第106話 犯行予告
「ちなみに聞くけど
「無いってば。最近は何もしてないんだから」
「まあ、夏休みだもんな」
「
「今更その話は無いと思うけど、どうなんだろ」
本校舎の風紀委員会室前まで来て、俺と彩月は最後の確認を取った。どうやらお互い何もしてないのに呼び出されたらしい。となると、お叱りとかじゃないのかもしれない。それだと気が楽でいいんだけどな。
「失礼します」
パネルに手をかざすと、両開きのドアが静かにスライドする。ひんやりとした冷房の空気が肌を撫でるが、その直後に鋭い視線が突き刺さった。
「遅いです。委員長をお待たせしているのですよ」
入室して真っ先にダメ出ししてきたのは、ドアのすぐ傍で立っていた深緑のボブカットの少女。左腕には風紀委員会の腕章がホログラムとして浮かんでいた。
「まあいいじゃない。時間は長く確保してあるからね」
そして、目付きも言葉遣いもトゲがある副委員長をたしなめる声は、部屋の一番奥から。
広さで言えば教室の半分ほどである風紀委員会室を見渡せるような最奥に位置する、事務用のデスク。それを挟んで向こうに座っているのは、赤黒い髪を長く伸ばした背の高い女性。
「話をするのは久しぶりだね、
彼女こそ、去年俺を風紀委員会へ勧誘してきた風紀委員長その人。
ゆったりとした声と落ち着き払った雰囲気が、言い知れぬ大物感を漂わせている。一年前に初めて話した時から、不思議な得体の知れなさを感じる人なのだ。
「お久しぶりです先輩。まさかまた勧誘じゃないですよね?」
「君が最近忙しくしてるのは知ってるよ。無理に引き込もうとはしないから安心して」
「なら良いですけど」
「席は空いてるから、気が変わったらいつでも言ってくれて構わないけどね」
諦めてないのかよ。
彩月と毎日特訓してる今の俺は一年前よりは確実に強くなってるだろうけど、まだ風紀委員会に入って足を引っ張らない自信は無い。誘われても丁重に断ろう。
「それと、君とは初めましてだね、彩月ちゃん」
机の上で軽く手を組んだまま、岸華先輩はくすんだ赤色の瞳を俺の隣へ向けた。
「私が風紀委員長の岸華壱糸だよ。噂は聞いてる――というより、転入してすぐに同級生をなぎ倒していったからね。君の強さは強烈に記憶してるよ」
「えへへー、もしかしてボクも勧誘されちゃうー?」
「ふふ、即戦力は大歓迎だよ」
「こんなの歓迎しないでください委員長」
すかざす副委員長のツッコミが入る。いつの間にか岸華先輩の隣まで移動していた彼女は、ため息を零しながらナイフのような視線を俺達に向けていた。
「片や発展途上、片や正体不明。それぞれ真逆の意味で使えない色物能力者ですよ」
「誰が色物だコラ」
「そーだそーだ! 流輝君は髪黒いしボクは白いもん! 色付いてないもんね!」
「彩月、そういう意味じゃない」
抗議の声を浴びても、副委員長のしかめっ面は動かない。
「こらこら、
……と思っていたのだが、委員長の穏やかな注意の声に、ピクリと眉が動いた。
「さっき話したでしょ? 二人は
「すみませんでした」
「相変わらず委員長に対しては素直なんだなぁ」
「……この黒い方の不届き者は捨てても良いでしょうか」
「だめだよ」
そして俺に対するヘイトが高いのも相変わらずらしい。これがクラスメイトだったらメンタル削れてたかもしれないけど、彼女は隣の組なのでセーフ。体育祭でも一応敵だし。
「とにかく自己紹介しないと。彩月ちゃんとは初対面でしょ?」
「……ええ、まあ」
岸華先輩にだけ従順な少女はちょっと間を開けたのち、俺達に向き直る。
「
「なんて上から目線……」
「ボクの方は自己紹介いらないかな? よろしくね薊ちゃん」
「出来ればトラブルメーカーのあなたともよろしくしたくはないですね」
「そんなぁ!」
素っ気ない態度に彩月もちょっとショックを受けていた。誰でもフレンドリーな彩月だけど、こうもあからさまに突っぱねられると傷付くらしい。さっきから七実酉、露骨に目を合わせようとしないし。
「挨拶する時くらい目を合わせた方がいいと思うぞ。社会常識的に」
「嫌です。私に命令していいのは委員長だけです」
