00  プロローグ——②

 ——ハズだった。


 否、間違いなく死んだ。

 それなのにも関わらず、意識はハッキリとしている。

 暗くて何も見えない真っ暗な部屋で、俺は目を覚ました。


「ここは……っ」


 徐々にテンションが上がっていく。

 俺は今、最高潮に興奮している。


 そう、何たってこの雰囲気である。

 アニメやラノベで言うところの、神様的な存在が登場して、異世界行きの手続きをしてくれる場所に酷似しているのだ。


 興奮冷め止まぬ中、部屋の四隅に突如として赤黒い炎が出現した。

 それが合図だったかのように、4つの炎を結ぶようにゴオォと音を立てながら炎の壁に囲まれる。


「すげぇー。CGみたい……って、アッツ!?」


 いや、熱いって! 熱すぎるって!


 見知らぬ場所で、見たこともない色の炎に囲まれた俺は、完全にパニックに陥った。

 正面には10メートル程の高さにまで及ぶ大きな炎が出現したのだ。


 そんな炎の中には人影が見える。が、人ではないことは一目瞭然だ。

 察していると思うけど、見目麗しい女神でも、温厚そうな白髪の似合う男神でもない。


 肌は全体的に薄茶色で真っ赤に燃えるような長い髪。否、実際に燃えている髪に鋭く伸びた爪、大きな口から飛び出ている二本の犬歯。

 3メートルくらいある化け物みたいな体躯、太い首や手首足首には黄金に輝く輪が付いていて、腰には何やら怪しげな模様の入っている布を巻いている。


 そして、ソイツは人外たらしめる物。

 何よりも目立つ額から伸びる真っ黒な二本の角。


 そこには鬼のような何かが立っていた。


「おい貴様、名は何だ?」

「……」


 でっか。

 というか、威圧感半端ないな。

 え、俺死んだんだよね? これ、地獄の鬼?

 ここは地獄?


「質問に答えろ! 名は何だ!」


 目の前の鬼は唖然としている俺に向かって、更に威圧するように牙を見せつけながら言い放った。


「あっ、はいっ。俺……私は白井慎平です、16歳です。日本から来ました! 趣味はアニメ鑑賞にコスプレ、それとキャンプです!」


 あ、これ入学式当日の自己紹介とほぼ同じだわ。

 これであってた? 怖過ぎて顔を見れない。


 一方で鬼は慎平の自己紹介を聞いた途端、度肝を抜かれたように瞳孔を開き、凝視した。


「し、慎平、なのか? 本当に、白井慎平か!?」


 え、何? その俺を知っているかのような発言。

 コワっ。


 俺は恐る恐るだが、とりあえずこくりと頷く。


「お前は、死んだのか? ここに居るってことは……」

「あ、はい。多分、死んだと——ってちょ!?」


 突然、鬼は俺に抱きついてきた。

 困惑が止まらない。


「あ、あぁ。いきなりすまん」


 は? どゆこと?

 鬼は我を取り戻したのか、俺からゆっくりと離れてから軽く頭を下げた。


「んー、そうだな。何から説明すればいいのやら」


 全く付いていけてないけど?

 ちょっと、置いていかないでよ!


「まず、私も自己紹介を済ませようか。私、いや俺はお前の死んだ父。その生まれ変わりだ」

「は?」

「名はゲイルという」

「へ?」

「所謂、鬼神に輪廻転生しちゃった的なやつだ。それにしても見違えるくらい立派になったな。っても、覚えてないか? 俺が人間として死んだのは、慎平が幼稚園に行く前だったもんな」

「ほ?」


 と、父さん? 鬼神? 輪廻転生?

 は?


 ちょっと、勝手に話進めないでくれる? 今、整理しているから。


 俺はこの現実に対して、尋常ではないスピードで脳内処理を行った。

 しかし、俺の鼓膜には、プシューと脳がショートする音が虚しくも響いていた。


 そんな俺の事情は露知らず、父さん? は続ける。


「でだ、慎平も生まれ変わる訳なんだが。いきなり鬼神なんてのは無理だからな、魔人として生まれ変わってもらうことにする」

「…………は? 父さん、って証拠は?」

「ん? すまんが、そんなものは無いぞ?」


 俺の思考は目の前の鬼が、生まれ変わった父さんってところで止まっている。

 それなのに、今、魔人に転生させるとか言わなかった?


