SEQ4――白銀の罠――5/5

「が………ッ」


 カウンターでナイフを振るおうとした俺の右肩が刺され、さらには喉元に切っ先が突きつけられている……っ!

 右肩を押さえる。腕は動かせるが、痛みと出血がひどい。


(今のは……)


 俺がナイフで剣を受け流した事、右肩を刺された事、喉元に剣を突きつけられた事……この3つの事は、一連ののようだった。

 左右の肩と喉で、三角形の頂点を描くような技……『三角突き』といったところか。


「ティランゴーロ・ストッカータ……出し惜しみなく使わせてもらった」

「技の名前を教えていいのか?」

「どのみち、見せればタネは知られる」


 技の動きを見抜いた事を、見透かされている。

 三連突きトリプロよりもスピードは劣るが、三角突きティランゴーロは敵が横に避けても攻撃を当てる事ができる。

 速度の三連突き、確実性の三角突き。2つを使い分ける事で、敵を仕留めるというワケだ。

 しかし、タネが分かったところで状況は覆らない。

 突きつけられた剣をどうにかしなければ。


(一か八か……)


 両手を挙げて降参するフリをして、ナイフで横から剣を叩く。

 トリケラがちょっとでも剣を押し出せば、俺の喉は深々と傷つけられるが――


「……ッ」


 苦々しい顔になったトリケラは、剣を引く素振りを見せた。


(これなら……ッ)


 トリケラが剣を引く途中、俺のナイフが剣を横に弾き逸らす。剣が支柱に当たり、火花を散らした。

 トリケラが剣を構え直す前に、トンッ、トンッ。と、バックステップで後退する。

 やはり、トリケラは俺に致命傷は与えられないんだ。殺さず捕えるために。だから、剣を引いた。


「……運ぶのが面倒になるが……腕か脚の1本や2本、動かせなくしてやる」


 トリケラが、藍玉アクアマリンのような緑青色の眼を鋭くさせた。

 強烈なプレッシャーが、その体から発される。

 殺すまではいかなくても、戦闘不能になるには十分な深手を負わせるつもりらしい。

 次が最後の攻防になりそうだ。こっちも、出し惜しみなんてしてられない。


雷電らいでん……」


 ナイフを逆手に持ち直した俺は、トリケラには聞こえないような小声で技名・・を呟いた。

 腰を落とし、ナイフを腰の高さで構える。

 俺の構えを怪しんで、怪訝けげんな顔をしたトリケラが仕掛けるよりも先に、俺の体は動き出していた。

 三連突きにしろ、三角突きにしろ、出されたらカウンターは難しい。だから、トリケラが技を出す前に決着を付ける事にした。

 まずは、あえてトリケラが剣で防御しやすい位置を狙ってストームを撃つ。

 剣で銃弾を弾き飛ばせるトリケラは、俺の読み通りに剣で銃弾の軌道を変えた。

 そうしてトリケラの突きを牽制けんせいしつつ、ヤツの首めがけて逆手斬りを放つ。

 だが、これもフェイントだ。防御のために、手甲ガントレットで頭をカバーしたトリケラの横を素通りし――身をひるがえして、ナイフを振り下ろした。


「ウオオォォッ!」


 振り返ろうとするトリケラの右手に、ナイフを突き立てる。

 ナイフは手甲を貫通しなかったが、何も問題はない。

 体重を乗せた一撃で、トリケラの手から剣を落とさせる。それこそが、俺の目的だった。

 始めはトリケラも耐えていたが、ダメ押しにストームの連射を右手に浴びせてやると……


「くっ……」


 ついに、トリケラの手から剣が離れた。

 カランッ……とコンクリートの床に落ちた剣を蹴り飛ばす。

 トリケラは、右手を押さえてひざまずいた。俺の攻撃をらったせいでしびれているらしい。


(よし、上手くいった)


