第96話

 そんな愚痴合戦とか、 不満合戦とかしている内に、朝議が済んで今上帝が、プライベートルームに戻って来たらしいのを聞いて、工藤は報告する為に空き殿舎を出て行った。


「移住計画は、頓挫ですかね?」


 宮部が神妙に言う。


「………ソレは無いと思うが………」


 なんたって、故郷の存亡がかかっている。

 どんなに待遇が良くたって、長く暮らしたって、日本人は日本人だ………。

 日本が亡くなるのは嫌だし、日本人が絶滅するのはもっと嫌だ。

 もっといえば地球上で、天変地異なんか起こるのだって嫌だし怖くて仕方ない。

 ………だけどどうして、こうするしか仕方無くなる様な、様々な事を人間達はやってしまうのだろう?

 ………天変地異とかじゃなくても、大神じゃなくても、日本にはこんな危惧する事が取り巻いている。

 天災だって、ウィルスだって、そして戦争だって………。

 日本が日本のまま、今の様にいられるという保証は、何処にもないのだ………。


「ああ………やっぱ此処に来てよかったのかな?」


 佐藤はぼんやり、故郷と同じ月を見て考えてしまう。

 もしも今上帝に召喚されてなかったら、佐藤はこんな事を知らずに就職して、何にも疑わず決して自分には、恐ろしい事も生死に関わる事も無く、ただ平和な世界を信じて生きていただろう………。そして或る日、ウィルスに冒されて生死を彷徨ったり、天災に遭って逃げ惑ったり、戦争で怯えたりして絶望感を味わう事になっている。此処に来るちょっと前だって、小さな国では度々戦争は起こり、そして決して無くなる事はなく、近隣の国だって起こそうとしている国だってあった。

 もしかしたらその飛び火に煽られて、佐藤の親しい人達は苦しんでいるかもしれない。

 …………そう思うと、大神の判断は間違っていないのかもしれない……とか思ってしまう……… 。


「あっ明里さん」


 佐藤は白張に着替えて、使用人部屋に帰ろうとする明里を呼んだ。


「見てくださいよ。月が輝いて綺麗ですね」


 対屋の外枠の簀子すのこ……廊下とか縁側みたいな所に出て、佐藤が言った。


「今宵は満月ですから」


「えっ?そうなんだ?」


 佐藤は結局、気の利いた所に明里を連れ出す事は出来なくて、だけど都の端の方にある、河川敷に満開に咲く花を明里の案内で見に行った。

 なんていう花だったけか?もしかしたら、此処にしか無い花だったのかもしれないけど、ちょっと日本でも見る事があった様な気がする花だった。

 そうだ、此処には昔から生存する花とかが、きっと品種改良されないままにあるのかもしれない。だからきっと、懐かしい気持ちにさせるのだ。

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