婚約破棄された女神です ~悔しいので、元婚約者を地獄に叩き落してやろうと思います。 ふふふ、絶対に許さないんだから、覚悟しなさい~

暇潰し請負人

前編 地獄に叩き落してやるんだから、覚悟しなさい!

 その日、ワタクシ女神アリスタは朝からとてもウキウキしていました。


「今日は待ちに待ちに待ったデートの日~。うれしいなったら、うれしいな~。ルルル~」


 あまりにもうれしすぎて、鼻歌まで歌っちゃったりなんかしてしまいます。

 なぜワタクシがこんなにはしゃいでいるのですかって?

 そんなの決まっています。今日はワタクシの婚約者であるメトロとのデートの日だからです。


 しかも、「今日は大事な話があるから」って、言われてたりします。

 もうワタクシの期待は最高潮です。


 ワタクシの婚約者のメトロはとても素敵な方です。

 とても頭が良くて、運動もできて、背も高くカッコよくて、ワタクシに優しくて、仕事もできて、出世街道に乗ったエリートで……褒めるところだらけでとても言葉では言い表せません。


 メトロとワタクシは幼馴染です。

 小さい頃からワタクシと一緒に遊んでいました。

 花畑で一緒に追いかけっこをしたり、お昼寝とかもしました。

 最近だって、メトロはワタクシを食事に連れて行ってくれたり、劇を見に連れて行ってくれたりします。


 本当最高の彼氏です。


 周囲からは、「いつ、結婚するの?」何て言われたりもします。キャー、恥ずかしい。

 というか、そろそろ雰囲気的にプロポーズされる頃合いだとワタクシは思っていました。

 そして、「大事な話がある」というパワーワード。もしかして、今日のデートあたりで……。


 そんなことを想像すると、ウキウキが止まりません。


「姉ちゃん、はしゃぎすぎ」


 そんなワタクシを見て弟のリンドブルが呆れた顔をしています。


「そうかしら」


「言っておくけど、メトロってそんなにいい奴じゃないぜ。妙に出世欲が強くて、腹黒いし」


 リンドブルが何かメトロの悪口を言っています。

 リンドブルはどうやらあまりメトロのことをよく思っていないようです。

 よくワタクシにメトロの悪口を言ってきます。


 普段なら、メトロの悪口を言ったりしたらぶん殴ってやるところですが、今は大事なデートの前です。余計なことをしたくありません。


「ふん、お黙り!メトロがそんな方のわけないでしょう」

「ああ、そうかい。じゃあ、勝手にしなよ」


 短く姉弟で言い合っただけで終わりです。


「それじゃあ、出かけてくるからね」


 最後にそう言い残してワタクシは家を出ました。


★★★


「アリスタ。僕と別れてほしい」


 その言葉をメトロの口から聞いたワタクシは、最初メトロが何を言っているのか理解できませんでした。


「え、メトロ、今なんて」

「だから、別れようって言ったんだ。もう僕たちは赤の他人だよ」

「!!!」


 今度こそワタクシはメトロの言葉を理解しました。

 そして、そのままワタクシは絶望の谷へつき落されました。


「メトロ、そんな……どうしてですか」

「僕は真実の愛の相手を見つけたんだ。そして、その人と付き合うことにした。だから、君のことはもう愛せない。さようなら」

「メトロ、待って、待ってください」

「いい加減にしてくれ!」


 引き留めようとするワタクシの手を強引に振りほどくと、そう冷たく言い残し、メトロは去っていきました。


 残されたワタクシは、ただ呆然とするだけでした。


★★★


「姉ちゃん、いい加減に出てきなよ」

「うるさい!このバカ弟!ほっといてよ。いいから、ほっときなさいよ!」

「そうかよ!もう知らないからな!」


 ワタクシはリンドブルに部屋から出てくるように言われて、腹が立って怒鳴り散らします。


 あの日、メトロに別れを告げられて以来、ワタクシはずっと部屋に閉じこもっています。

 何をする気も起こりません。そんな気力もありません。


 だから、ワタクシのことを励ましに来てくれたリンドブルに対しても、リンドブルは何も悪くないのに、つい癇癪を起してしまい、怒鳴って追い返してしまったのです。

 姉として情けない話ですが、自分でも気持ちをどうしても抑えることができないのです。


 そうやって、ワタクシはどんどん孤独になっていき、ワタクシの心は闇に支配されていくのでした。


★★★


 しかし、どんな暗闇の世界にも光がさすことがあります。


 とうとうワタクシの心にも光が差す時が来ました。

 それはある一つの思い付きから始まりました。


 ある日、ワタクシはふと思いつきます。


 そうだ。もう一度メトロに会おう。会って真意を聞こう。真意を聞いて話し合えば、きっと分かり合えるはず。メトロももう一度ワタクシのことを見てくれるはず。

 そんなことを思いつきました。


 後で考えたらとんでもなく甘い考えだったのですが、ワラにも縋る思いだったその時のワタクシには、とても素晴らしい考えのように思えました。

 一度思いついたらワタクシはいてもたってもいられなくなりました。


「とにかくメトロに会わなくちゃ」


 ワタクシは着の身着のままで部屋を出ました。


★★★


「クレア、愛しているよ」

「まあ、メトロ様、うれしゅうございます」


 とあるレストランで、メトロがある女性にそんな甘い言葉をささやいているのを発見しました。