「いや命令とかじゃなくて普通のアドバイスなんだけど……」
「私にアドバイスしていいのも委員長だけです」
めんどくせぇ。まさかここまで対話できないタイプだとは。
ここはその委員長様にさっさと本題に入ってもらうとしよう。
「それで先輩。俺達を呼んだ理由について聞いてもいいですか?」
「そうだね。問題は早めに解決した方がいい」
問題、と聞いて自分の体が若干強張ったことに気付いた。やっぱり風紀委員に関わる以上、穏便にとはいかないよなぁ。
「二人は風紀委員会の『匿名通報システム』は知ってるかな?」
「ええ、存在は知ってます。使った事は無いですけど」
各生徒に支給される学園端末に入っているアプリの一つに、風紀委員会が作成したメッセージアプリが存在する。
たまたま見つけたり巻き込まれたりしてしまったアブナイ事情を風紀委員会に報告したい、でも告げ口がバレたら酷い事になりそうだし直接話すのは怖い。
そう言った並々ならぬ事情を抱えた生徒からの声を聞くために、匿名で風紀委員会に情報提供が出来るシステムだ。
ちなみに学園端末の他にも、情報室や資料閲覧室にあるコンピューターなど、学園の様々な所から通報システムは利用が可能らしい。端末を紛失したり奪われたりしても安心ってワケだ。
「ボク四月に使ったことあるよ!」
「え、お前裏でイジメられたりしてたの?」
「ううん、『一番強い不良生徒を知ってたら紹介してください』って送った」
「なんだいつもの戦闘病か」
まあ彩月に何かしようなんて命知らずはいないだろうな。ちょっかいかけたらどうなるかなんて目に見えてるし。
「アレ君だったんだ。ごめんね、冷やかしかと思って無視しちゃった」
「委員長、そこは申し訳なく感じる必要は微塵もありませんです」
それは七実酉に同意。緊急用の密告システムを対戦ゲームのリクエストみたいに使うんじゃありません。あとツッコミ所そこじゃないと思うけど、匿名だと紹介しようにもできないだろ。
「話を戻そうか。実は昨日、その通報システムに一件メッセージが届いてね」
「夏休みでもあるんですね、そういうの」
「むしろ大人の監視が薄い分、不良生徒は休みの方が動きやすいんだよ。代わりに私達が目を光らせる必要がある」
そういうものなのか。だからこの場に委員長と副委員長以外のメンバーがいないんだな。
今までの夏休みで出くわしたりしてないのを考えるに、不良が溜まりそうな暗がりを重点的にパトロールしたりしているのだろうか。
「でも、今回の匿名通報は
岸華先輩の言葉が途切れたタイミングで、傍に立っていた七実酉がタブレット端末を操作する。照明が絞られて部屋が薄暗くなり、俺達と彼女達の間にひとつのホログラムパネルが出現した。
「な、なんだ……?」
映されていたのは、通報システムの投稿フォームと思われるページ。記されていたメッセージは、想像していたものとはだいぶかけ離れたものだった。
『体育祭は我々が破壊する』
たったそれだけの、分かりやすい一言だった。
「これ、犯行予告ってヤツ?」
ホログラムパネルを見上げて、彩月が俺の気持ちを代弁した。
「その通り。助けを求める被害者の声どころか、どう見たって加害者側の言葉が送られてきたんだ」
「体育祭を破壊する、ですか」
確かに全生徒強制参加である体育祭に反感を覚える生徒もいるだろうけど、わざわざ風紀委員会に向かって宣戦布告するなんて、幼稚と言うかお馬鹿と言うか……すぐ捕まって罰せられるのがオチだろうに。
「それで、これがどうしたんです?」
「ただのいたずらの可能性もあるけど、そうじゃない可能性がある以上、風紀委員会として動かない訳にもいかない。そこで、軽く犯人捜しをしてみたんだけど――」
岸華先輩のほんわかした空気が、僅かに研ぎ澄まされたように感じた。笑顔を浮かべたままの先輩と目が合った俺は、思わず息を呑む。先輩の目に、笑みとは真逆の『圧』が宿っていたからだ。
「――芹田君。君が犯人なのかな?」
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