第63話 受ケ継グ

「イタイタさん?」


「そう。ボサボサの髪を腰まで伸ばしてる女の人で、ずっと〝イタイタ〟って言ってるの」


「何それ。不審者?」


「多分ね。でも、普通にその辺の通りを歩いてたりするし、スーパーとかにもいたりするんだって」


「へー。……まさか、その人にインタビューするっていうの?」


「うん」


「やだよ。いくら記事が足りないからって……。それに、学級新聞だよ?そんなことしなくたって、適当なこと書いとけばいいじゃん。七不思議とかさ」


「ダメ。もう決めたもん。ほら、行くよ」


「ええ……」




「あっ、いた」


 エミが指差した先には、説明された通りの容姿をした女がいた。

 電柱に向かって、ブツブツと何事かを呟いている。


「ねえ、本当にインタビューするの?」


「うん」


「なんか、怖いよ。やめようよ」


「大丈夫。防犯ブザーも持ってるし、そこそこ人通りもあるから、ヤバいことにはならないよ」


 エミは意気揚々と近付くと、


「あの、すいませぇん」


 と、声を掛けた。女は振り向いたが、ボソボソと何事かを呟き続けている。


「あなたが、イタイタさんですかぁ?」


「……ぃ……ぃた……」


「あの、イタイタってどういう意味なんですかぁ?」


「……ぃた……ぃ……」


「痛いんですかぁ?それとも、何かが居る――」


「居たぁああああああっ!」


 女は弾けたように叫ぶと、不意にエミの口に手を突っ込み、


「あ、ぎっ、ぐぎっ、ぎゃああああああああああっ!」


 エミの歯を、ブヂブヂと毟り取り始めた。


「いやああああっ!」


 私は恐怖のあまり、その場にへたり込んだ。

 女は、エミの歯をひとつ残らず毟り終えると、


「居なくなった!居なくなったあっ!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


 と絶叫し、走り去っていった。


「ぎ……ぐぶぶ……いい……いひゃっ、いひゃっ、いひゃっ……」


 残されたエミは、激痛のあまりに気が触れてしまったのか、白目をむいて笑い声を上げていた。




 それからエミは精神病院に入院した。私は対面するのが恐ろしくて、面会に行くことができなかった。

 結局、高校を卒業するまで、エミと会うことはなかった。

 そのまま逃げるように地元を出て、遠い地で働きながら暮らしていると、エミが退院したらしいという噂を人伝に聞いた。

 常に「いひゃっ、いひゃっ」という笑い声を上げながら、あちこちをうろつく人として、地元では有名になっているということも。

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