第70話

夕食も我が家で済ませてから帰る頃になってルフィが駄々をこねだした。


帰らないと言い張るルフィに耳もとで「帰ったら鏡を見て思い出してね」と囁くと少し顔を赤くして頷いてすんなりと帰って行った。


ルフィは外見は端正な顔に鋭利な目で無表情。

ちょっと威圧感もあるから近寄りがたく見える。


それが私には甘えるし、子供のような我儘も言う。

ルフィが本当は可愛い人だと知っているのは一体何人いるのだろう。








王宮の地下牢に向かった俺とゾルティー。


もうすぐ夏だというのに底冷えするような薄ら寒い場所だ。


俺たちの足音だけが響く階段を降りた先、鉄格子の中には傷の治療を受け顔中包帯だらけのレックスが目だけを出して俺を睨んでいた。


「なんでエリーを狙った?」


「お前が!お前が私のエリーを!エリーを私に返せ!」


鉄格子の中から俺に掴みかかろうと手を伸ばしてくる。


「ふん、エリーは俺と婚約する。お前は二度とエリーに会うことはできない」


「そんなはずは無い!エリーと私は愛で結ばれている!エリーに会わせろ!」


「ねえレックス、君頭がおかしくなったの?話を聞けばエリー嬢に顔も覚えられていなかったんでしょ?」


「違う!あの場所でエリーは私が来るのを待っていた」


「お前が攫って閉じ込めていただけだ!エリーがお前を待っていたなどと勘違いするな」


「もう君はエリー嬢の顔を見ることも触れる事もできない。そして貴族でいることもね」


「何を言っているそんなはずは無い!私は公爵家の人間だ父上が何とかしてくれる!」



「その父親の宰相が君を廃嫡すると決めたんだよ。今は責任を取って爵位の返上と辞職を陛下に願い出ている。君はそれだけの事をしたんだよ」


ゾルティーの言葉にレックスはその場に崩れ落ちた。

"違う、嘘だ、嘘だ、嘘だ・・・私は貴族だ・・・エリーだって私を待っている"

ブツブツ呟くレックス。


「君の行動は家族を裏切り悲しませたんだよ。それでもまだそんな事が言えるのかい?」


「もう話すことは無い」


俺たちは震えて涙するレックスに背を向けてその場を後にした。


「どこで彼は間違えたのでしょうね」


ゾルティーの呟きには答えず自室に向かった。


今日は運が良かったんだ。


ランがいなければ今もエリーとレイは見つかっていなかったかもしれない。


エリーを穢されていたかもしれない。

下手したら殺されて・・・止めよう、無事に帰ってきたんだ。


もう怖い思いはさせない。

今度こそ俺が守る。



部屋に戻って一人になると最悪のパターンが頭を過ぎってくる。


犯人のレックスを投獄してもまたエリーを狙う奴が現れるかもしれない。

いや、王家の影がエリーに付いたと報告があった。

もう大丈夫だ!と思いたい。だが不安な気持ちも拭えない。

繰り返す安心と不安で何も手につかない。


気分を落ち着かせるために熱めの風呂に入って体を解す。


ふと鏡に映る俺の鎖骨に赤い印を見つけた。

『私を思い出して』

エリーああ、そうだな。落ち着いてきたよ。


俺よりもエリーの方が強いな。

あの切り替えの早さを見習わないと。


明日は事情聴取の為とはいえ、エリーが数年ぶりに王宮を訪れる。


あの一味も口を割った。

エリーやレイには確認程度で事情聴取は終わるだろう。


終わったら王宮内を案内するのもいいな。


アランとレイも交えてお茶をするのもよし。


時間が合えば父上と母上にエリーを紹介したいが、普段から執務と公務で忙しい両親に会うことは難しいだろう。


ベッドに入り目を瞑ると浮かんでくるのはエリーの陶器のようにしっとりとした白い胸元。

俺の付けた印を見てエリーも俺を思い出しているだろうか?

消える前にまた印を付けてもらいたいし、エリーにも付けたい。



アトラニア王国での3ヶ月間、エリーがウインティア王国に帰ってきてからの約2ヶ月間、合わせてもたった5ヶ月の付き合いでしかない。


6歳で出会ったエリーと、俺はどうして何年間も離れていられたのだろうか。


もう絶対に離さない。

何があっても離れない。





エリー達が乗った馬車がもうすぐ到着すると知らせが来た。

急いで迎えに出る。

エリーの出迎えは俺の仕事だ。


ウォルシュ家の馬車から先に降りてきたのは頭に包帯を巻いたアラン。昨日よりも顔色は良くなっている。

手を差し伸べレイが次いで降りてくる。


レイが降りたのを確認して友人同士の軽い挨拶をしてから俺も手を差し出す。

「おはようルフィ」

やはりエリーの笑顔は最高だ。


そのままエリーと手を繋いで事情聴取をする応接間まで歩く。

すれ違う文官や騎士やメイドが目を見開いて、頭を下げるがメイドはともかく男にはエリーを見せたくない。


綺麗なエリーを見てまたおかしな奴が出てくるかもしれないからな。



応接間では軽い確認だけで聴取は終わった。


ここからはエリーとゆっくり過ごせる。


昼前だった事もあり、昼食をテラスに用意させた。

王宮の食事に目を輝かせるエリーとレイ。


俺たち4人を残してメイドには外してもらった。


以前ウォルシュ家でバーベキューをした時にアランがフォークも持たず、すべてレイに食べさせてもらっていたのが羨ましくて、ずっとチャンスを狙っていたんだ。


俺がナイフもフォークも持たないと気付いたエリーが「ルフィは甘えん坊さんね」と言いながら食べさせてくれる。

幸せをかみ締めながら自慢気にアランを見ると、アランがレイに食べさせていた。


アランのテクニック恐るべし!

どこでそんな手を覚えてくるんだ?

照れるレイを蕩けるような目で見つめるアラン。


俺も今度やってみる。


「ルフィはい!あ~ん」

自然と開く俺の口。

今日も俺にだけ向けられるエリーの微笑み。

幸せすぎるだろ。


「ルフラン幸せそうね。紹介してもらってもいいかしら」


父上と母上がニヤニヤしながら登場した。





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