99 料理道

「え? なにかな伊勢崎さん」


「もしかして……こちらの小さなコンロを買われるおつもりなのですか?」


「うん。そうしようかなと思ってるんだけど」


「そっ、そんな! それでは私の計画が……」


 なにやらショックを受けた表情で伊勢崎さんがボソボソとつぶやく。


 彼女は突然キョロキョロと周りを見回すと、俺の選んだ物とは別の魔道コンロを指差した。火口が三口もある立派な魔道コンロだ。


「あの、おじさまっ! こちらの魔道コンロにしませんか? 火口が多くてとても便利そうですわ!」


「うーん、うちのコンロってもともと一口なんだけどさ、これまで一口で困ったことは特になかったんだよね。だから別に一口でいいんじゃないかな」


 まあコンロを置くスペースはキッチンに十分あるし、あの立派な魔道コンロも置けるだろうけど。でも使わない物にお金を使うのもなんだかな――


 などと俺が腕を組みながら考えていると、伊勢崎さんが俺に顔をグッと近づけ、真剣な顔で言葉を重ねていく。


「いいですか、おじさま? おじさまは今後の食事は魔物肉をメインにしたいとおっしゃっていたではないですか。ですが今のおじさまの調理環境で単純に焼いたり煮たりしているだけでは、近いうちにきっと飽きてしまいますわ。ですから料理のレパートリーを増やすべきなのです。そしてそのためには、大きなコンロを使うことができる環境が必要だと私は思うのですわ!」


「そ、そうかな? まあ言われてみれば……」


 食費を減らすためにも、なるべくこちらの通貨で買える魔物肉を食べていきたい。しかしいくら美味い魔物肉とはいえ、たしかに単調な料理なら飽きるかもしれないし、火口が一つだと手間のかかる料理は作りにくい。


 そう考えると伊勢崎さんの話には説得力がある気がしてきた。小さいコンロを買おうとした俺に伊勢崎さんが驚くのも無理はない。


「よし、それじゃあこっちのコンロを買うよ」


 ちらっと値札を見ると、三口の魔道コンロは250万G。結構な値段はするけれど、料理のレパートリーを増やすための初期投資と考えよう。


「うふふっ。お買い上げありがとうございます、おじさま♪」


 そしてなぜか上機嫌に笑みを浮かべてお辞儀をする伊勢崎さん。君はここの店員さんじゃないよね?


 そんな伊勢崎さんは顔を上げると、今度はフロアの一角を指差した。


「さておじさま、次はあちらの魔道冷蔵庫をご覧になりませんか?」


 俺も魔道コンロの次は魔道冷蔵庫を見ようと思っていたので異論はない。俺と伊勢崎さんはライアスを呼んで魔道コンロの購入を伝えると、お先に魔道冷蔵庫コーナーへと足を運んだ。


 そしてここでもやはり伊勢崎さんのオススメは、大きな魔道冷蔵庫。


 俺としては『収納ストレージ』があるし、食料を保存するのなら今までと同じ小さめサイズ冷蔵庫で構わないと思っていたのだが、伊勢崎さん曰く――


「『収納ストレージ』では冷蔵庫のように冷凍や冷蔵ができませんわ。冷やすというのはお料理には欠かせない要素です!」


 ――とのことだ。伊勢崎さんオススメの大型魔道冷蔵庫の価格はなんと450万G。


 色はグレーで統一された、なかなかクールなデザインの魔道冷蔵庫で、こちらにも『シャグナ』と銘が彫られていた。売れっ子の職人さんなんだろう。


 この魔道冷蔵庫は大きく奥行きも広いだけでなく、日本の冷蔵庫と同じように冷凍と冷蔵、さらに野菜室まであるのが伊勢崎さん的には高評価のようだ。


 俺的には自動製氷機がついてないところだけは残念なのだが、どの魔道冷蔵庫にもついていなかったので諦めるしかない。まだそこまで技術が発展していないようだし、今後に期待だね。


 結局、俺はまたしても伊勢崎さんの熱意に後押しされ、大型の魔道冷蔵庫を購入することになったのだった。俺には今の伊勢崎さんが、まるで商魂たくましい家電量販店の店員さんのように見える。


