1章 サイバー・フラット以上パンク未満

まもれ!畑の平和!

―――211X年 そこは科学技術が高度に発達した未来の世界。


体に違和感なく繋げられ、体の一部を人為的に好きな素材で作ることのできる【サイボーグ技術】。

既存の重さという概念すら、過去のものにする、星間移動さえ可能にした【重力制御装置】。

さらには、情報通信技術の発達は著しく、地上に存在するありとあらゆる情報は電子データ上に再現することが可能になり、そして、それに人類が直接的に触れることを可能にした【電脳化】技術は、人類にとって、爆発的な発展をもたらすことになった。


―――そして生まれる。アンドロイドによる反乱、制御不能なネットウィルス、重力装置の暴走。


おおよそ、人の叡智をあざ笑うかのような、無数の科学技術に由来する災害の数々は、間違いなく人類やその文化の転換期であることを感じさせるものであった。


そんな時代に、私という存在は産み落とされた。


錆臭い液体に満たされた合成ガラスのなかから目覚め。

生まれたばかりであるはずなのに、まるで数十年来のともにように馴染んでいる体。

頸部に接続された重々しいコードから分離されながら、私はこの大地に産み落とされたのであった。


『おはようございます。記念すべき№13600。お目覚めのほどはどうですか?』


おおよそ、生まれた時点で私に取り巻く事情をすべて悟った私は、このように覚悟したのであった。


―――よし、脱走するか……っと



◇◆◇◆



「ひゃっは~~!!どけどけぇ!!俺様は無敵の軍人サイボーグ、ケイリー様だぞぉ!

 死にたくないやつから、かかってこぉい!」


弾けるような銃声が響き渡る。

薬莢が舞い、火花がはじけ、無数の悲鳴が沸き上がる。


「危険な殺人ドローンはすべて排除!

 そして、くそったれなアンドロイドは、スクラップにしてやるうぅぅぅ!」


収穫用の農業ドローンが、義手付きマシンガンで撃ち落される。事切れたアンドロイドの頭を、軍用義足と鉄靴が力強く踏みつける。

もしここが戦場で、こいつが味方ならばそれはそれは頼もしい光景に見えたであろう。が、残念ながらここは住宅団地近くの、小型農場の中。つまりはこいつはどうしようもない、ただの気狂いであった。


「……っむうぅ!まて、貴様!

 それ以上近づくな、所属と階級を言え!」


そして、残念ながらことを穏便に済ませたかったが、どうやら話は簡単にいかなさそうだ。

ヘタにこれ以上暴れられても困るため、彼のセリフに適当に付き合うことにした。


「……こちら、チャレンジャー。

 軍属ではない、ただのしがない一般サイボーグですよ。はい」


「チャレンジャー?つまりは非正規の軍人か!

 軍マーカーがない一般市民まで、招集しているとは!

 っく、まさか戦況がここまで悪いとは……!!」


どうやらくそったれな暴走アンドロイドキラーとはいえ、最低限の理性的な何かは残しているようだ。

なればと、これ以上事を荒立せないためにも、一計を講じることにした。


「そうです、えーっとケイリー…中尉殿?

 じつは、すでにこの線上には撤退命令が出ておりまして、つきましては、一緒に後方までご同行願えると……」


「むぅ?それは本当か?

 まだこんなに、周囲のドローン反応もアンドロイド反応もあるのに!?

 それなのに、撤退命令とは、正気か!?」


「あ~、それは私は存じ上げませんが……。

 おそらくは、きっとこう、こちらの知りえない上の方の高度な政治的判断、みたいな?」

、みたいな?」


くっそ、どう考えてもダメ人間の暴走者の癖に、こういうときだけはやけに鋭い。

いわゆる狂人の洞察力というやつか?

そんなことを考えていると、突然目の前にいる軍用サイボーグは、涙を流し始める。


「……おお!そうかそうか、つまり貴様もか、貴様もなのか!

 っく!卑劣なアンドロイドめ!!また、罪のない一般市民の脳を乗っ取ったのだなぁ!

 すまん!名も知らぬ善良な市民よ、私が仇を取るぞおぉぉ!!!」


目の前にいるサイボーグの義手から、銃口がとびだす。

サブマシンガン相当の無数の銃弾が、もともと私のいた地面を大いに耕した。


「くぅ~~!すまん!一撃で仕留めきれなんだ!

 安心しろ!貴様は私がきっちり引導を渡してやる!!

 貴様を人殺しには、同胞殺しにはさせんぞぉ!」


突然の事ゆえ、周囲の箱の物陰に隠れるのが精いっぱいであった。

旧式とはいえ、自称軍用サイボーグ。

この簡易ジャミング装置だけでは、危険が危ない。

このまま暢気に隠れているだけでは、数分後、いや数十秒後にはハチの巣確定であろう。

流石にそんな未来は御免被るため、素早くハッキング用の端子を作動し、こちらから攻勢に入る。


「むぅぅ!こんな時にまた、アンドロイド軍の手勢かぁ!

