第24話 魅了魔法は御法度
クリフの役立たず……
医療院のベッドの中でセイラは何度そう思っただろう。
ブラッドはあんなに素敵なのに……
セイラの中に小さな不満が降り積もる。
勇者として目覚めていないせいだと思っても、元々自分が好きだったのはブラッド・フォークスなのだ。どうして彼が自分の相手じゃないのだろう、セイラはそう思ってしまう。
――触んな、このくそ女。
そしてこれだ。セイラの眉間に皺がよる。ブラッドは自分に冷たい。今の私はうっとりするほど美しい女なのに、どうして……。彼の好みじゃないから? どうにかして振り向かせたい。綺麗に着飾って、彼の目にとまるように……ああ、もう! ゲームの世界なら好感度を上げるアイテムくらいあってもいいのに! セイラは地団駄を踏む。
「この世界に魅了魔法はないのかしら」
「おや、お嬢ちゃん、魅了魔法に興味があるのかい?」
独り言の筈が答えが返ってきて、セイラは驚いた。今いる場所は医療院なので、他の患者がいる。目にしたのはしわしわの老婆だ。
「やめときな。ああいうのは、魔族の十八番だが……とんでもない対価をふっかけられる」
「とんでもない対価?」
「生まれて来る子の魂とかね。とにかく、後々後悔するような約束をさせられるのさ。そしてあいつらは後悔する人間を見て喜ぶ。そういう奴等なんだよ」
「詳しいわね?」
「知り合いにいたからね。死ぬほど後悔しても時を戻すことだけは出来ない」
ブラッドを手に入れられるのなら、後悔なんかするもんですか。
セイラは入院中の老婆にすり寄った。
「ねぇ、お婆さん、その……魅了魔法を手に入れる方法を教えてくれない? お礼は弾むわ」
「やれやれ、後悔するって今言ったばっかりだろうに」
「後悔するしないは人それぞれよ。ね、お願い」
「そうさね……あんたの体と私の体を交換してもいいのなら」
セイラはぎょっとなった。老婆の目は真剣で、ぞっとする。老婆がふっと笑う。
「ほうら、嫌だろう? 魔族はね、そいつが一番嫌がることを見抜いて、対価をふっかけてくるよ。多分、今私が言ったような事を言うはずさ。それでも、というのならあいつらは動く。ただただあんたが死ぬほど後悔して泣き叫ぶ姿見たさにね。自分が破滅しても良いから復讐をしたい、とかいうものでない限り、あいつらと関わるんじゃない、いいね?」
セイラはむくれた。
「好きな人がいるのよ」
「あんたは若くて綺麗じゃないか。そのまんまでいい」
「私には冷たいわ」
「ふうん? なら、好かれるよう努力することだね。男ってのは、あんたみたいに若くて綺麗な娘は好きなもんだよ。精一杯努力しても駄目なら、他に好きな娘がいるんだ。諦めな」
あんな田舎娘に負けるなんてありえないわ!
ムカムカして仕方がない。クリフとの仲を見せつけるはずが、ブラッドとの仲を見せつけられるなんて予定外もいいところである。
――男ってのは、あんたみたいに若くて綺麗な娘は好きなもんだよ。
そうよ、ね。普通はそう。なら、どうして……。もしかして、私に冷たくされたのが気に入らなかった?
