216 チルなドリンク
「えっ、喉? ……う、うん、まあずっとここに居たからね。渇いては……いる、かな……? はは……」
相原からのキラーパスを戸惑いながらも受け止める宗田氏。さすがは年の功といったところか。きっと普段から相原の唐突な言動に慣れているのだろう。
しかし相原はそんな宗田氏の熟練の技にも気づく様子もなく、能天気な笑みを浮かべて大はしゃぎだ。
「うわーマジ!? ならちょーどよかった! ウチめちゃイイ飲み物持ってるし、修司じいにあげる! ほらセンパイ、アレ出してアレ!」
「おっ、おう……」
ニッコニコの相原に促され、俺は肩にかけた鞄からペットボトルと紙コップを取り出した。
ちなみにこのペットボトルにポーションが入っているわけだが、ポーションは異世界でも保管方法に気をつけないと劣化するし、魔素のない地球だとさらに劣化しやすい。
そこで対策としてペットボトルは【
「へえ、松永さん。君は普段からこういう物を持ち運んでいるのかな?」
宗田氏は元から細い目をさらに細め、俺の取り出したペットボトルを訝しむように見つめる。
そりゃあそうだ。こんな強引に飲み物を飲ませようとする連中を怪しく思わない人はいない。しかもペットボトルのラベル(コーラ)も剥がしているので、怪しさ百倍である。
けれどね、怪しいと思うのならできれば俺じゃなくて相原に直接言ってほしい。俺だって相原がこんなに無理やり押し進めるとは思ってなかったんだよ。
事前の打ち合わせで『ぜんぶウチにまかせてください。あそこはウチのホームみたいなモンなんでヨユーっす!』と、自信満々に語る相原を信じた俺がバカだった。
「まーまー、修司じい、細かいことは気にしないでいいじゃん? それより喉渇いてるんでしょ。ほらほら、遠慮しないで飲んでみ? 飛ぶよ?」
余計に怪しくなるから『飛ぶ』とか言わないでほしい。しかし相原は俺の無言の抗議に気づくことなく、宗田氏にぐいぐいと紙コップに注がれた液体を勧める。
そしてしぶしぶ紙コップを受け取る宗田氏。だがさすがにそのまま飲みはせず、ぎこちない笑みを相原に向けた。
「り、莉緒ちゃん。それでこれはなんの飲み物なのだろう? 見た目は水のように見えるけど……」
「えっ、コレ? コレはえーと……そう! ウチが最近ハマってるチルなドリンク!」
「散る……?」
「うん、チル! 修司じい知らないん? 最近はこういうリラックス~~ゆったり~~ふにゃふにゃ~ってカンジのドリンクが流行ってんの」
「そ、それって……なにか違法なモノじゃないだろうね……?」
「んなわけないじゃーん! てか修司じいおもろ! ウケるってマジ!」
けらけらと笑う相原だが、宗田氏は冗談のつもりで言ったんじゃないと思うよ。
しかし宗田氏はそこでひと息つくと、
「ふう……。まあ、どうせ長くはない身だ。気にするだけ無駄か。なによりせっかく莉緒ちゃんがくれたものだしね」
そのまま一気に紙コップを傾け、ポーションを喉へと流し込み――
「ゴ、ゴホッ、ゲホッゲホ! ゴホッッ!」
盛大にむせてしまった。
「ちょっ、修司じいダイジョブ!? そんな一気に飲むからー!」
「ゴフッ、ゴホッ。そ、そうだね……ちょっと無理しすぎたかもしれな――ゴホッ!」
「しゃべんなくていいって。修司じいもトシなんだし、もっと身体いたわんなきゃダメだよー? ほら、ゆっくり呼吸してみ? はーい、ひっひっふー。ひっひっふー。ひっひっふー」
相原は心配そうに眉尻を下げ、ラマーズ法を唱えつつ宗田氏の背中をやさしく
「…………ふう、だいぶ楽になってきた、ありがとう莉緒ちゃん。世話をかけるね」
「これくらい世話のうちに入らんし~。気にしないでいーよ」
といいつつも、まんざらでもない様子で笑顔を浮かべる相原。そもそもマッチポンプのように思えるが、俺の気のせいだろうか。
そうしてしばらく宗田氏が呼吸を整えていると、女性の看護師さんがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。彼女は俺たちの前で立ち止まり、丁寧に頭を下げる。
「宗田様、ご歓談中のところ恐れ入ります。そろそろ定期検査のお時間なのですが、どうなさいますか?」
「おや、検査は今日だったのか。すまないね、すっかり忘れていたよ。……莉緒ちゃん、松永さん。そういうことだから、私はこれにて失礼するよ。飲み物の味はよくわからなかったけど、なんだか久しぶりに楽しめた。よければまた老人の相手をしてくれると嬉しいよ。ではね」
そう言ってベンチに立てかけていた杖を手に持ち、立ち上がろうとする宗田氏。すかさず看護師さんが寄り添うのはさすがだ。
「ん……?」
だが、宗田氏は杖を握って腰を浮かしかけたところで、そのまま動きを止める。
「宗田様、いかがなさいましたか?」
「いや、なんでもない」
宗田氏はすっくと立ち上がると、そのまま杖も使わずに歩き出した。慌てて看護師が駆け寄る。
「あ、あの、宗田様。お足のお具合は……?」
「ああ、今日は調子がいいみたいだ。若者と触れ合ったお陰かな――」
そうして宗田氏は看護師に付き添われながら中庭を後にした。
俺はその背中を見送った後、相原に尋ねる。
「――今のどう思う?」
「んえ? どう思うって……あっ!」
相原は目を見開き、口元を両手で覆うと――
「――お小遣い貰うの忘れてた……」
と、がっくり肩を落としたのだった。
――その後も俺たちはVIP病棟内を練り歩き、ポーションの無料配布に勤しんだ。
だが結局、相原のアホまるだしの作戦は宗田氏にしか通じず、彼女の他の知り合いの老人たちからはやんわりと断られることになった。
まあ普段から健康には人一倍気をつかっていそうだし、不審な飲み物なんて飲まないよね。通報されなかっただけマシだったとも言える。
とはいえ、これは俺が付いてきた影響もあると思う。俺のような見ず知らずの人物が隣にいれば、警戒心が強まるのも仕方がないことだ。
むしろ宗田氏はよく飲んでくれたなと思ったのだが、あの人はすでに自分の死期を悟っていたようだったし、半ば投げやりだったのだろう。
だがそんな彼に飲んでもらえたことこそが、最良の結果に繋がる――そのような予感を俺は心の中で抱いたのだった。
ちなみに、今回の結果にはさすがの相原も少々落ち込んでいたのだけれど、俺が反省会の名目で病院近くのファミレスで安いケーキを奢るとすぐに調子を取り戻した。チョロいヤツで助かる。
◇◇◇
そうして夕方になり、俺は相原と別れて帰宅。
伊勢崎さんに預けたコリンはどうなったのか。俺はひとまず伊勢崎邸へと向かったのだった。
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