第155話 総力戦

「なるほど……それならいけるかもな。だけど」


 俺の作戦を伝えると、鎖垣さがきさんは真剣な顔つきで俺を見た。


「その作戦、一歩間違えたら危ないじゃ済まねぇ。覚悟はあるのか、芹田せりだ君」

「はい。これしかありません」


 俺は即答した。命を張るのは初めてじゃないし、俺が命がけで戦う時はいつも、傍に仲間がいてくれる。今回もそうだった。


「大丈夫です。はしくじったりしませんよ」

「そうか。俺は正直反対したいが……ゆっくり作戦会議してる時間なんてねぇしな。んじゃ行くぜ!」


 鎖垣さんは俺の足に片手を回してひょいと持ち上げる。


「全警備員の味覚と嗅覚を三十パーセント吸収……脚力と動体視力へ六対四で再分配!!」


 俺を抱えた鎖垣さんは、力強く地面を蹴って敵へ向かって走り出した。身体強化能力もいろいろあるが、鎖垣さんの能力は体内に働くタイプの能力だったらしく、俺が体に触れていても打ち消されなかった。


『何か新しい事をしようとしてるねぇ。やってみなよ』


 黒い多面体の上に生える人型をした黒い影は、両腕から生やした六つの電磁銃を鎖垣さんに向けていた。

 だが、弾丸が発射される直前、奴がいる空間上に黒い線がいくつも走り、銃が粉々に斬り刻まれた。岸華きしばな先輩の重力切断だ。立て続けに重力が乱され、黒い人影がグチャグチャに捻じれた。


 岸華先輩には、ドローンを撃墜する鏡未かがみの手助けをしつつ、敵本体に攻撃を加え続けてもらっている。

 敵は重力子信号を操って局所的に歪んだ重力場を発生させ、避雷針で落雷を逸らすように重力攻撃を受け流す。しかし、いくら敵が超技術の塊とはいえ、重力子制御に必要な情報量は決して少なくないはずだ。現に岸華先輩に攻撃されている今、リソースの大部分を重力子制御に割いているせいか敵はほとんど攻撃できずにいる。

 なので岸華先輩には、敵の足止めとして効かない攻撃を続けてもらっているのだ。


 コアが隠されているであろう敵の本体までは十数メートル。強化された鎖垣さんの脚力なら五秒もかからずに着くだろう。


 しかし、そう上手くはいかない。敵も俺達の狙いがコアであると分かったのか、武器化したナノマシンを装備したドローン達が一斉に鎖垣さんへ攻撃を開始した。四方八方から電磁銃が火を吹き、また鋭い刃が勢いよく伸びて来た。


「芹田君、しっかり掴まってろよ!」


 鎖垣さんは叫びながら、踊るように軽やかなステップで攻撃を避け続ける。ふわりと広がるリーフグリーンの長髪に攻撃が掠っているが、本人は気にもしていない。

 俺は鎖垣さんの首に手を回して、振り落とされないようただ必死にしがみついていた。すぐ傍で命を奪おうとする凶弾が飛び交っているというのに、頼れる大人が傍にいるという事実があるだけで、不思議と恐怖は湧いてこなかった。


「おっと、余所見は禁物だぞ? この僕から逃げられると思うなよ!」


 ドローンが俺達に集中している隙に、鏡未が生み出した砂岩の巨椀がドローン軍団を握り潰した。敵のナノマシンに負けず劣らず、鏡未が操る砂も変幻自在だ。砂粒の状態でドローンの内部に入り込み、内側で結合して砂岩になる事で回路を破壊できる。砂岩の刃は空を舞い、遠くのドローンをも撃墜してみせた。


「ハハハ! どんな科学も母なる大地の前には無力! そろそろ貴様の持ち駒も無くなってきたんじゃあないか?」

『そうかもね。じゃ、もういっちょ追加だ』


 ドローンの数が十機もなくなってきた頃。黒い多面体がまたも色とりどりに点滅しだした。まさか、まだドローンを隠し持ってるのか……!?