 ワタクシは家を出た後、メトロを追い求めてあちこち移動しました。

 そして辿り着いたのがこのレストランです。


 ワタクシはここでメトロが女性に愛を語っているのを見て、絶対に許せないと思いました。

 なぜなら、ここはワタクシとメトロの初めてのデートで食事をした思い出のレストランだったからです。


 よりにもよってそんな二人の大事な思い出の場所で、他の女に言い寄るなんて。

 千年の恋も一瞬で吹き飛びました。


 すっかり怒りの感情で脳みそを支配されたワタクシは、こっそりと二人に近づき、物陰に隠れて二人の会話を盗み聞きしました。


「クレア、結婚しよう」

「はい、喜んで」


 どうやら相手の女の名前はクレアというらしいです。


 うん?とワタクシは思いました。

 クレア。その名前には聞き覚えがあります。

 確かメトロの上司の主神プラトゥーン様の秘書官の娘の名前だったはず。


 ははああ~ん。

 ワタクシはすべてを悟りました。

 つまり、メトロはワタクシを捨ててでも、上司の娘と結婚して出世を狙っているようです。


 何が真実の愛を見つけただ!てめえの出世のために何年も付き合ってきたワタクシを捨てただけじゃねえか!本当、最低のクズ野郎だ!

 こんな奴のことを長年愛してきたなんて……。本当に自分が情けなくなってきます。


 ワタクシの注いできた愛を返せ!

 そう叫びたくなります。


 ふふふ、絶対に許さないんだから、覚悟しなさい。


 そう思ったワタクシは、自分にされた仕打ちへの復讐を誓うと、そのための方策を練るべく、一旦その場を立ち去るのでした。


★★★


 次の日からワタクシは行動を開始しました。


「絶対にメトロをギャフンと言わせてやるんだから!」


 メトロへの復讐の情念に燃えるワタクシはまず情報収集に努めることにします。


「ふふふ。これならワタクシだとバレませんね」


 ウィッグを被って、普段着ないような服を着て偵察に出掛けます。


「お前たち、メトロの弱みをつかんでくるんですよ」


 さらに、飼っている動物たちをも使ってメトロの弱みを握ろうとします。

 ワタクシ、こう見えても動物を育てるのが得意なのです。

 ワタクシが育てた動物たちも、ワタクシの言うことをよく聞いて、ワタクシに協力してくれます。


 しかし、敵もさるもの。


「メトロの奴、中々隙を見せないですね」


 そこは仕事ができる男メトロ。

 自分の弱みを見せるようなことは簡単にはしてくれません。

 まあ、簡単に行かないことは最初から分かっていたので、ワタクシもこの位であきらめるつもりは毛頭ありません。


 しかし、メトロの奴見せつけてくれます。


「クレア キスしようか」

「はい、メトロ様」


 メトロの奴、あれからもちょくちょくクレアをデートに誘っています。その上、ワタクシの前でキスなんかしてくれちゃいます。

 それも何度も、何度も。


 ムキー!!!悔しいです。

 ワタクシだって1回しかしてもらったことがないのに。

 それなのに、何度もあんな風に濃厚なキスをするだなんて!


 やはりワタクシはメトロにとってキープ。本命がダメだった時の予備の女に過ぎなかったのでしょうか?

 都合が悪ければいつでも捨てられるような女だったのでしょうか?

 ワタクシはあんなにもメトロに愛を捧げたというのに。

 本当に悲しいです。


 でも、ワタクシは負けません!絶対にメトロのアホを地獄に叩き落してやります!


★★★


「あれ?あの人、またいる」


 メトロの弱みを握ろうと行動しているうちに、ワタクシはある男の存在に気が付きました。

 身を覆い隠すように灰色のローブを被っている男です。


 その男はメトロとクレアがデートしている時にはいつもいます。

 いつもいて、二人のことをじっと観察しています。

 まるで、二人のことを監視しているみたいに。

 はっ。ワタクシはそこでハタと気づきました。まさか、こいつも……。


 ワタクシは思い切って声をかけてみることにしました。


「あの、すみません。ちょっと聞いてもいいですか?あなたって、いつもあの二人のことを見ていますよね。何してるんですか?」

「うん?なんだ?突然。って、あんた、いつもあの二人を見ている姉ちゃんじゃないか」


 どうやら、その男もワタクシの存在に気が付いていたみたいです。

 そいつはワタクシのことを見ると、まるで値踏みでもするかのようにジロジロとワタクシのことを見回します。


「まあ、いい。別にいいじゃねえか。俺がここで何してたって」

「もしかして、あなた、あの二人のことを監視していたのではないですか?」


 はぐらかそうとするそいつに対して、ワタクシはズバリ言ってやりました。

 すると、そいつは驚いた顔になり、もう一度ワタクシの顔を見ました。


「だとしたら、どうなるんだ?」

「別にどうもしませんよ。ワタクシもあの二人に恨みがあり、あの二人のことを探っている身ですので。あなたもそうではないのですか?」

「ああ、そうだ。俺もあいつらのことを探っている」


 そう言うと、男は一度座り直して、ワタクシの正面を向きます。


「あんた、名前は?」

「アリスタです。あなたは?」

「クリントだ」


 男はそう名乗りました。


★★★


 クリント。


 どこかで聞いたことがある名前です。

 はて、どこで聞いたのでしょうか?