 おのれぇ!邪魔をするなぁ!」


周囲に散乱していた農業用ドローンを、無理やりハッキングして動かす。

しかしながら、今回の農業用ドローンはただの害虫駆除や農薬散布用なため、武器になりえるものすら持たない貧弱機械。

いや、一応はやっかいな野菜泥棒の対策に小型のロケットランチャーがついていた。

なんでだよ。


「ぐおおおぉぉぉ!!!!

 おのれぇええ!!!アンドロイド軍めぇえええ!!!」


爆炎に包まれながら、そのサイボーグがゴロゴロと地面に転がる。

無数の毛の焼ける独特のタンパク臭と、サイボーグ用の甘いオイルの匂いが周囲に散漫する。

しかし、それでもこのサイボーグは原形をとどめ、元気に悪態をつく程度の余裕が見られる。

そうだ、あんな暴走状態でも軍用サイボーグはサイボーグなのだ。

旧式サイボーグのクソみたいな丈夫さと、それに付随する爆破耐性は並ではないのだ。


「でもま、それでもチェックメイトだ」


「ぬぐ、うぐおおぉぉぉ!!!

 やめろおおおおおお!!!」


転がりわめいている隙をついて、変形合金でできた第三の腕でそのサイボーグの首筋をつかむ。

旧式軍用サイボーグの特大欠点の一つとして、接触系電脳接続のセキュリティの甘さがあるが、今回は特にそれが顕著である。

爆熱を逃がすための放熱機構のすぐ横に、電脳へとあっさりつながる端子がついているのは、いろんな意味で時代遅れと言わざるを得ない。


「あば、あばばばばばば!」


かくして、このサイボーグは全身という全身から、様々な液体と蒸気を噴出しながら、その機能を停止させるのであった。





「む?殺してないのか」


「いやぁ、流石にただの日雇い仕事ですよ?

 そこまでするわけにいかないでしょ」


さて、暴走サイボーグを無事に鎮圧後、この畑の持ち主である今回の依頼人がこの現場へと現れた。


「まったく、もう二度と暴走しないから雇ってくれ~だなんて言うから雇ったのに。

 そのくせ、かかしの代わりもできないとは。

 これだから軍人はダメなんだ、特にサイボーグなんかに頼った軟弱者はな!」


畑の持ち主であるその中年の男が、その軍人サイボーグを踏みつけながら、そういった。

一瞬流石に、言いすぎかと思ったが、それでもせっかく厄介者を雇ったのに、その結果がこの荒れた畑と無数の壊れたドローン、そして、多数のアンドロイドの残骸ともくれば文句の一つも言いたくなるのだろう。


「それに……ああ、無数の罪もないアンドロイドたちがぁ!

 ううぅぅ、本当に済まない。私がこんなクズを雇い入れなければぁ!

 すまん、すまん!!くっそ、この、このこのぉ!この大量殺人者め!狂人め!!」


どうやら今回の雇い主は、それなり以上のアンドロイド容認派であったようだ。

確かにこの地区はアンドロイドに対して好意的な人が多いとはいえ、それでもまるで人のように、隣人以上に扱うのはそれなり以上にレアな存在だ。

こういうギャップがあるから、いろいろとわかりにくいんだよなぁ。


「……ふぅ、すまんな。少々見苦しいところを見せた。

 で、謝礼のほうは、チャレンジャー窓口のほうにきちんと振り込んでおくよ。

 さて、私は早速今からこの凶悪犯を適当なポストに突き出すつもりだが……君はどうするつもりだい?」


依頼人が、無数の作業機械を従えながら畑の修復作業をしているのを見つつ、ふと思い出したことがあったため、1枚の名刺をその依頼人に渡す。


「そのタイプのサイボーグだと、普通のポストだと受け取りまでに時間がかかりますよ。

 でも、この名刺を使えば、もう少し早めに仕事が終わると思いますよ?」


「む?そうなのか?

 私はサイボーグにあまりくわしくなくてな。

 ……ん?でもこの名刺に書かれている場所は……。

 いや、そうか。そういうことか!

 ふふふふ!君もなかなかにわかっている男ではないか!!!」


依頼人が何を勘違いしたのか、こちらの肩をバシバシと叩いてきた。

いや、別にこれには深い意味はないのだが。

ただすこし、自分の知り合いの屯所にこのサイボーグの処分を頼めば、最低限、命は守ってくれるだろうなぁという、考えのもとではある。

でもおそらくは、逆のことを考えているんだろなぁ。

その屯所の周囲の治安、世紀末だし。


「くっくっく!

 うんうん!君のことはチャレンジャー事務所によく言っておくよ!

 おおそうだ!これ、ちょっとした感謝の気持ちだ。

 受け取ってくれ」


そうして、無理やりポケットに押し込められるマイナー電子商品券。

バイオ玉ねぎ限定商品券とか、使いどころがよくわからないが、もらえるものはもらっておこう。

かくして、遠目に去っていくトラックと周りで働く無数の作業機械を尻目に、ため息とともに思わずこう愚痴をこぼすのであった。



「……やっぱり、異世界転生するなら、せめて中世風世界にしてくれ。

 まじで」


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