【第1話】契機
翌朝、アラームが鳴る前に目が覚めた。昨夜の睡眠導入剤が抜けないのか、少し頭が重い。心なしか、体全体も重いような気がする。それでも私は、いつも通り出勤の準備にとりかかった。夜の店に出勤する時とは違うナチュラルなメイク。そして着慣れたスーツに身を包む。
「行ってきます」
一人暮らしの部屋に声をかけて家を出た。自宅から最寄り駅までは徒歩10分程度。住宅街の見慣れた景色、そしてどんよりと曇った空。けっして気分が上がるような天気でも、労働意欲が湧く天気でもなかった。
駅に着くと、せわしないサラリーマンの間をすり抜けながら満員電車に乗り込む。もう満員電車の狭苦しい環境に不快感すら感じなくなっていた。私という人間も、社会の歯車でしかないのだと実感する。
時刻は8時40分。駅から会社まではそう遠くないため、始業時間まではまだ多少の余裕があった。履きたくもないパンプスのヒールをコツコツと鳴らしながら、私は通い慣れた職場に向かった。
「おはようございまーす」
オフィスに入ると、編集長の山下が私に駆け寄ってきた。
「佐野!ちょっと、私のデスクまで来てくれないか?」
山下の勢いに、一瞬、何かミスでもしてしまったかと少しの不安を覚えたが、何も心当たりはない。私は言われた通り彼のデスクへ向かった。山下はデスクチェアに腰かけると、デスクの上に大量に置かれた新聞やら書籍やらを前に、眉間に皺を寄せて腕を組んでいる。
「…私に何か?」
「あ、あぁ。まず1つ聞いていいか?」
そう言って彼はデスクの山から新聞を一部引き抜き、私に突き出した。
「女子高生連続殺傷事件って知ってるか?」
「えっと…、10年くらい前に起きた事件ですよね?」
「そうだ」
渡された新聞は当時のものだった。世間を震撼させた猟奇的事件、女子高生連続殺傷事件について一面で載っている。
「この事件がどうしたんですか?かなり前の事件ですけど…」
「この事件の犯人…元少年Aの現在について、佐野に取材してほしいんだ」
これまで、地方のくだらないイベントの取材ばかり行かされていた私にとって、山下の言葉は寝耳に水だった。なんで私にこんな取材を?そんな疑問が頭をよぎる。
「…なんで私なんですか?」
「これまでは大したことない内容の取材ばかりだっただろ?佐野はもうここに入って2年だ。そろそろ大きな仕事を頼んでもいいかと思ってな…」
なんと答えようか私は迷った。でも、地方の小さなイベントごとを取材するより、この仕事を受けた方が後に繋がることは、誰から見ても明白だ。
「やります」
「おぉ!そう言ってくれると思ってたよ。とりあえず、事件に関する資料を渡すから、一通り目を通して取材の計画を立ててくれ」
山下は両手でも抱えきれないほどの、事件に関する資料を私に渡した。
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