はたとセイラはそんなことに思い当たる。そういえば自分は彼を散々不細工だと罵った。セイラの顔に余裕の笑みが戻る。
ああ、そういうこと。なら、今度はうんと優しくしてあげればいいんだわ。
「お嬢様、お綺麗ですよ」
セイラの身支度を調えた侍女がそう告げた。
「ええ、そうね、ありがとう」
セイラは着飾った自分を鏡に映し、誇らしげに笑う。鏡の向こうから見つめ返しているのは、黒髪をハーフアップにした美少女だ。
なんとか間に合って良かった……
セイラはほっと胸をなで下ろす。まだ少しかきむしった跡が残っているけれど、化粧でなんとか誤魔化せている。今日は聖女の認定式だ。聖女となった者達のお披露目の場として設けられた夜会だが、セイラはもちろん聖女候補のままである。
だって、聖女に必須の神聖力なんて持ってないもの。
セイラは内心そう呟く。
予言の巫女とは、神聖魔法の使えない者が、聖女候補となる場合の隠れ蓑だ。誰でも知っている公然の秘密である。予言の巫女だと言えば、「ああ、行儀見習いのお嬢さんね」と誰もが納得し、それなりに優遇してくれる。何故かと言えば、そういった者の親は神殿に多大な寄付をしてくれるからだ。
なのに……結界を張ってくれなんて言われるとは思わなかったわ。
――そ、そうだ、セイラ、結界張ってくれよ!
クリフの台詞を思い出し、セイラは顔をしかめた。
馬鹿みたい。出来るわけないじゃない。クリフったら、本当に田舎者なのね。
セイラはどうしても呆れてしまう。
「……嬉しそうだな?」
馬車に揺られつつ、エスコート役であるクリフがそう口にする。騎士学校を卒業し、正式な騎士となったので、クリフが身に着けているのは騎士服だ。セイラは高飛車にふふんと笑った。
そりゃ、そうよ。今夜の夜会にはあのブラッドも来るんですもの。
今日の夜会は、新たに聖女となった者達のお披露目である。そして、護衛士であれば同伴を認められていた。ブラッドは聖女レイチェルの護衛士として出席するはずである。
ブラッドが私に夢中になったら、あの女はどうするのかしらね?
セイラはほくそ笑んだ。
ブラッドが自分に見惚れる様を思い描き、セイラはうっとりとなる。
着飾った今の自分を見れば、きっと彼も考えを変えるわ。お父様に強請って最新のドレスを用意して貰ったんだもの。逆にあの田舎娘は、それこそ田舎くさいドレスしか用意できず、大神官様が出席する今回のような盛大な夜会では、恥じ入るはず……
ダンスを申し込まれたら喜んで彼の手を取るわ。きっと、あの女は悔しがるわね。それとも、クリフにふられた時と同じように、泣いて走り去るのかしら? ふふっ、楽しみ。
「そりゃあ、大神官様も王族も出席する大規模な夜会ですもの。少しは浮かれるわ?」
「……黒いドレスに赤い宝石って、あいつの色だな?」
クリフの指摘通り、セイラが身に着けているドレスと宝石はブラッドの色である。ブラッドは黒髪に赤い瞳だ。セイラがつんっとすまして言った。
「あら、そうだったかしら?」
「俺が贈ったドレスは……」
「あれは駄目よ。あんな安物で大神官様が出席する夜会に出席なんて出来ないわ」
そう言われて、クリフは口をつぐまざるを得ない。ブラッドの色を身に着けたセイラを見ていたくなくて、クリフはふいっと視線を逸らした。
◇◇◇
ブラッド・フォークスの噂は神殿内だけでなく、クリフが通う騎士学校にまで広まっていた。本当に注目の的のようである。ことあるごとに彼の話を耳にする。四大英雄の一人だの、美貌のバンパイアだの、クリフとしては本当に面白くなかった。
――そんなん、四大英雄の肖像画に似てるだけだろ?
クリフが愚痴れば、同じ騎士学校に通う仲間が目を丸くした。
――え? お前、聞いてないのか?
なにを? クリフがそう問う前に、同期生が答えた。
――本物だよ、あれ、本物の四大英雄のヴァンパイアだ。大魔法士アウグスト様と懇意にしているらしいから間違いない。
クリフは目を剥いた。
――う、嘘だ! 大魔法士様がフォークスの奴を四大英雄の一人だって言ったのかよ?
――い、いや、そこまでは知らない……だって、大魔法士様と口をきけるのって、どんだけだよ。お前出来るか?