 『雷電』は、花村家に伝わる剣術の1つだ。

 本来は逆手に持った刀を脇構えに構えて、突進しながら横一文字に斬りつける……と見せかけて敵の背後に回り、背中に刀を突きたてる技だ。

 雲を横に走る雷が、縦に地上へと落ちる。その様子にたとえた名前になっている。

 また、一般的な名詞を使う事で、一族以外の者には分からないようにしているらしい。


「俺の勝ちって事でいいかな?」


 ナイフをしまい、代わりに手錠を取り出して――片方をトリケラの左手に掛け、もう片方を支柱と繋ぐ。

 本当は利き手の右手を封じるべきなんだろうが、まだ痺れているようなので左手してあげた。


「花村景介……貴様、強いな。どうりで……」


 どこか納得したような雰囲気で、顔を上げたトリケラが――


「だが、甘い!」


 ――手錠の掛かってない右手で、後ろ腰に隠していた拳銃を抜き、引き金に指を掛けた。

 しかし、後ろに回り込んだ時に拳銃の存在には気付いていたので、冷静にストームの照準を合わせる。

 今からやろうとしている技には、『火突かとつ』という名が付いている。簡単に言えば、銃弾に銃弾をぶつけて軌道をらす技だ。

 元は弓矢で行っていたから、やじり同士が衝突した時に火花を散らす事があったらしい。だから『火』という文字が使われた。

 父さんはそれを現代風に、『クラッシュ』なんて名付け直した。まあ、母さんはわざわざ英語にするのがイヤで『銃弾撃ち』って呼んでたけど。


(いくぞ……銃弾撃ちクラッシュッ!)


 カキン――ビシッ。

 俺のストームと、トリケラの拳銃――ベレッタ・M3032トムキャット。小型のオートマチック拳銃――からほとんど同時に放たれた銃弾は、俺の弾がトリケラの弾に下からぶつかる角度で衝突した。

 空中で激突し火花を散らした銃弾たちは、それぞれ軌道を変えられ――1つは俺の頭上を通り過ぎ、もう1つはトリケラの足元のコンクリートに弾痕だんこんきざんだ。


「な……」

「君も、今まで戦ったの中じゃ一番だったよ。美しい剣士さん」


 驚きの表情で固まったトリケラから、トムキャットを取り上げ、弾倉マガジンを抜き、薬室チャンバーからも銃弾を排出する。


「フンッ……そうやって榊原ライラも口説いたのか?」

「……どういう事かな?」

「日本語では、『キザ』というのだろう? 貴様のような男を」


 キザ……。

 自覚はないのだが、昔からたまに指摘される。

 どうも、テンションが上がっていたり、逆に緊張状態から解放されると言い回しがヘンになるようなのだ。俺は。

 そして、テンションの上下が激しい戦闘中は、戦いに集中している事もあって、気付かないうちにキザったらしい口調になっている時がある……らしい。


(と、そんな事はどうでもよくて……)


 他に武装はなさそうなトリケラは、それでもまだ何か奥の手を隠しているような雰囲気があったが。鈴音の容態をるために一旦放置する事にした。

 鈴音に近付き、手を縛っていた結束バンドをナイフで切ってやる。

 力なく俺にもたれてきた鈴音を支える手に、力が上手く入らない。モードBが切れ、モードAに戻ったようだ。

 まだ鳥女や他の仲間が残っているかもしれないってのに……最悪のタイミングだな。早いとこ、鈴音を連れて逃げないと。


「鈴音、起きろ。鈴音!」

「うぅーん……」


 脈や呼吸に異常はなかったので、肩を揺らして呼びかけると、鈴音は目を開けた。


「ケイくん……? あ、ケガしてる……」

「俺の事はいいから。大丈夫か? 攫われた時の事を覚えてるか?」


 鈴音が弱々しく首を振った。

 意識を失った人間は、前後の記憶を欠落しやすい。


「ケイスケ、トリケラを倒したのね」


 ライラの声がしたので、そっちに顔を向けると、髪を整えながら歩いてくるライラが見えた。

 よかった。これで一安心だ。ライラがいれば、俺がモードBじゃなくてもなんとかなる。


「遅かったな」

「カメラとドローンの操縦者をさがしてたのよ。見つからなかったけど。ムカついたから、カメラを全部壊してきたわ」

「その時間があったなら、もっと早く援護にきてほしかったぜ……」

「退路確保のためよ。文句あるの? 鳥女も見当たらないし、まだ安心はできないわ。とりあえず、鈴音を安全な所へ移しましょ」


 そんな遣り取りをしつつ、鈴音に向き直ると――


(は……?)


 ――座り込んだままの鈴音が、見た事のない凶悪な笑みを浮かべ、拳銃を握っていた。

 銃口がライラに向けられている事に気付いた時にはもう、鈴音がトリガーを引いていた。

 俺は咄嗟に射線に割り込み、赤熱した銃弾を、ドンッ、という強い衝撃と共に鳩尾みぞおちに受けた。


 う、撃たれた……っ!

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