第26話 一緒になる覚悟

「やあ、ブラッド。そういった煌びやかな格好も似合うぞ」


 そう言って近寄ってきたのは、大剣を背負った姿とは打って変わって、女らしい格好をしたジョージアナだ。上背があるので彼女のドレス姿も人目を引く。レッドブラウンの髪をアップにし、体のラインを際立たせる赤いドレスを身に着けている。


「そりゃどうも」


 ブラッドが口角を上げると、ジョージアナが苦笑した。


「女どもの騒ぎようが凄いな。お前に血を吸われたいってさ。ほんっと、悪いけど、こっちはなんて言っていいか分からないよ。まるで、ドラゴンの口に頭を突っ込んでもいいって言われているようで、ぞぞっとなる。あたしはまだ死にたくないから、遠慮するとしか言えない」

「……お前は賢いよ」


 ブラッドがうっすらと笑い、ニーナが口を挟む。


「ブラッドなら大丈夫にゃ? 多分……」

「そう、今はな。ああ、レイチェル、聖女認定おめでとう。ドレス、似合っている」

「ありがとう」


 レイチェルが控えめに笑う。ジョージアナはブラッドとレイチェルを交互に眺め、笑った。


「しかし、ペアとは気合い入っているなぁ。本物の婚約者にしか見えない」

「本物だ」


 ブラッドが告げた言葉に、ジョージアナは目を丸くする。


「レイチェルは俺を愛してるってさ。結婚してもいいって。だから今は本物の婚約者だ」


 ブラッドがこれ見よがしにレイチェルを背後から抱きしめ、ちゅっと首筋に口づけると、またまた可愛らしく、レイチェルがふにゃんとなる。ブラッドは心の中で拳をぐっと握る。

 やっぱりいい。なんでこんなに可愛くなるんだ?

 しばらくぽかんとした後、ジョージアナが叫んだ。


「え? え? えええええぇええええ? ほ、本気か?」

「なんでそこまで驚く?」

「驚くに決まって……お前、お前さ、自分が人外だってもうちょっと自覚しろよ! 見た目がいいからって結婚してって言って、はい、なんていう女……ああ、いや、掃いて捨てるほどいそうな気がするが! ドラゴンの口に首を突っ込んでもいいなんて言う女がいるからな! けど、レイチェルは違うだろ? もの凄くまとも……あ、いや、なんて言えばいいんだ?」


 ブラッドが眉間に皺を寄せた。


「なにも言うな。なにを言っても失礼にしかならない気がするし」

「レイチェル……」


 ジョージアナの視線がレイチェルに向き、彼女がこくんと頷く。


「……彼と一緒にいたいです」


 頬を染めた姿がもの凄く可愛い。今すぐ押し倒したい。やらないが……


「そいつはヴァンパイアだぞ?」

「知ってます」

「ブラッドと同じヴァンパイアになるつもりか?」


 レイチェルは首を横に振った。


「私は聖印の乙女ですから。女神様を裏切れません」


 まぁな。闇の眷属になっちまえば、聖印の乙女は返上だろう。女神の力を使えなくなる。

 ジョージアナがため息をついた。


「お前一人年を取っていくってことになるぞ?」

「そう、ですね。仕方ないです。それでブラッドさんに嫌われても……」


 ブラッドがすかさず会話に割り込んだ。


「そんなんで嫌わねーっての。レイチェル一人が年を取る? それは間違いだ。見てろよ? ほら……」


 ジョージアナとニーナの二人が息をのんだ。目の前のブラッドの容姿が、どんどん変化していくからだ。時の早回しのように、十七、八才だった彼の姿が壮年になり、中年になり、老人になっていく。驚く二人を見て、ブラッドがにやりと笑う。

 言っただろーが? 年を取ったように見せかけるなんて、わけねーって。まぁ、本当の老人じゃないから、動作は機敏になっちまうだろうが。

 ジョージアナが手を振った。


「ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょ、待て待て待て! やり過ぎやり過ぎだってば! 老人を通り越して、お前、骸骨になってる! ホラーだよ!」


 骸骨になったブラッドが、カタカタカタと骨を揺らして笑うと、ぞっとしたのか、ニーナのピンクの獣毛がぶわっと逆立ち、ジョージアナの顔が引きつった。背後から抱きしめられているレイチェルには状況が理解出来ていない。

