第7話 「情報はどこに?」
「おう、碧海。どうした? 目真っ赤じゃねえか」
「眠れなかったんだよ……真夜中に襲われたんだぞ」
布団の中からもぞもぞと顔だけ出し、碧海はむっつり答えた。いま何時かは分からないが、かなり遅くまで寝ていたらしい。普段は薄暗い窓の外が、明るい銀世界に姿を変えている。
そんな明るい世界を眺め、碧海はため息をついた。
「いつまた襲われるかと気が気じゃなくてさ」
「そうは言っても、ああやってドア塞いだじゃねえか」
鎌田が扉の方を見やる。
もともと部屋についていたクローゼットは大きすぎて動かせなかったが、それぞれが自分で持ってきた小さなキャビネットを扉の前に置き、そう簡単には開けられないようにしてある。
「不安なもんは不安なの!」
あの影のような男なら、扉の隙間からぬるっと入ってきそうで怖い。
そんなことを言ってみると、鎌田は腹を抱えて笑った。
「人間にそんなことができてたまるかよ! クラゲじゃねえんだから」
「わ、笑うなよ!……それより、渡利と竜さんは?」
「渡利は歯磨いてて、竜さんはそこで湯を沸かしてる」
鎌田が指さした先では、神楽が電子ポットでお湯を沸かしていた。隣に急須があるのを見るに、どうやらお茶を淹れようとしているようだ。
「おはようございます。ずいぶん寝てましたね」
「いま何時?」
「九時です」
「それなら、実際に寝てたのは二時間くらいだよ」
食堂から部屋に戻った時点で、すでに時刻は午前四時を回っていた。またあの男が襲ってくるのではないかと数時間ほど戦々恐々としていたことを考えると、眠れていたとしても二、三時間のことだろう。
「今日が日曜で助かった……」
「僕らみんなが思ってますよ」
いつも五時ごろに起きて素振りをする鎌田でも七時に起きたらしい。渡利と神楽は、つい先ほど目を覚ましたばかりだという。
「碧海くんが時間通りに起きてこないなんて、相当参ってたんでしょうね」
「そりゃあね。日が昇るまでの間、いつ襲われるかとずっと不安だったんだから」
「そんなんじゃ、あの人殺し野郎が捕まるまで持たねえぞ。まあ、そう言う俺だって、だいぶ眠りが浅かったけどさ。久々に夢見たし」
「どんな夢?」
「そりゃもう絶世の美女とデートする夢」
「飢えてるな」
「人をケダモノみたいに言うなよ」
鎌田が傷ついたような表情で言うので、神楽と碧海は思わず吹き出してしまった。鎌田も一緒になって笑っているあたり、本気で受け止めたわけではないだろう。
洗面所にも笑い声が聞こえたか、歯ブラシをくわえた渡利がひょっこり顔を出した。
「なんや、俺抜きでおもろいことせんといてや!……あれ、碧海が起きとる」
「おはよう」
「おはよーさん」
渡利の顔が引っ込み、うがいをする音が聞こえてくる。
碧海は全気力を振り絞って布団を跳ね上げ、ベッドから下りた。
「朝ごはん食べそびれたな」
「おばちゃんに頼んで、残り物分けてもらうか?」
「いいよ、大変だろうし。ヨーグルトなかったっけ」
「あるぞ」
部屋には小さな冷蔵庫が一つある。休みの日に寝坊した時のため、飲み物やチョコレート以外にも色々入れていたはずだ。
いただきます、とつぶやいて冷蔵庫から取り出したヨーグルトを口にする。
甘酸っぱい味が口の中に広がり、胸の内のもやもやしたものが希釈されていく。
碧海は人知れずほっと息を吐き、食べ終わったカップをゴミ箱に放った。
――いったい誰が殺されたんだろう。
ひと段落ついた頭は、自然と事件の方へ傾いていった。
だが、考えてもいかんせん情報がない。
朝から憂鬱な気分になったところで、鎌田が世間話でもするように口を開いた。
「そういや、外出禁止令が下ったぜ」
「え?」
「言葉通りですよ」
神楽も会話に加わる。
「今日は寮から一歩も出てはいけないそうです。先ほど女子寮の管理人さんからアナウンスがありまして。寮だけではなく、杜葉生全員に同様のメールがいっているようですよ。出歩いたことがバレた時点で指導が入るらしいです」
沸かした湯で緑茶を淹れた神楽が、椅子をくるりと回転させてこちらを向いた。神楽が座っただけで、地味な事務椅子が立派な革張りの安楽椅子に見えてくるのだから不思議だ。
「これで、碧海くんの推論がほぼ決定的なものになりましたね」
「僕の?」
「誰かが殺されたのではないか、というやつです。犯人が捕まっていないから、こうして厳戒態勢を敷いているんじゃないですかね」
なるほど、確かにそうだ。
「だとしたら、やっぱり殺された人の素性が知りたいな。たった数時間の間に僕とその人の二人が襲われるなんて、まさか偶然なんてことはないだろう。きっと、僕と何か共通点があるはずなんだ」
「同じやつから恨みを買ったとかか?」
「あとは、見ちゃいけないものを見ちゃったとか」
「例えば背が高いとか。無駄にな」
「じゃあ鎌田は大丈夫だな」
「この野郎」
先にケンカを売ってきたのは向こうの方だ。
まあまあ、と神楽が諌めてきて、渋々引き下がる。
「とにもかくにも、情報の入手が喫緊の課題であるのは間違いありませんね」
「き、きっきん……」
「急を要する大事なことって意味だよ。もちろん知ってると思うけどね?」
「こいつ、いい気になりやがって!」
「ちょちょ、鎌田くん」
神楽が慌てて立ち上がり、青筋を立てる鎌田を押さえつけにかかる。碧海は鼻で笑ってベッドの柱にもたれかかった。
「し、しかし、本当にどうするんですか? 手をこまねいているわけにもいきませんよ。懸かっているのはきみの……僕ら杜葉生の命ですからね」
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