 ワタクシは頭の中で必死に思い出そうとします。


 あっ。ワタクシはすぐに思い出しました。


「クリント!?もしかして、クリント様?主神プラトゥーン様のご子息の?」

「ああ、そうだ。確かに俺はプラトゥーンの息子のクリントだ」


 やはり、そうでしたか。

 ワタクシは世事に疎い方ですが、クリントのことは知っています。


 正直、あまりいい噂は聞きません。

 奇抜な恰好をして、子分を率いてスレイプニルという8本脚の大きなお馬さんで天界中を爆走しまくっているとか、その子分たちと街中で夜中に大騒ぎしながら酒を飲んでいるとか、碌な話を聞きません。

 まあ、言ってみれば破落戸(ごろつき)です。

 ローブに隠れてはっきりとわかりませんが、今の格好も派手なようですしね。


 天界の大うつけもの、などとも呼ばれているようです。

 だから、父上のプラトゥーン様もとっくにクリントのことを見放していて、弟の方をかわいがっているらしいです。

 父君のプラトゥーン様は素晴らしい方なのに、どうしてこんなうつけものが生まれてしまったのでしょうか。


 まあ、とにかく碌でもない男なのは間違いないです。

 それにこういうチャラチャラした男は一番嫌いなタイプでもあります。

 だから、話が終わったら二度とかかわらないようにしよう。そう思いました。


 しかし、それでも主神様のご子息です。ワタクシとは身分が違います。

 知ってしまった以上はご挨拶しないわけには行けません。


「これは、失礼しました。プラトゥーン様のご子息にご無礼なことを」


 しかし、クリントはそれに対して手をひらひらと振ります。


「そんな堅苦しい話し方はよしてくれ。俺はそういうの苦手なんだ。後、俺のことはクリントと呼び捨てでいい」

「わかりました。クリント」

「それで、アリスタさん」

「アリスタです。ワタクシもあなたのことを呼び捨てにするのだから、ワタクシのことも呼び捨てにしてください」

「わかった。それで、アリスタ。お前って、もしかしてリンドブルの姉のアリスタか?」

「はい、そうですけど。弟のことを知っているのですか?」

「ああ。何せ俺の子分だからな。この前も俺の後ろに乗って、スレイプニルで親父の神殿の回りを爆走してやったぜ!」

「まあ、そんなことが」


 まさか、リンドブルの奴。

 よりにもよって、こんな破落戸と付き合っているだなんて。

 これは後で注意してやらなければと思いました。


「ところで、アリスタ。お前もここにあいつらを監視に来ているのか」

「はい」

「よかったら、その辺の事情を話してくれないか」

「わかりました」


 ワタクシはメトロにされた仕打ちについて話し始めました。


★★★


「なるほど、お前も大変だったんだな」


 ワタクシの話を聞いたクリントはうんうん頷いています。

 クリントは真剣かつ真面目にワタクシの話を聞いてくれました。

 あれ?もしかして、この人。実はいい人?

 真剣に話を聞いてくれるクリントを見て、ワタクシはそう感じました。


「じゃあ、次は俺の話を聞いてくれよ」


 今度はクリントが自分のことを話し始めます。


「俺さあ、クレアの奴と付き合っていたんだ。割とうまくやれていたんだ。少なくとも俺はそう思っていた。だけど……」


 そこでクリントは一瞬言葉を詰まらせました。多分言いにくかったのだと思います。

 しかし、意を決したかのような顔になると、続きを話し始めます。


「だけど、あいつ突然こんなこと言いだしやがった。『主神様の息子だからと思ってあんたに近づいたけど、あんた全然ダメじゃない。もう愛想が尽きた。他にいい人見つけたから別れて』そんなことを言われた」

「へえ、クリントにもそんなことがあったんですか」


 クリントの話を聞いたワタクシは思いました。

 ああ。あのくそ女もメトロの同類か、と。


 そう考えたら、あの二人はお似合いのカップルなのだと思う。

 だからと言って、あいつらのことを許す気持ちは全く沸かなかったですが。


 しかし、クリントもワタクシと同じ目に遭っていたとは……。

 彼のことを最初に知ったときは、碌でもないやつだからここで別れたら二度とかかわらないことにしよう。そう思っていましたが、ちょっとだけ親近感が沸いてきました。

 だから。


「なあ、好きなのにフラれた者同士、一緒に見返してやらないか」


 そう誘われた時、つい。


「はい、いいですよ」


 そう返事をしていました。


 本当なぜなのでしょうか。


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