 と、次の瞬間、ブラッドの姿が元に戻る。にっと笑った顔はもういつもの彼だった。


「……相変わらずブラック・ジョークが好きだな?」

「面白かったろ?」

「ああ、そうだな。心臓に悪い」


 ははっと、ジョージアナが苦笑する。


「つまり、ブラッドはレイチェルと一緒に年を取っていくことが出来るにゃ? 普通の夫婦みたいに見えるってことにゃ? なら、問題ないにゃ?」

「そこで問題ないって言える辺り、凄いよ、ニーナ……」


 ため息交じりにジョージアナがレイチェルを見た。


「止めても駄目なんだな?」


 レイチェルの金色の瞳に迷いはない。真っ直ぐにジョージアナを見つめ微笑んだ。


「はい、もう決めたんです。私は彼と一緒に生きていきたい……」


 彼を愛しているから、そうレイチェルが言葉を紡ぐ前に、別の声が割って入った。


「なんでお前がレイチェルのエスコートをしているんだよ?」


 不満げなその声は、クリフのものだ。見ると、着飾ったセイラをエスコートしている。ブラッドの眉間に皺が寄る。

 まったく……こいつはいつまで俺に、いや、レイチェルに付き纏う気なんだか。いい加減、魔界にでも放り込んでやりたいよ。


「……婚約者だからな」

「は?」


 ブラッドがそう言うと、クリフは思いっきり間抜けな声を上げた。



◇◇◇



「……婚約者だからな」

「は?」


 ブラッドの台詞にクリフはぽかんと突っ立つも、それもほんの僅かの間だ。


「ちょっと待て! どうしてお前がレイチェルの婚約者なんだよ!」


 我に返ったクリフがブラッドに詰め寄り、ショックを受けたセイラは言葉もない。

 婚約者ですって!

 寄り添う二人の姿に目を向け、セイラはまなじりを吊り上げた。ふつふつと怒りが湧く。

 嘘でしょう? なんでこんな田舎女と……


 ブラッドは美しく着飾った筈の自分には目もくれない。魅力的な彼の眼差しは、相変わらずレイチェルに一心に注がれている。

 なんで、どうして……そんな思考がぐるぐる回る。

 自分にかしずく彼を夢見ていたのに。自分に見惚れる彼を想像していたのに。ダンスに誘われたら喜んで応じようと……。なのに、なのに、なのに、なんなのよ、これは!


 思い描いた未来と現実との差に打ちのめされ、セイラがすがるようにブラッドに目を向ければ、どうしても美しく着飾ったレイチェルの姿が目に入ってしまう。

 婚約者? やめてよ、冗談じゃないわ! 不釣り合いよ!

 ブラッドがクリフの疑問に答えた。


「どうして? 俺とレイチェルが相思相愛になったからに決まってる」

「だ……そんな、馬鹿な……」


 愕然としているクリフを押しのけ、セイラがブラッドの前に立つ。すり寄ったと言ってもいい。


「ブラッド、とっても素敵よ。本当、見違えたわ」

「……そりゃ、どうも」

「ね、お願いがあるんだけれど……その、ダンスを一曲お願い出来ないかしら?」


 うんと甘えた表情を作り、セイラはそっと手を差し出した。女性からダンスに誘うのはマナー違反だと分かってはいたが、セイラはあえてそれを脇へ押しやった。自分が甘えて無視できる男はいない。大抵の男はこれで落ちる。落ちなかった男はいない。なのに……


「お前と踊るわけねーだろ、阿呆」


 ブラッドの目は剣呑だ。きっぱりと拒絶され、セイラは怒りで目眩がしそうだった。しかも、礼儀もへったくれもない。そもそも人ではないのだから、彼に社交辞令を期待しても無駄であろう。

 なんなのよ、それは!


「レイチェル、あなた、クリフと庭園でも散歩してきたらどう?」


 破れかぶれで、セイラはブラッドに寄り添うレイチェルに話を振った。邪魔者を排除したい、そういった気持ちである。


「え?」

「私も悪いと思っているのよ。だから、ほんの少しの間だけクリフを貸してあげるわ。どう?」

「いえ、あの、私は……」


 困った様子を見せるレイチェルに、セイラはさらに苛立ちを募らせた。

 何を迷っているのよ! あんたにブラッドは不似合いなんだから、さっさと身を引きなさい。

 怒りを押し隠し、セイラは余裕のある笑みを浮かべてみせる。


「クリフ、あなたはどう? レイチェルときちんとお別れをしたくない? ろくすっぽ話してないわよね? とっても良い機会だと思うわ」

「あ、そ、そうだな。レイチェル、ほら、行こう」

「ざっけんな。レイチェルは俺の婚約者だっつったろーが? ああ?」


 レイチェルを庇うように前へ出たブラッドの顔は険相だ。怒気の浮かんだ赤い瞳に睨まれ、クリフは差し出した手を引っ込め、後ずさる。

 と、ざわりと周囲が揺れた。


「王太子様よ」

「ジュリアン王太子殿下がいらっしゃったわ」


 貴婦人の声がそう告げた。


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