3)令和4年12月8日
夜、フミさんから連絡があって、初めてフミさんちのマンションに行った。頼んでいたプライベートの用事があって、その件で。
集合玄関で部屋番号を押したら、フミさんじゃない男の声で返事があって、俺は一瞬間違ったかなと思いつつ「笹井です」と名乗った。遅くにすみませんとも。声の主は、ああ今行かせます、と答え、そこで通話は切れてしまった。
マンションの集合玄関は、一番外側の扉の先にオートロックの自動ドアがある。呼び出ししてもその自動ドアは開かないままだから、俺はそこで隙間風に耐えながら、エレベータのあるほうを食い入るように見つめていた。やがてふたつの箱を重ねて抱えたフミさんが出てきた。ちょっとむかつくくらい薄着。フミさんが近寄ってきて自動ドアが開いたので、俺はフミさんを通せんぼするようにして中に入った。寒かったので。
俺が箱を受け取ると、フミさんは「何買ったの?」と聞いてきた。
「なんか奮発したっぽいね」
「した。栞のリクエストが結構手の込んだ立体駐車場と車のセットで、一葉は海外アニメのぬいぐるみ詰め合わせのやつ。この時期に限定セットとか、ほんとずるい」
要は俺は通販で買った子どものクリスマスプレゼントを、フミさんに代わりに受け取ってもらったわけ。あとは職場のロッカーとか車のトランクの隅とかにイイ感じに隠しておいて、当日晩にふたりが寝静まってから枕元に置く。完璧。自宅に送ると本人たちが見つけるおそれがあるから、去年までは職場や実家を送り先に設定していたんだけど、なんか気を遣ったり遠かったりだったので、フミさんが頼まれてくれたら助かるなと思ってお願いしてみた。結果、あっさり「いいよ」と言ってくれ、今に至る。
そういう事情で聞いた送り先であるフミさんの自宅は、このへんでは新しい分譲マンションだった。建て始めてすぐ、うちにもチラシが入ったのを覚えている。上のほうは一フロア二世帯の贅沢な間取りで、フミさんちはまさにその上のほうの部屋番号だった。最上階ではないかもしれないけど。
そこにフミさんは暮らしている。一緒に住んでるのがさっきの声の……と思ったところで俺は、フミさんが養子縁組をしたと言っていたのを思い出した。それで名字が
「もしかして、さっきインターホンに出たの、
俺の抱えている箱をしげしげと見ていたフミさんは、顔を上げると、そうだよ、と答えた。
「よく覚えてるね」
「そりゃ覚えるでしょ、大事なお客様ですよ。もともとご親戚かなんか?」
「いや、これで初めて親族になった」
その「初めて親族になった」人、今しがた俺が、声だけとはいえ遭遇した人である。与えられた情報が断片的すぎて、ものすごい消化不良感。でも俺は昨日想像した、さおりとフミさんの雰囲気も思い出して、そうなのかあ、とだけ返した。
だって、知ってほしいなら自分から言うだろうだろうし。だから、社会人だからっていうか、これは、なんだろうな。たぶん、ともだちだからだな。
俺の両手が埋まっているというのに、フミさんは「じゃあ、おやすみ」と言って戻ってしまい、荷物を積むのどころか扉を開けるのさえ手伝ってくれなかった。
俺はフミさんのそういう気の利かないところが、実は結構、気に入っている。
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