ep.30 富沢伊右衛郎、おまえ口がクサいな!

 「なんや、珍しい犬やないかい。ニンゲンのおなごみたいな長い髪しとるで。大人しいやさかい、お宅がちゃーんとしつけとるっちゅうことやな」


 伊右衛郎がしたり顔で、ルカの横で座っているマイキ(犬)へと見やる。


 その表情は、まるで目当ての女でも見つけたかのよう。

 シベリアンハスキーにしては珍しい、長い頭髪をもったその大型犬は「何か」を察した様で、僅かに姿勢を低くした。なお、伊右衛郎は犬へ近寄ろうとする。

 「なに、そない怖がらんでええ。自慢の逸材に、傷を付けたりはせえへん」


 今のマイキは犬に変身しているので、人間語は話せないが、ルカには十分に伝わるのだ。

 ――この男、あやしい。

 と。

 「あの」と前置き、今度はルカが咄嗟にマイキを手にとり、鋭い目でこう訊いた。


 「そちらのご家族は? 差し出がましいようですが、今回は愛犬同士の顔合わせも兼ねて、社長にお会いしてもよいときいていますが」

 「――あ? 愛犬やと?」


 突然、伊右衛郎のトーンが下がった。ルカは動揺を隠しつつ、更に続けた。


 「はい。そちらにも自慢の犬がいる、と聞いたので、この子を連れてきたのですが」

 その通り、リリーの手紙にも書いてあった。すると伊右衛郎は肩を落とし、サングラス越しルカを上目で見つめる様に、こういう。

 「あー、なるほど。確かに、ワシの口から『いる』いうたわ。せやけどな、そない意味の『いる』ちゃう。わが社にとって、自慢できる犬が『る』いうたんや」


 シュルシュルシュルー!!

 「!?」


 正に一瞬の出来事だった。マイキを持っていたルカの手が、どこからか伸びてきた豆の木のツルに絡めとられ、マイキから引き離された。

 「うわっ!」

 ルカの体ごと、ツルの力でソファーの上へと引っ張られる。

 「ワン! ワンワン!!」

 マイキがすぐに吠えた。が、瞬時にマイキの全身をまた別のツルが巻きつく。

 1人と1匹、伊右衛郎が唱えた植物魔法により、呆気なく拘束されたのであった。


 「ワッハッハッハ! 犬を連れてまで、ワシに会いたい言うたのはおんどれやで? あの犬は、今日からワシのものや。せいぜいこうなった自身の愚かさを恨むこっちゃ」

 「くっ…!」

 悪の本性を現し、高笑いをする伊右衛郎を前に、ルカが拘束されていないもう片方の手をツルで拘束された手に重ねた。そして、その場で「にんにん」のポーズを取ろうとし…

 ガシッ

 「なっ!?」

 またもう1束、どこからか生えてきたツルにもう片手を絡めとられ、大の字のように手足が引っ張られたのであった。まさかのカサブランカ発現失敗。

 ルカが痛そうに声を上げる。これ以上両腕を引っ張られては、千切れそうだ。

 「ガルルルルルル…!!」

 一方で、マイキも犬なりに抵抗しようとするが、魔法で生み出されたツルはとても頑丈。大型犬の噛みつき程度では、少しの傷がつくだけで一向に千切れる様子はなかった。


 「おんどれ。大会に使つこてた百合の花が、実はインチキやっちゅう事も、全てお見通しや。観客と審査員は絶賛しとったが、所詮はワシの足元にも及ばへん、ガキのお遊びやな」

 「うるさい! 人から愛犬を奪うなんて、よくもこんな卑怯なことを!!」

 「なんとでも言うがええ。次の客人をもてなすここを、赤に染めとうないねん。ほな」


 質問の答えになっていない。

 伊右衛郎は次の瞬間、邪悪なオーラを放った左手から、指をパチンと鳴らした。



 刹那。ルカの足元から、ポッカリ丸い穴が開く―― 落ちたら助からない大海原。


 同時に、ルカの四肢からツルが消滅。彼の身体は、呆気なく床下の空中へと放り出された。

 「うわあああー!!!」

 落下するルカの視界には、伊右衛郎の左手首から覗くチャームが、陽の光に反射して輝いていた―― それはまるで、粒になるまで遠くなっていく、ルカの名を叫んでいるかのよう。




