安全装置は働かない

紫陽_凛

第1話 三つの弾丸

 ロジャー・アントン様のお話ですか。

 ええ、わたくしのような老婆の話でよろしければいくらでも。


 

 ロジャー様は、昔から冴えた眼差しをお持ちの美しい少年でした。美しいだけでなく、美しいものを見抜く目をお持ちでした。

 

 父君のデヴィッド・アントン様は三代前から古物商を営んでおりまして、古今東西、密林から出たという木像をはじめ、ピラミッドから出土したという宝飾品、西部の民族が呪術に使用していた面などを仕入れては、そうした珍しいものを欲しがるお客さまに売るというお仕事をされていました。

 ですから、坊っちゃまにとって、家業は「天職」であったに違いないのです。

 5歳の頃には、すでにその才覚をあらわしておいででした。父君の手元にある、値の付かなかった木像を指差したかと思えば、それを奪って床に叩きつけたのです。中から出てきたのはなんとまあ、金でできた精巧な猿の像でした。

 父君は坊っちゃまを叱ることも忘れて、彼を高々と抱え上げ、天才だと叫びました。その声は、私共メイドの耳にも入ってくるほどでした。

 金の猿像の件は偶然だと仰る方もおられるかもしれません。しかし、これだけでは終わらなかったのです。幼い坊っちゃまの目に留まったものは高く売れましたし、そうでなくとも必ず買い手がついたのです。

 

 父君も母君もこれは何かあると思されたのでしょう。おふたりは、坊っちゃまの6歳のお誕生日に、よく当たるという占い師を呼び寄せて、坊っちゃまの未来とその素養を占ってもらうことにしたのです。


 占い師は坊っちゃまの利発な眼差しと、その手のひらを見、こう言いました。私の記憶が確かであれば……。

「天賦の才である」

「しかし、この子は長生きすまい」

「三つの弾丸が、この子を襲うだろう。この子はそれを避けることができない」

「ひとつに、ルーヴルに行ってはならぬ。この子を変えてしまう出来事が起こる。曲がったものさしは二度と戻らない」

「ふたつに、この子は古物商を継いではならぬ。この子には商売の才覚はあるが、それがじきに彼にとっての死神を招く」

「みっつ、……この子は銃によって死ぬ」

「すべては呪いである。これまでに取り扱った品々の怨念が織りなす呪いである……」


 デヴィッド様は、背後に飾っていた銃をご覧になり、それをすぐに取り外して、坊っちゃまの視界からそっと隠しました。坊っちゃまはその時、気にも留めていらっしゃらなかったのですけれども。

 私はその銃が、飾りのような顔をしながらも、本物の護身用の銃であることを知っておりました。安全装置さえ外せば、実弾が打ち出されることも、心得ておりました。……ええ、その銃です。


 ロジャー様が自害なさった時に使用した銃が、それです。


 それが呪いであったかどうかまでは、わかりかねます。そういったお話は、占い師本人に聞いてみないことには。

 その占い師も、当時すでにかなりの歳を召した老婆でしたから、今生きているかどうかはわかりません。


 しかし、私は、以上、思うのです。確かに坊っちゃまは三つの弾丸に射抜かれてお亡くなりになったのだと。

 占いを信じるわけではございませんが。こう数奇な運命を目の当たりにすると、そう思わずにはいられませんのよ。


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