第100話 後に残るもの
その後の話を簡潔にまとめると、『思ったより大ごとにならなかった』と言える。
無人運転のタクシーに乗せられて病院に向かっている間も、俺達が知らない内に巻き込まれたという事にしている『事件』について、深く聞かれたりはしなかった。
俺が
分からない事を聞いているというより、断片的に聞いた事実の確認を取っているかのような。そんな感じのやりとりだった気がする。
コンテナターミナルで、博士は『何も知らない管理局員が来るとまずい』って言ってたし、実際、国家機密である深層機関の事なんて誰も知らないと思う。
だけど、実は天刺さんだけは、事の顛末を把握しているのかもしれない。ありえないと思うのだが、少し話をしてそんな考えが頭をよぎったのだ。
ちなみに天刺さんが『エノク』の名前を口にした事や、彼女の『異能力』については聞きそびれてしまった。とは言っても相手は実働部隊の隊長だし、いくら天刺さんでも一介の高校生に能力の秘密を喋るとも思えない。これはまた今度にしよう。
逆に尋ねられた事と言えば、天刺さんとは初対面である
そんな近所のお兄さんは全治一週間の軽傷。奇類の方も今は少し傷が見える程度で、すぐに消えるとのことだった。
しかし、俺はそうもいかないようで。
適当に巻いた包帯に隠れていたグロテスクな傷を見せた途端、俺はすぐさま治療室に連行されて施術を受けた。麻酔を打たれたり手を縫われたり注射されたり、されるがままになってしばらくすると解放された。
余談だが、二一〇〇年現在はまだ治癒能力者の数が少ない影響で、特殊能力の医療業界への本格進出はまだ進んでいないのだとか。念動力などは細かい手術にも最適に思えるが、意外にも能力無しでの施術を希望する声がまだまだ多いそう。他人の特殊能力に命を預ける事に対する抵抗感は昔と変わらないのだそう。
と、気を紛らわせるためか待機中に雑談してくれた
まあ今回はそのおかげで、あらゆる能力を弾いてしまう俺でも適切な治療を受けられたんだけど。素直に喜んでいいのかは微妙な所である。
さて、問題はこれからだ。
人助けもいいけど怪我には重々気を付けるようにと釘を刺されて天刺さんと別れ、今度は深層機関とか関係なく集まって遊びに行こうぜと話をしながら呼詠や奇類と別れて。
俺は家へ帰る――前に、
つまり、今朝方にケンと別れた駅前である。
「……で、説明してくれんだろうな、
噓をついて利用した俺がこんな事を言うのは酷い話なのだが、驚いた事に、ケンは待っていてくれた。いくらメッセージを送っても返事が来ない俺を心配に思いながらも、あちこちで時間を潰して待ってくれていたのだ。俺はこの幼馴染に頭が上がらない。
だがもちろん、お咎めなしという訳でも無い。
午後五時。人が多くなって来た駅前のファストフード店にて、俺は向かいに座るちょっと怒った様子のケンに説明を求められた。
「天刺さんに呼び出されたっていうの、噓なんだろ?」
「……どうしてそう思うのでしょうか」
「流輝と別れて二時間ちょっと経った時の話だ。学園にいるっていう
……なるほど。双狩がどういうルートで俺が被害に遭ってるなんて知ったのかは分からないけど、元々設定としては弱い噓だったし、バレても仕方がない。
こんな事になるなんて想像も出来なかったからな。いや、深層機関に関わる以上、こうなる事まで予想すべきだったのかもしれない。
どちらにしろ反省は後だ。
「それについては謝るよ。何も言わずに騙して、本当にごめん」
「まぁ、普段人を利用して何かをしたりしない流輝がこんな事したんだ。どうしても一人でここに来なきゃいけなかった理由があるんだろうさ。それについてはそこまで怒ってねえ」
「……ありがとう」
「けど、せめて何があったかくらい話してくれよ」
俺達の間に置かれたフライドポテトにはお互い手を付けず、言葉と視線だけが交わされる。頭の中で言葉をまとめてから、俺は口を開いた。
「実は、俺を呼んだのは天刺さんじゃなくて別の知り合いだったんだ。その人の事はあんまり話せないんだけど……呼ばれた場所に向かってる途中、能力者に襲われてる女の子がいたんだよ。この近くで無人バスが爆発したのは知ってるだろ?」
「それなりに騒ぎになってたからな。その事についてもメッセージを送ったつもりだったんだが、返事か来てなかったし俺の操作ミスだったんだろうなー」
「すみませんでした」
当時はそれどころじゃなかったとはいえ、せめてひと段落した時に確認しておくべきだった。立場が逆なら俺も、ケンが事故に巻き込まれたんじゃないかと気が気じゃなくなるだろう。
「で、その後は?」
「その、襲われてた子なんだけど。犯罪者に追われてたみたいで、その子は俺を呼び出した奴の知ってる人でさ。安全な場所に逃げ切るまで協力する事になったんだ。相手が遠距離攻撃タイプの能力者だったから、俺が盾になれば安全だと思って」
ケンの視線が一瞬だけ険しくなり、思わず口をつぐむ。
「……その包帯グルグル巻きの左手と、あと右肩も怪我してるみたいだな。それは何だ? どう見てもうっかり負ったかすり傷じゃないだろ」
「相手が思いのほか手強くて、油断して刺されたんだ。最終的には、その子も……まあ、無事に逃げ切れたんだけど。その後は管理局の聴取とか病院で怪我を診てもらったりとかで、こんな時間に」
「なるほど」
「ここに来る口実としてケンを利用したのも、たくさん心配かけたもの、全部悪いと思ってる。ごめん」
一から十まで本当の事を言えるはずも無く、適度に改変して説明させてもらった。ここまで迷惑をかけておいてまた誤魔化すような言い方をするのは心が痛むけど、こればかりはしょうがないんだ。