同期生に言われて、クリフは口をつぐむ。無理である。王族同様雲の上の人だ。
いや、つい先日、自分はその王族である第二王子ランドールと会っている。そんなことを、クリフはふと思い出す。理由は噂の勇者に会いたかったからだとか……
そうだよ、会えないってわけじゃない。あいつも自分同様、四大英雄の肖像画に瓜二つだった。第二王子ランドール殿下のように、四大英雄の一人に似ているから、そういった理由で大魔法士アウグスト様に興味を持たれた可能性もある。
――大魔法士様が四大英雄の一人だって言っていないんなら、肖像画に似ていたあいつに興味を持っただけって可能性も……
クリフの抵抗を同期生が切って捨てた。
――いや、だからさ、そんなんじゃねーって。お前、気が付けって! おかしいだろうが!
ぐいぐい詰め寄られた。
――どう見たって、あのヴァンパイアは、大魔法士様に信頼されてる! 大魔法士様からの口利きで大神官様を動かして、聖女の護衛士として認めさせたんだぞ? ありえねぇよ! 魔物だぞ魔物! 普通なら神殿に入る前に、神聖魔法で追い払われているんじゃないのか? それが神殿に入れて貰ったんだぞ? 聖女の護衛だぞ? かつてない珍事じゃないか!
クリフはぐうの音も出ない。
でも、とか、だってとかいう言葉は喉の奥に消えた。
四大英雄の一人……あいつが? 嘘だろ……
クリフはそう言いたかったけれど、彼の容姿に惹かれ、浮かれ騒ぐ女性はこれまた大勢いる。ヴァンパイアなのに、いや、かえってあの危険な雰囲気が、たまらない魅力になっているらしい。ブラッドに血を吸われたいと口にする女性が後を絶たず、彼に近付こうと、クリフにまで声がかかる始末である。
――ねねね、クリフ! 例のヴァンパイアとは同じ村で暮らしていたんですって?
――だったら、彼を誘ってよ。彼と一緒にお出かけしたいわ。
悉く断っていたけれど、そんな話がひっきりなしにやってくる。以前は自分に傾倒していた女達が、こぞってブラッドに言い寄ろうとしているのが気に入らない。イライラしっぱなしだ。
あんなやつのどこがいい! 化け物だろーが!
――お前達は俺が好きだとばかり思っていたけれど?
クリフがそんな不満を口にすれば、彼女達は顔を見合わせ、意味ありげに笑う。
――ええ、もちろん好きよ? でも、ねぇ?
――そうよ、クリフはセイラと婚約しちゃってるじゃない。婚約者のいる人に手を出す人なんていないわよ。
そう言われてしまい、クリフは口を閉じた。
確かにその通りなのだが……
あいつだって、好きなのはレイチェルだ。けど……あくまで護衛士であって、レイチェルと結婚しているわけじゃないから、やっぱり狙われるのか……
結婚……
レイチェルと?
そう考えた途端、クリフにぞくりと悪寒が走る。
レイチェルが他の誰かとなんて、考えたこともなかった。
そうだよ、レイチェルは俺の事が好きだったんだから、別れてもずっと俺を思って一人でいるんだとばかり……。そんなはずないのに、何故かそう思い込んでいた。ずっと自分を好きでいてくれると、そんな都合のいいことを考えていた……
嫌だ……
そんな考えが湧き上がる。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 俺のレイチェルが他の男となんて……
「クリフ、どうしたのよ?」
セイラの呼びかけで、はっとなる。
「い、いや、何でもない」
何でもなくはないのだけれど、クリフは平静を装い、ごまかした。やっぱり自分はレイチェルを手放せない。手放したくないんだと悟る。今更と言われそうだけれど、事実そうだった。
今になって気が付くなんて……
つと、腕にはめた腕輪に目を向けた。
――君は強くなりたいか?
第二王子ランドールはそう言った。
――え? それはまぁ……
――ならこれを上げよう。
そう言って差し出されたのは黒い腕輪だった。何となく禍々しい。
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