 ちなみに本物の店員さんであるライアスは、俺たちを離れた所で眺めながらホクホクとした笑みを浮かべていたよ。



 そうして高級魔道具の二点の購入が決まって少し落ち着いた頃、伊勢崎さんは俺の前に立つとなんだか言いにくそうにもじもじとしながら口を開いた。


「……あ、あの、おじさま? 私もここまで差し出がましいことをしたからには、何もしないわけにはいかないと思うのです。ですから……私がおじさまのお家にお邪魔して、お料理をお教えしたいと思うのですが、構いませんか?」


「俺の家で伊勢崎さんが料理を? それはさすがに悪いよ」


 この買物の付き添いもそうだが、伊勢崎さんにはいろいろとお世話になっている。これ以上、若い女の子の時間を俺のようなおっさんの世話に浪費させるのは申し訳ないだろう。


 しかし伊勢崎さんは俺の言葉をスルーしてキッパリと言い放つ。


「私はお婆様にお料理を仕込まれておりますので、僭越せんえつながらおじさまよりもお料理の腕だけは自信があります。なにより高価な魔道具をご提案した責任というものがありますわ。ですから、どうか私におじさまのお手伝いをさせてくださいませ」


「いやいや、責任だなんて。そんなの伊勢崎さんは気にしないでいいんだよ」


 一度購入を決めてしまえば、安物買いの銭失いになるよりかはいいんじゃないかと思えてきたもんな。しかしそれでも伊勢崎さんは食い下がった。


「で、でしたら、お料理をお教えしたときには私にも食事のご相伴にあずからせていただけませんか? 私にも利点があるのでしたら、おじさまもお気が楽になるでしょう?」


「うーん……。でも魔物肉なんかでいいの?」


「もちろんです! 実は私、魔物肉大好きですから! すごくすっごく……すごい好きです! 魔物肉のためにおじさまに教えると言っても過言ではありませんわ! ええ、実はそうなんです! 今すぐ魔物肉にかぶりつきたいくらいですわ!」


 なんだかものすごい勢いで伊勢崎さんが言う。そんなに魔物肉が食べたかったのかな。顔が真っ赤だし、相当魔物肉に入れ込んじゃってるよコレは。


 そこまで好きだったとは知らなかった。それなら別に魔物肉をいくらでも分けてあげてもいいのだけれど……そういうのは伊勢崎さんも嫌だろうな、うん。


 よし、それならご厚意に甘えてしまおう。


「わかったよ。そういうことならお願いするね」


 そう言ってぺこりと頭を下げた俺に伊勢崎さんは、


「はい、お願いされましたわ!」


 と、満面の笑顔で答えたのだった。



 ◇◇◇



「次はあちらに参りましょう? おじさま♪」


 俺が料理を教わることが決まり、別のコーナーを指差しながら上機嫌に前を歩く伊勢崎さん。


 浮かれたようにスキップ(らしきもの。彼女は運動が不得意なのだ)をズンダダズンダダと踏みながら、「なんとか計画通りになりましたわ~♪」とつぶやいたのが聞こえたんだけど、そんなに魔物肉が食べたかったのかな。そういえばお見舞いの日以来おすそ分けはしていなかったよ。


 そうしてウキウキの伊勢崎さんと共に、俺は魔道具を買い進めた。


 大きな買い物は魔道コンロと魔道冷蔵庫くらいだけど、他にもいくつか買った。


 例えば、光は弱いけど間接照明くらいの使い道はあるだろうと魔道ランタン。燃費はよくないらしいが魔力を込めれば少量の水が湧く魔道水筒。見た目は地球の家電にある、羽のない扇風機にそっくりの魔道送風機。冬に備えて魔道ストーブを買ったりもした。


 魔道具以外にもソファーやベッドなんかも買い替えようと思ったのだけれど、高級感にあふれすぎて失礼ながら榛名荘マンションの自宅にはあまり合いそうになかったので、こちらは断念した。



 こうして楽しいショッピングが終了。高額品の購入に顔が緩みっぱなしのライアスとも別れの言葉を交わし、俺と伊勢崎さんがレイマール商店から外に出た――そのときだった。


 突然目の前に馬車が停まり、扉が開いたかと思うと突然人影が飛びかかってきたのだ。


「お姉っ……イセザキー! 会いたかったですわーー!!」


 レヴィーリア様の来襲である。

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