3)令和4年12月28日
今日私は、電話があるたびにかなりの確率で「仕事納めはいつですか?」と聞かれ、その都度なんとなく空しさを感じながら「30日まで営業しております」と答えている。
その中にオオガさんの電話もあった。あの税理士事務所(とコーヒースタンド)の入っていた建物の別のお部屋が、賃料滞納のまま夜逃げされてしまって、その後始末を相談したくて予約しようとした件の折り返し。オオガさんは、私が相談に行きたいと伝えた年明けの日程について、空いてるからいいよと言い、続けた。
「事情によっては裁判も考えないといけなくなるけど、そのとき当事者は管理会社じゃなくて井原さんだから。一緒に聞いてもらったほうが方針が決めやすいと思うけど、井原さんも来るようにしてる?」
井原さんは、あの建物の所有者である。一階でカフェをしている蒼介さんはその甥だ。
オオガさんは当社に「弁護士の
でも、そういうやりとりを近くで聞いてる社長の奥さんは、こっちを見ながらすごくニコニコしている。その理由もわかるので、なんとなく申し訳ない気持ちになるものの、それはそれで仕方ないのだ。奥さんにはなんの悪気もない。
私は一度電話を切り、井原さんに電話をした。
井原さんは社長の友だちで、今はお仕事をリタイアして悠々自適の生活だ。私は名簿から井原さんの連絡先を調べた。携帯と固定電話、両方載っている。少し考えて固定電話を選んだ。井原さんは三コール目で出た。
井原さんに日程を伝えると、その日は空いているから一緒に来られるとのこと。私がそれを伝えようと改めてオオガさんに電話したら、ちょっと長めのコールのあと、電話口には珍しくオオガさんがいきなり出た。
「佐倉です。さっきの件、井原さん同席できるそうです」
「わかった。そしたら契約書とか賃料の受領状況とかこれまで出した請求とか、なんか関係ありそうなのはまるごと持ってきて。要らなそうなやつもとりあえず全部、あともし可能なら屋内の現況の写真」
「わかりました、あらゆる書類を持って行きます。ところで今日、レアですね」
「何が?」
オオガさんの後ろで何かガタガタ音がしている。私は「いきなり出るのが」と答えた。いつもならまず事務員さんが電話をとって、取り次いでくれる。オオガさんは、あ~、と気の抜けた返事をした。
「今日仕事納めだから。みんな掃除とかしてて、たまたま僕しか手が空いてなかった」
「オオガさんも掃除してくださいよ」
「してるよ。鋭意、仕事を片付けてる」
「それは掃除って言わないんですよ」
壁にかかった時計を見ようと顔を上げると、奥さんと目が合った。奥さんは私にウインクをしてみせた。だからそうじゃないんだってば。いいけど。私はオオガさんに、では良いお年をと言って、電話を切った。
年明けに井原さんと一緒に行くとき忘れないように、私は契約書と、パソコンから出力した賃料支払いの資料とをクリアファイルに挟み、大きめの封筒に入れた。それから私は封筒の表に大きな字で相談の日付と建物名を書き付け、少し考えてからペンを水色のに持ち替えて、元気いっぱいの雲吹き出しで囲んだ。
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