 ファサ




 そのとき。ルカの胴体が、何かに掴まれた。

 急に体が軽くなった様な気がした。


 ルカは、きつく締めていた瞼を開く。すると―― 自分は、落下途中で抱えられている。


 「なんとか間に合った」

 そう溜め息まじりに呟くのは、間一髪でルカを掴み、抱きかかえているマニー。

 そう。ルカは大海原に全身を打ち付けられる寸前、飛行中のマニーに助けられたのだ。



 「マ、マニーくん… うぅ…!!」

 ルカは途端に嗚咽をあげ、マニーの胸中に顔をうずめた。

 「ぼく… マイキさんを、犬の姿のまま、ヤツの魔法で引き離されて… さらわれて…」

 「あぁ、そんな事だろうと思ったよ。すごく嫌な予感がして、こっちへ飛んで戻ってきた甲斐があった」

 「ご、ごめんなさい~…! ズッ 僕が、至らなかったばかりに…!!」

 「ルカは自分を責めなくていい。マイキは幻惑の使い手だ。変身だけでなく、相手の気が緩んでいる隙にニセの光景を“魅せ”、翻弄させ、そして逃げるのを得意としている。


 でも、早めに助けに行かないとだな。あの男の気が変わらないうちに――!」

 「マニー! ルカ!」


 背後から、今度はアグリアに跨っているリリーの声がかかった。

 アグリアの魔力により、空中に虹の橋がかかっている。ともにアガーレールの大陸へと撤退している途中であった。リリーの表情も、先の光景のせいか少し青ざめていた。

 「よかった… ルカが落とされる姿が見えて、急いで走ってきたんです。マイキさんは」

 「マイキは富沢に攫われた。急いでこのことをアゲハに報告し、編成を立て直すぞ!」

 「っ… はい!!」


 リリーが頷き、アグリアに繋がっている手綱をパンと叩き落とした。

 アグリアはいななき、更にスピードをあげて駆け抜ける。マニーも周囲に無数のモルフォを携え、泣いているルカを抱えながらフェブシティを後にしたのであった。




 ――――――――――




 とりあえず、敵が追いかけている様子はナシ!

 虹の橋も、道中からフェブシティとの繋がりを絶っているので、足跡を辿られる事はないだろう。だが、その敵陣に再び突入しなくてはならなくなった。

 チャーム奪還とマイキ救出、ダブルで任務を遂行するべく、僕たちはメンバーの再編成を行った。


 まずはルカが、精神が落ち着いてきたところで、内部の状況を説明した。

 その説明された部屋の間取りを、得意分野の絵で紙に描いていくのがヒナ。

 それらを見聞し、僕達に役目を振り分けるのがマニーだ。彼はフェブシティの機械事情を知り、見てきた上で、次の作戦を立てたのである。


 「目的は、富沢からチャームを奪うこと。そのためには、ヤツが権力で使役している『機械』を、最前線に立つアキラが魔法でぶち壊し、草攻撃はリリーのガラスでぶった斬っていく。その間に、キャミは召喚獣達とともにマイキを連れて脱出。ヒナが描いたこの間取りから、その方法が一番合理的だ」


 「もし、途中で失敗したら?」とキャミ。マニーはなおも冷静である。

 「俺がおとりになる。どちらにせよ、その隙にチャームを奪還さえすれば、富沢は今までの様な威厳を振る舞えなくなるだろう。ルカは、アゲハ達の元で休め」

 「…はい」

 と、ルカが覇気のない表情で頷く。隣にいるマリアが、彼を激励した。

 「大丈夫だよ♪ もし敵がここまできても、私がとっちめてやる。王宮の護衛は任せな」

 なんて姉御な発言に、アゲハ達が「心強いね」と相槌を打った。


 フェブシティへの突撃編成は、マニー、キャミ、リリー、そして僕の4人で決まりだ。


 マイキさん。そして、封印されしカナリアイエロー。

 今助けにいくから、そこで待っていてくれよ!




 【クリスタルの魂を全解放まで、残り 19 個】

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