『待たせたね! の為のステージを始めようか!』


 そんな声が響いたのは、敵の中心からではなく、学園中のスピーカーからだった。学内ネットワークに繋がっている全てのスピーカーから、ボイスチェンジャーの不気味な声が聞こえてきた。


『気が向くままに叫び、激情を吐き出すんだ! 好き勝手に暴れちゃえ!!』


 直後、学園のあちこちから雄叫びのような声があがった。そして、悲鳴も重なった。四方八方から破壊音が聞こえ始め、爆発まで起きている。


「あの野郎、今度は何をしやがったんだ!?」

「鎖垣さん、アレ!!」


 俺が見たものは、炎を吐き出すバットを振り回す男子生徒だった。その傍には青く発光する球を握りしめて窓ガラスを溶かす生徒や、分厚い手袋の両手を叩いて爆発を生む生徒も。少なくとも二十人以上はいる。


星天学園うちの生徒が、暴れてる……!!」


 ほとんどが、見た事のない武器や道具を持っていた。手当たり次第に物を破壊したり、人を怖がらせて楽しんだり。中には『体育祭を永久に廃止しろ』や『陸上部にもっと休みをよこせ』などといった様々な要求を書きなぐったホログラムの旗を掲げ、集団の主張を大声で訴えかける者もいた。


 これだけの不良が一斉に動くなんて、簡単にはできない。少なくとも偶然ではないし、何の準備も無しに始められる事でもない。

 どういう方法かは分からないが、敵はずっと前から種を撒いていたに違いない。不満をくすぶらせる不良達を刺激し、誘導し、来たるべきタイミングで爆発できるように。


「子供達を手駒にしやがって……! ますます許せねえ!」

「鎖垣さん、今は進みましょう! 作戦を変える訳にはいきません!」

「いいのか、このまま放置しても」

「大丈夫です。不良を鎮圧する為ならランク戦以外での戦闘も大目に見てもらえるでしょうから、他の実力ある生徒に任せます。それに……」


 視界の端で、暴れまわる暴徒と上位ランクの生徒達が戦っているのが見える。その中で、数多の攻撃を貫く鋭い棘と、戦えない人達を守る大きな盾を見て、俺は自然と笑みを浮かべた。


「ウチの学園には、なんだかんだ頼りになる風紀委員たちがいますから」


 鎖垣さんは「分かった」と頷き、速度を上げた。鎖垣さんにしがみつく俺は改めて敵を見据え、唾を飲み込んだ。


 直径二メートルほどの黒い多面体とそこから伸びる影は、岸華先輩の重力攻撃で何十回何百回と破壊され、再生し続けている。本体の周囲では砂嵐のように黒い粒が吹き荒れており、本体を守るように渦を巻いている。それは金属の竜巻だ。今の状態で飛び込めば最後、肉も骨もズタズタに引き裂かれるだろう。


 成功すると信じていても、やっぱり緊張するな……


「芹田君、このくらいでいいか!」

「ありがとうございます!」

「後は頼んだぜッ!!」


 敵までおよそ五メートル。鎖垣さんは立ち止まらずに両手で俺を持ち上げ、下からすくい上げるように放った。強化された腕力によって投げ出された俺は十分な速度を得たまま走り出した。


『たかだか無効化能力者が一人、捨て身の特攻かい?』


 不意に大きな多面体が崩れる。無数の三角錐になってバラバラに散らばった黒い塊は、数多の武器に再形成されて俺を捉えている。一秒もあれば人ひとりを肉片に変えられるであろう機械兵器の群れが、俺の命を握っている。


『丁度いいや。さっきから鬱陶しかったんだよね、君』


 握っている、つもりなんだろう。


「奇遇だな。俺もお前が死ぬほど鬱陶しいぜ」


 駒の一つにしていた少年を正気に戻させ、その後の襲撃も凌ぎながら何となくその場に居続けている俺が、確殺圏内に入ったのだ。さぞ潰したいだろうな。

 さっきから終始遊び感覚で戦っているコイツなら、そうすると思っていた。俺が来れば、一瞬でも俺を狙って、防御無視の攻撃体勢を取ると。


 ――だから、ここしかない!


 剥き出しの銃口と刃の重圧を一身に受けてもなお、俺は足を止めない。人を殺せる黒い竜巻へ向かって踏み出す。

 その瞬間、屋上を見上げた。

 本校舎の上でこの瞬間を待っていた仲間に向かって叫んだ。


「今だ、ケン! ぶちかませッ!!」


 刹那、視界が青く瞬き。

 黒い影を引き裂く磁気嵐が、目の前で炸裂した。

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