SEQ4――白銀の罠――3/5
GPSの位置情報は、港区六本木の一画を示していた。
港区といえば、東京の中でも特に栄えている街の1つだ。その中の六本木は繁華街というイメージが強いが、オフィスビルの立ち並ぶエリアでもある。
(ビル……)
ロードスターで位置情報の地点まで移動する中、亀戸の廃ビルでの戦いを思い出していた。
トリケラが屋上で奇襲を仕掛けてきたワケだが、問題なのは鳥女の方だ。直接戦闘に参加してなかったが、空を飛ぶアイツにとって高所は有利な場所だろう。
それに、トリケラは最初、俺がマンションの部屋を出たところで襲撃してきた。俺の部屋は5階にあるんだから、あれも高所といえば高所だ。
鳥女が常にトリケラを援護できるように、ヤツらはいつも高所で戦おうとしているんだとしたら……
いま向かっているのは、まさにビル街。ヤツらにとって有利な場所に、俺たちは
「なあ――」
「今更、罠だなんて言わないでよ。罠だとしても、行くしかないの。もう近くまで来てるし」
助手席に座るライラに促され、ロードスターを路肩に停める。
そして、真横の
「ホントにここか? GPS、狂ってるんじゃないか?」
「間違いないわよ」
ライラが携帯で見せた位置情報は、確かに目の前の工事現場と重なっている。
「じゃあ、ここにヤツらが?」
「そうみたいだけど、車も見当たらないわ」
「ていうか、こんな所を拠点になんてできないぞ」
だが、降りてすぐにおかしなモノを見つけた。工事現場と歩道を仕切る簡易壁に、ジップロックが貼りついているのだ。
「これは……」
接着剤でくっついているらしいジップロックには、直径2㎝ほどの小さな機械が入っている。
指紋など残ってない事は百も承知だが、毒物の塗布を警戒してハンカチでジップロックを取る。
中身の機械をよく見ると……
「GPS……」
「やられたわね。完全にからかわれてるわ」
考えていた通り、俺たちは誘き出されたらしい。マズい状況だ。
狙撃や爆弾、どんな攻撃が飛んでくるか分かったものじゃない。
「早くここを離れよう」
辺りを――特に高所を――見回しながら、ロードスターの車内に戻る。
エンジンを始動させた時、ライラの携帯に着信があった。
「鈴音からだわ」
今は鈴音と話しているどころじゃないが、アイツが二重尾行を手伝っていた事が引っ掛かる。
目配せすると、ライラはオンフックで電話に出た。
「もしもし? どうかしたの?」
『貴様の
この声は……っ!
「トリケラ……」
そう呟いたライラが、助手席からセレクトレバーを
『フフッ……
やられた。
俺たちが罠に掛かる事は考慮していたが、鈴音が人質に取られるなんて思いもしなかった。
「鈴音はどこ?」
『彼女を返してほしければ、研宮学園のC棟に来い』
研宮学園……だと?
なぜ、そんな所に……?
「鈴音は無事なんでしょうね?」
『来て、確かめるといい。タイムリミットは1時間後だ。遅れるなよ』
プツ、ツー、ツー……
トリケラが、一方的に電話を切った。
「ケイスケ!」
「ああ!」
アクセルを踏みつけて、来た道を戻っていく。
「ライラ、GPSを仕掛けたのはお前か? 鈴音か?」
「鈴音よ。車まで尾行したのも鈴音。観光客のフリをしてたトリケラを見つけたって言うから、そのまま追ってもらったのよ」
「その時は別々の所にいたのか?」
「そうよ。事前に伝えてたトリケラの特徴に合うヤツがいるって、鈴音から連絡があったの。写真付きでね」
ライラが携帯で表示した写真を見ると、黒いレインコート姿でも簡易的な甲冑姿でもない、紺のデニムスカートとベージュのシャツを着て人込みに紛れるトリケラが写っていた。
長い三つ編みの髪は健在で、パッと見ただけでは観光に来た外国人にしか思えない。
「次に連絡があったのは、GPSを取りつけた時よ。学校で合流して、この携帯でも位置情報を取得できるようにしてもらったの」
横目に見えるライラの表情は、鈴音を巻き込んだ事への罪悪感が
「俺を連れてきて正解だったろ? 最悪の場合は、俺が鈴音の身代わりになる」
「……そんな事にはならないわ。あたしがついてる限りね」
そう言ったライラの目は、力強く細められていた。
閉じられた校門の前に、ロードスターを停める。ここからは徒歩だ。
ロードスターのドアノブに手を掛けた。その時――
(うっ……くそっ……こんな時に……)
――俺の手が震え出した。
これまでで一番ひどい震えだ。ノブを掴む事さえできず、ドアを開けられない。
「なにモタモタしてんのよ」
一足先に降りていたライラが、外からドアを開けた。
俺は転がるように車内から出て、コンクリートの地面に両膝をつく。
「あんた、それ」
「大丈夫だ……すぐに治まる……」
言葉とは裏腹に、震えが止まる気配はない。焦りで、思考が満たされていく。
「止まれよ……止まれってッ」
呟きが、虚しく消えた。
祈るみたいに手を合わせる。ここまで来て、俺は……何をしてるってんだ……ッ!