『ゴーストタウン』が犯罪者であるという事は、もうケンにも話してしまっている。彼の事を話すためには、俺と彼に関りがある事や彼が能力者を助ける為に動いている事、そして何より俺の能力の真実について、話さなければならない。
それを話すとなると、情けないことに心の準備が出来ていない。
「……事情は分かった」
大きくため息をつき、ケンはようやくフライドポテトに手を伸ばした。
「事の発端の、流輝をここに呼び出したヤツの話とか、呼び出した理由とかに触れられなかった事について疑問はめちゃくちゃあるけど、ひとまずは分かった」
「そっか……それは良かっ」
「分かったけど、だ。今度は別の事で怒らせてもらう」
フライドポテトをビシッと突きつけ、ケンは俺をじろりと睨んだ。
「左手を切ったその刃物が、腹か心臓にでも来てたらどうするつもりだったんだ」
「……っ」
「敵は流輝とその女の子を傷付ける気で――殺す気で、攻撃してたって事だろ。そんなヤツ相手に、お前は自分の命を盾にして見ず知らずの人を守った。俺は、それがちょっと気に入らないんだ」
「気に入らないって、どうして」
「どうしてじゃないだろ。命をかける事がおかしな話だって言いたいんだよ」
相変わらず無茶をした俺を想っての言葉なのだろう。一見トゲがあるような口調だが、それに俺の身を案じる意味があるのは分かっている。
「この際だから言わせてもらうけどな、学園にテロリストが来た時もそうだった。流輝を狙って来た奴らの所に、お前は行こうとしたよな? そうすれば他の生徒は殺さないっていう話に乗って」
「あの時は……それが最善だと思ったからだ。俺一人が従うだけで何十人もの命が助かるんだぞ?」
「最善なんかじゃねえよ。これっぽっちもな。しようとしただけで何もできなかった俺が言えたもんじゃねえけど、絶対に最善手じゃねえ」
今日のケンはいつになく厳しい。確かに、埋め合わせし切れないほど心配と迷惑をかけたし、騙されたとなれば気を悪くして当然だ。けど、ケンはそれとは別の事で怒ってるのだと、さっき言っていた。
そんな怒らせるような事を言ったか……?
「流輝。お前は自分の命を軽く見過ぎだ」
「俺が、俺の命を?」
「自覚してないのか? 文字通りに『命をかける』なんて場面、普通は一生に一度あるか無いかってくらい……いや、命がけの場面なんて、普通はねえんだよ。けど流輝はここ最近で二度も、それも自分から使おうとしてるだろ」
「ケンは、自分以外のために自分の命を使う事がおかしいって言いたいのか」
「今回なんて赤の他人のためにそんな怪我してまで戦ったんだろ? そりゃ自分を大事にしろって言いたくもなるだろ」
その言い方には、さすがにムッとした。
勝手な事情で本当の事を隠して話したのは俺だし、そんな意図はないだろうと分かっていても、まるで
「あの子は命を狙われてたんだぞ? 命をかける覚悟で挑まなきゃ命を守るなんてできないだろ」
「そもそもの話、それがおかしいんだよ。人助けをするなとは言わないけど、命がけで人を守るなんて重い役目をわざわざ流輝が背負わなきゃいけない理由なんて無いだろ」
「理由ならある。俺の能力が、特殊能力から人を守るためにあるチカラだからだよ」
この能力は生まれ持った力じゃない。普通じゃあり得ない方法で手に入れたものだ。
だから、この能力はただ持っているだけじゃ駄目だ。この力を人のために使って、それでようやく許されるもの。それが人並みの憧れで道を外れて、ズルをした責任なんだ。
「天刺さんみたいに人を守る人間になりたいっていう俺の夢、ケンも応援してくれてたじゃないか。今回も同じだろ」
「それとこれとは話が別だ。命を軽く扱おうとしてるヤツの背中を押す事なんてできねえ」
「俺の命だろ。俺が使うべきって判断した時に使って何が悪い」
「命はモノでも数でもねえ。なくなったらそれでおしまいなんだ! 分かってんのか!?」
「分かってるよ! そんでそれは、俺以外の人間もそうだ! たった一つしかないんだから、命をかけてでも守らなきゃいけないだろ!」
お互いがお互いの目を真っ直ぐ見て、自分の言葉をぶつける。口論はヒートアップしかけたが、ここが店の中という事もあって、それほどの声量にはならなかった。
一度言葉を出し切った俺たちは、しばらく口を閉じた。
「……やっぱ、全然分かってねえじゃん」
十秒ほど続いた沈黙を破ったのは、ケンのそんな呟き。彼は大きなため息と共にうつむいた。
「お前の命は、お前だけの物じゃねえんだぞ……」
押し殺すような呟きは、かろうじて俺の耳に入った。
その意味を理解できずに眉をひそめた時、ケンはおもむろに立ち上がった。
「ケン?」
「悪い、先に帰らせてもらうわ」
目を合わせようともせず席から離れるケンは、背中を向けた所でふと足を止めた。
「流輝がどんな思いで何と戦ってるかは知らねえけど……命をかけりゃ何でもできる訳じゃねえんだ。それだけは忘れないでくれよ」
振り向く事なく、そう言い残して。
今度こそ、ケンは早歩きで店を出て行った。俺はその背中を、最後まで目で追っていた。
「……」
ケンは、俺が命をかけた事が気に入らなかったのだろうか。今の俺では、あいつの主張を理解することは出来ない。けど逆に、ケンも俺の主張を理解できなかったのだろう。
あいつとこんな風にぶつかり合ったのは初めてだ。
俺は今日初めて、親友と喧嘩をした。
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