15  成長期みたいです

 翌朝、俺はツキが料理をする音で目を覚ました。


「んぅ」

「あっ、おはようございますルキ様!」

「うん。おは——…?」


 あれ、寝ぼけているのか?


 まだゴロゴロしている覚めない目を激しく擦る。

 が、俺の疑問は更に深まった。


「あの、すいません。どちら様でしょうか?」


 俺の目の前にいるのは、見覚えのない美少女だ。

 どことなくツキに雰囲気が似ているけど……。


 え、誰? 怖い!


「ツキですよ?」

「は?」

「まぁ、確かに大きくなりましたけど」

「いやいや、え? 少し、とは? ホント誰!? 怖い!」

「ツキですよ!? 言ったじゃないですか。獣人の成長は早いって、鍛えると身体諸共成長するって!」


 え? 言ってた?

 もしかして、国家騎士団に入った獣人がどうたらの時の事を言ってるのか?

 いやいや、あれと今とじゃニュアンス的にもだいぶ違くないか?

 納得いかないだろ!?


 だって、ツキは俺と一回りか二回りくらいしか変わらなかったんだぞ?

 一晩で20cm近く大きくなるかよ!

 ”ツキですよ?”じゃないわ!


 俺はこんな人知らない。


 俺がツキに作ってあげたはずの鹿のローブで包まれた細身の体。

 インナーは粗末な物だが、明らかにサイズが合っていないのかへそが出ちゃっている。

 しなやかに伸びる四肢、繊細の体のパーツはどれも発展途上だが女性らしさの塊。

 肩下まで真っ直ぐ伸びる黒髪、頭頂部にはふさふさで角のない丸っこい耳。

 いたいけな少女のような童顔、その真っ黒な瞳で寝起きの俺を見下ろし微笑んでいる。


 いや、ホンマに誰やねん。


「本当に、ツキ?」

「はい!」

「こんなに早いものなんでしょうか? 早すぎませんか?」

「ルキ様? なんか変ですよ?」


 いや、変なのはあなたですよ?


 童貞には、の美少女と話すなんてハードルが高すぎて無理です。

 もし、本当にツキだったとして、今後俺はどう接してやればいいんだ?


「はぁ。……確認のため、もう一度聞くけど本当にツキなの?」

「そうですよ! 昨日はたくさん戦いましたし、恐狼ダイアウルフに囲まれるくらいのピンチにも会いましたからね。濃厚な一日でした」


 昨日のことを思い出しているのか、どこか遠くを見ている。


「獣人にとって成長のトリガーは睡眠なんですよ。個体差はあるんですけど、いっぱい訓練して寝るとその分魔力に反映されるんです」


 個体差ってレベルの成長じゃない気がする。

 これはツキが生まれ持った才能だったのか、それとも本当に個体差なのか……。


 でも、ここまで言うってことは本当に彼女はツキなんだろう。

 もう昨日までの幼可愛いツキを見れないのは悲しいけど。


「そんなことより! もうできてますし、冷めないうちに朝ご飯にしましょ!」

「あー、うん。ごめん。そうだね」


 現実を受け止めよう。

 なんたって俺は、現実を受け止められる……、受け止めようと努力できる。

 違うな。

 臨機応変に対応できるなのだから!


「「いただきます」」






 朝食を終えた俺達は旅支度を黙々と整え、山越えに向けて出発していた。


 昨晩の謎の言動とか、今朝の件とか色々と驚かされたけど、今はそれなりに落ち着いている。


 寝起き時も、朝食時も、今も、見た目が変わってもツキはツキだった。

 いろんなことに興味を持ち、何事にも一生懸命。

 それなりに会話も弾んでいるし、いい感じだ。


 だって、考えてもみて欲しい。

 いくら保護者役とは言っても、憧れだったケモ耳の美少女と二人っきりの山登りだよ?

 インドア派とか関係なくテンションが上がるじゃん!


「あっ、そう言えば今朝分かったことなんですけど、第Ⅰ位階の風魔法をマスターしましたよ!」

「お、おぉっ。魔法まで成長……」


 あれ?

 俺ってまだ第Ⅰ位階の魔法マスターしてなくね?

 置いていかれる、このままじゃマズい。


「ねぇ。ツキって今後、もっと急成長する可能性とかってある?」

「はい、あると思いますよ。まあ、今回ほどの容姿の変化はないと思いますけどね」

「そ、そっか」


 まだまだ強くなるのか。

 俺も負けていられないけど、強くなるには、耐性を得るには死ななきゃいけないんだよな。

 胃が痛い。


 雑談を交えながらのこの時間に、透き通った景色と空気。

 胃は痛くとも、俺は間違いなく居心地の良さを感じていた。


 その一方で、この山を初めてみた時からの疑問も募り始めていた。

 それはどんなに晴れた天気でも、この山の頂上を目にしたことがないこというとだ。

 この世界にきてそれなりに経っているのに、山の頂上と思われる付近は常に雲に覆われているのだ。

 何かを隠しているかのように。


 俺達はこの山を越えようとしてるんだよな。


「ツキってさ、この山の高さとか分かっていたりする?」

「詳しいことは分からないんですけど、オババ様が高所にしか生えない薬草を採りに9000メートル程の高さまで登ったと聞いたことが。なので、それ以上は確かですよ」


 そっか、9000か……。


「えっ、9000!?」

「あっ、はい。そうですけど」


 ちょっと待て! ちょーっと待て!


 これを登るだと?

 無理に決まってんだろ!

 俺は馬鹿なのか?

 地球上最高峰のエベレストでも9000は無いんだぞ?

 ってか、オババ様何者だよ。


「よしっ、迂回しよう」


 俺は瞬時に断念した。


 多少時間も距離もかかるけど、総合的にみたら迂回一択だろ。


「な、なんでですか!? 大丈夫ですって、ルキ様なら余裕です!」

「いやいや、大丈夫じゃないから。おかしいから、無理だから」

「ルキ様なら普通に大丈夫ですよ! こんな山、ちょちょいのちょいです!」


 何言ってんだツキは。過信がすぎるだろ。

 普通ってなんだ。俺には分かんないよ。


「一回話し合おうか」


 俺は足を止め、その場に腰を下ろした。

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