第34話

ルフランの部屋まで朝食を誘いに行った。

部屋に入った瞬間、いつものルフランと違って見えた。

洗いたての髪から落ちる滴を拭いながら、ずっと気になっていたことを聞いた。


なぜ平民のフリなのか、違和感なら最初からあった。

何でバレていないと思っていたの?


彼のメガネを外して目を合わせる。

本当に綺麗な顔。


ゲームのルフランを思い出した。

でも、ここにいるのはゲームのルフランよりも逞しく鍛えられた騎士のような身体をしている。


優しい眼差しで私を見ている。

ゲームでは寡黙で表情が乏しいもっとキツい目だった。




私に謝りたくてここに来たと、私のことがずっと好きだったと言ってくれた。


そんな個人的な理由で留学までしてここまで来てくれたの?

ルフランの気持ちは本当に嬉しい。

心臓がうるさいくらいドキドキしている。


ルフランはアランに聞いてゲームのことまで知っていた。


私がアトラニア王国まで逃げた理由も分かっていた。

それも分かっていて好きだと言ってくれた。


貴方から逃げたのに・・・

まだ何かをされたワケでもなかったのに・・

あの頃の私の態度の方があなたを傷つけていたでしょう?



そっと涙を拭ってくれる、現実のルフランはこんなにも優しい。


今日も彼の手は温かい。


彼は次期国王だ。


アトラニア王国の公爵家の養子になる私とは結ばれることはない。


心が悲鳴をあげているかのように胸が痛い。


ルフランの隣が心地よかった。

彼の口の端が上がるところが好きだった。

優しく差し伸べてくれる大きくて温かい手も。

彼の真っ直ぐな性格も。

口を開けて食べ物を催促する姿も可愛かったな。

目の前にいる彼が飾らない本当のルフランなんだ。

そんな彼に惹かれないわけがない。


でもこの私の思いは絶対に言わないし言えない。




決めたのね。

彼の目がそう言っている。

彼は戻るべき場所に帰ると・・・

平民のフリから王子に戻る時がきたのね。


ルフランの綺麗な金色の瞳から涙が溢れる。

それでも笑おうとしてくれるルフランが愛しくて堪らない。



突然ルフランに抱きしめられた。

広く厚い胸からは彼の早い心臓の音が聞こえる。

きっと私の心臓も同じだろう。

手と同じように彼自身が温かい。

ずっとこうしていたい。


誰にも知られないように私の気持ちには蓋をしよう。


笑ってずっと友達だよと伝える。



そしていつもの私に戻ろう!

ルフランが憂いなく帰れるように・・・



ゲームの内容を知った今なら彼がヒロインを選ぶことはないだろう。



あなたの隣に私ではない女性がいたとしても・・・

ルフラン、あなたの幸せを願いっているわ。







私もルフランも何事も無かったように、残り僅かな時間をいつものように過ごした。

そしてウインティア王国に帰る日が来た。



笑顔で見送ってくれる公爵家のみんな。


馬車に乗り込んだ目の前には以前より距離の近いアランとレイが座っている。


相変わらず仲の良い2人に心が温まる。


私の隣には変装したままのルフラン。

メイド達や護衛騎士たちがいるものね。


相変わらず馬車が揺れるとすぐに私を支えようとしてくれる。

今までと変わりなく接してくれる優しいルフラン。


4人もいれば会話も途切れることない。楽しく過ごしながら途中で立ち寄る街では町娘に成りきって買い物をしたり、食べ歩きをしたりと5日間の帰路はあっという間に過ぎウインティア王国に到着した。


ウォルシュ家に馬車が入っていくと、立派な馬車が一台待機していた。

ルフランを迎えに来たのね。


ウォルシュ家の祖父母や使用人たちに笑顔で出迎えられた。

ルフランを見た祖父は察したのか何も言わず静かに礼を取っていた。


「ルフラン寄っていかない?」


「ありがとう。エリー庭園を少しだけ一緒に歩けないか」


いいわよっと言いながら自然と手がでていた。

一瞬ルフランがビクッとしたように見えたが彼の優しい手が私の手を包み込むように握ってくれた。


アランとレイが心配そうに見ている事に気づいたけれど、ルフランと過ごす残り少ない時間を大切にしたくて気づかない振りをした。


黙って歩いているとルフランから話し出した。


「ありがとうエリー。生涯忘れられない思い出が出来たよ」


「それは私もよ」


最後は笑って別れよう。


「アトラニア王国まで行ったかいがあった。着飾らないエリーを知ることが出来たからな」


また口の端が上がってるわよ。


「私も本当のルフランを知れて良かった」


「すまない」


そう言いながらルフランに抱きしめられた。


本当にお別れなのね。


そして私の額に軽くキスを落としてルフランは背中を向けた。


「また会おう」


背を向けたまま、そう一言残して去って行くルフランに私は声をかけることが出来なかった。


笑って別れるつもりだったのに、泣き顔を見せる訳にはいかない。

声を殺してボヤけるルフランの後ろ姿を見つめるのが精一杯だった。


私もあなたの事が好きだったのよルフラン。








~ルフラン殿下視点~


迎えの馬車に乗り込んでメガネを外した。


エリーにこんな顔は見せられない。


俺の手には裁縫は苦手だと言いながらエリーがくれたハンカチ。

俺の名前がエリーの髪色の糸で刺繍されている。

抱きしめたエリーの香りとおなじ匂いがハンカチからもした。


勿体なくてエリーのハンカチを使うことが出来ない。


袖で何度も目を擦る。


父上にも、母上にも俺の我儘を許してもらった。

ゾルティーにまで心配をかけてしまった。


王城に着いたら王子に戻るから、今だけはただのルフランでいさせてくれ。



エリー君のことが本当に好きだったんだ。

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