 ついていけないよ!


 一方でゲイルは、突然息子である慎平が死んでしまったと言う事実にショックを受けつつも、また出会えたことに対するこみ上げてくる喜びの感情が表に出てきていた。




 ——父さんと少し話をして分かったことがある。


 まず、どうやら父さんも母さんも鬼神になっているらしい。

 そして、俺は死ぬのが早過ぎたとかなんとかで、鬼神ではなく魔人からという謎説明を受けた。


 そもそも、魔人が頑張ったところで神になれるかどうかも不明だが、とにかく俺を転生させてくれるらしい。


 更に、俺が転生する世界には冒険者に勇者、魔物に魔王が存在し、剣や魔法で命のやりとりをしている中世ヨーロッパのような景観のザ・ファンタジーな感じとのこと。


 それなりに前世のことなどを話しているうちに、父さんとは打ち解けて会話が弾んでいた。

 父さんは冒険者の始まりの街があるだとか、王国と帝国、法皇国の対立が深刻化してきているだとか。

 俺は部活を作ったことだとか、親友の良太のことだとか。


 まぁ、とにかくいろいろなことを喋った。

 そして現在、話は俺の新しい名前にのことになる。


「あぁ、言い忘れていたけどな。慎平の名前は変わるからな?」

「どんなのに?」

「ルキだ。ルキ・ガリエルと名乗ればいい」

「ルキ・ガリエル?」


 自分の新たな名前を反復して読み上げたその瞬間、俺の全身が青白く発光しはじめた。


「な、何これ!?」


 俺は再びパニックに陥った。

 そんな俺とは裏腹に、父さんことゲイルは慌てるどころか落ち着いた様子で笑みを浮かべている。


 俺を包んだ光が消えるのと同時に、ゲイルは右手を前に突き出し、枠の無い波打つ巨大な鏡のような魔法? を出現させた。


「これが新たなお前だ、ルキよ」

「ん? 視点が低いような。あれ、声が——って、エエエエェェェェッ!?」


 腰まで長く伸びた毛先が淡い翡翠色の綺麗な銀髪、額からは申し訳ない程度にちょこんと生えている真っ黒な一本角と綺麗な青い瞳。


 その鏡面に写っていたのは、元々着ていた学校の制服がダボダボで、ズボンとパンツがずれ下がったあられもない姿をした身長130くらいしかない美少……女? 年? だった。


 下腹部はワイシャツで隠れているものの、息子は感覚的に無いことは察しがつく。ってことは、やっぱ美少女? いや幼女か?


 小さな手で頬や髪の毛、お腹に手足、そして胸等をペチペチと触り、連動して動く目の前に写る幼女が俺であることを自覚した。


 待てよ。ということはだよ?

 唯一の心残りで、異世界にワンチャン賭けていた夢物語。童貞の卒業が不可能ということじゃないか!?

 逆に、膜があるってことは、俺は男に——…オエッ。


 気分を害した俺は膝から崩れた。


「まぁ、そう落ち込むな。慎平が生前より望んでいた異世界に今飛ばしてやるから」


 父さんゲイルが俺を見て笑いながら両手を前に突き出すと、足元に魔法陣が浮かび上がり俺の体はふわふわと浮き始めた。


「えっ……ちょ、ゲイル? まだ心の準備が! というか説明不足にも程があるって! ねぇ、ちょま」


 俺の体は俺の意思を無視してどんどん上昇を続け、下にいるゲイルはずっと笑っている。


 こういうのって、なんか目的があったり、特別な何かを授かったりするんじゃないの!?

 俺、転生して転性しただけだけど!?


 視界は少しずつ光に満ちてくる。




 そうして俺は異世界に転生した。人間を、男を辞めて——

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