「ケイスケ」
そんな俺の手を、ライラの細く白い手が包み込んだ。
「落ち着きなさい。あたしがついてるわ」
「ライラ……」
顔を上げて、ライラと目を合わせる。不思議と、震えが弱くなっていた。
ライラの導きで、立ち上がる。
「ほら、行くわよ。ケイスケ」
――カチッ――
「ああ、行こう。ライラ」
頭の奥底で、何かが切り替わる感覚がした。手の震えが止まり、焦燥感に支配されていた思考がクリアになっていく。
ロードスターのサイドミラーに映る俺の
スイッチが入った。モードBになれている。
「さ、アイツらを蜂の巣にしてやりましょ」
と、物騒な事を言ったライラを先頭に、夜の学校へ入っていく。
夜の学校には、独特の不気味さがある。俺も居残りで遅くまでいた事があるが、その時は電気をほとんど消されて、携帯のライト機能を使わないと足元が
遠目に見えているC棟も、電気が消されて真っ暗だ。
「どこにヤツらが隠れているか分からない」
「ええ、気を付けて進むわよ」
揃って拳銃を抜き、C棟に近付いていく。
C棟には、授業でも使われるコンピューター室の他に、ダンスレッスンルームなどの雑多な教室が並ぶ8階建ての建物だ。
年々増えているという芸能コース関連の教室を増やすために、5年ぐらい前に大幅な改装をしていた記憶がある。
「止まれ」
閉じられた出入り口の前に立った時、俺の携帯に着信があった。
「鈴音の携帯から……多分トリケラだ」
そう口に出してから、電話に出る。
『やはり貴様も来たな、花村』
どこかから、見られている?
辺りを見渡すが、ヤツらの影も形もない。
『
「鈴音はどこだ?」
『そう焦るな。そのまま左を見ろ』
トリケラに従い、左に顔を向けた。
そこには、灰色のシートと鉄骨に囲われ、タワークレーンが設置されたコンクリート剥き出しの建物がある。建設中の
電話越しに、トリケラが笑っているのが伝わってくる。
くだらないダジャレだぜ。まったく。
『貴様との勝負には、決着を付けておきたい。ふさわしい場所だろう?』
「鈴音はどうするつもりだ?」
『勝負中は手出ししない』
「……本当だな?」
『本当だとも。ただし、そちらは2人だ。ゆえに、こちらも2人で相手させてもらう』
「教えてくれるなんて、お優しい事だな」
『親切心ではない。警告だ。人質奪還など考えないで、おとなしく我々の軍門に下れ』
「断れば?」
『言うまでもない』
その言葉を最後に、通話が切られる。
「あそこに行くのね?」
ライラが指差したD棟は、俺たちのいるC棟出入り口からは100mほど離れている。
「ヤツらは、なぜあそこを選んだのかしら?」
駆け足でD棟に近付く中、ライラが訊いてきた。
「あれがD棟になる予定だからだろ」
「つまらない言葉遊びね。でも、それだけじゃないわよ。きっと」
「これは運転中に考えた事だから、どこまで合ってるか自信はないが……ヤツら、お前と鈴音が学校で合流したのを確認したんだ」
「
ライラの言葉に首肯で答える。
セオリーというか、常識から外れていて思いつかなかったが、鳥女なら上空から追跡する事もできる。ライラと鈴音のどちらにしろ、易々と尾行されても仕方がない。
「ここを指定したのは、学校内で拉致したからだと思う。生徒や教師がいるといっても、これだけ建物があれば死角は多い。薬か何かで眠らせた鈴音をどこかに隠していたんだろう」
「それなら、なんで敷地外に場所を移さなかったのかしら? 鳥女の能力を使えば、楽に移動できるのに。発見されるリスクを取ってまで、学校に留まったのはなぜ?」
「おそらく、鳥女の飛行能力には制限があるんだ。長時間飛んでられないとか、重量物を運ぶと移動距離や速度が落ちるとか」
「……聞いた事があるわ。便利で強力な能力ほど、消費する魔力は大きいって」
魔力か。
さらっと出てきた言葉だが、今から戦う相手が超常の存在だと意識させられる。
「作戦は?」
「D棟の内部構造が分からない以上、出たとこ勝負だ。勝てる算段があるとすれば、ヤツらの人数がそう多くないって事だな」
「どうして分かるの?」
「理由その1。トリケラは、俺たちを2人で相手すると言っていた。逆に考えれば、2人でしか相手できないという事の裏返しだ」
「その2は?」
「トリケラだ。アイツが戦闘も尾行もやっていたのは、それだけ人数が少ないって事さ。トリケラと鳥女と車の運転手……この3人だけかもな」
そんな会話をしているうちに、D棟に到着した。
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