたので」

「何よそれ変態なの?」

「変態じゃありません! これくらいの性癖、誰にだってあります!」


 周囲がまたひそひそ話を始めたので二人で店を出た。

 ラファエラはなんだか気まずそうな顔をしつつミーナを見て、


「あー。……要するにオナ、もといひとりえっちができればいいんでしょ? だったら私で手を打っておきなさいよ」

「気持ち悪いとか言いませんか?」

「言わない言わない。その代わり、あんたも私が興奮しても許しなさい」

「むう」


 悩んだ。

 少なくとも詐欺の類ではなさそう。おそらくただ女の子の裸が描きたいだけの変態なので、そういう意味ではお互いさまである。同好の士と言ってもいい。幸い相手も(少なくともキャラは)女の子だし仲良くしたい気持ちもある。

 残る問題は報酬だけれど、


「謝礼は絵を売った代金の半額でどう?」

「やります」


 即決。

 少女のアトリエだという小さな家にほいほいついていって服を脱いだ。

 白い肌が露わになるとラファエラは目を輝かせた。


「けっこういい身体してるじゃない。いま何レベル?」

「13です。魅力極振りなので」

「何よ。絵のモデルになるために生まれてきたようなビルドじゃない」


 ワンルームのアパートのごとく一部屋しかない狭いアトリエ。買ったのではなく借りているのだそう。そのせいで金欠だという少女はミーナを簡素な椅子に座らせるとイーゼルや絵の具、筆などを用意して座った。

 ほう、と恍惚のため息。


「ああ、いいわ……♡ 初心者ってことはこれからまだまだ可愛くなるわけでしょ? 初々しい子を私色に染め上げていく感覚。たまらない。そうだ、今のうちにスクショしておかないと」

「撮影までするんですか!?」

「NPCとはいえ人前で恥ずかしいことしようとしてた癖に何言ってるのよ」

「人形に見られるのと人に見られるのは全然違うじゃないですか」


 この歳になると同性の友人相手でも全裸なんてそうそう晒さない。

 そのうえ撮影までされるなんてそんな興奮──もとい恥ずかしいこと、


「いいから私の言う通りにポーズとりなさい!」

「はい!」


 命令されたら仕方ない。

 快感もとい恐怖に震えながら撮影を受けた。

 撮りながら息を荒げる少女と撮られながら頬を染める少女が互いに満足した頃にファンファーレ。本人以外には聞こえない仕様なので少女画家は無反応だが、


「……ラファエラさんの変態」

「は? 何の話よ?」

「わたしは自分をネタにひとりえっちされると経験値が入るんです」


 撮られただけのミーナはいくところまではいっていない。

 犯人候補は一人だけだと見つめれば、女子の裸に興奮する少女画家はぷいっと顔を背けた。


「奇行があっても許せって言ったじゃない」

「ちなみにラファエラさんの条件はなんなんですか?」

「女の子の裸を絵にする事」


 なら、ミーナがラファエラのモデルになればWin-Winだ。

 二人はしばらく見つめ合うと立ち上がって握手をした。


 数時間後。

 ラファエラに挨拶してログアウトした時、ミーナのレベルは「13→27」になっていた。

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