第49話 嵐の後に




 翌日、目を開けると、斎君の寝顔がすぐ近くにあって、驚いてしまった。

 時計を見ると、朝の5時過ぎだった。


 眠れないと思ったが、ぐっすりと眠れたようだった。


 手に体温を感じて、ふと自分の手を見ると、斎君の手を握りしめていた。

 どうやら私は、一晩中、斎君の手を握っていたようだ。


 なんとなく、離したくないとは思ったが、私はゆっくりと、斎君の手を離した。


「ん……?」


 すると、斎君が、片目を開けた。


「あ、ごめん。起こした?」


 綿貫君はまだ寝ていたようなので、私は小声で言った。


「おはよう、瑞樹ちゃん」


 斎君は、いつもの調子で言った。


「おはよう、斎君」


 あいさつをすると、斎君が時計を見た。


「5時か……雨戸で外の様子は、わからないけど……雨の音も風の音もしないよね?」


 斎君に言われて、耳を済ませると、確かに雨の音も風の音もしなかった。


「うん。そう言えばそうだね」


「台風、もう行ったのかな?」


 しばらくすると、ガチャンと玄関の扉が開く音がした。

 すると、斎君が身体を起こしながら言った。


「誰か起きたのかな? 俺、行くね」


「うん」


 斎君は、起き上がると、自分の使っていたタオルケットを持って、部屋に戻った。

 私がどうしようかと、考えていると、綿貫君が目を開けた。


「おはよう……工藤だけ?」


「おはよう、綿貫君。うん。斎君は、もう起きて部屋に戻ったよ」


「そっか……」


 綿貫君は、そう呟くと、私をじっと見ていた。


「綿貫君、どうしたの?」


 なんだか、様子がおかしい気がして問いかけると、綿貫君が困ったように言った。


「あのさ……ちょっとだけ、手貸してくれる?」


「え? いいけど……」


 私は、綿貫君に手を差し出した。


「はは、ありがとう」


 すると、綿貫君が私の手をギュッと握った。


「え?」


 なぜ、いきなり手を握られたのか、意味がわからなくて、困惑していると、綿貫君がパっと手を離した。


「うん。ありがとう。やっぱり、こういうことするなら、起きてる時がいいよね」


 綿貫君はそう言うと、タオルケットをソファーに置いた。


「寝袋片付けてもいい?」


「あ、うん」


 私は意味がわからなかったが、とにかく、寝袋の上から起き上がった。

 すると綿貫君が、手早く寝袋を片付けてくれた。


「じゃあ、これ片付けてくるね」


「うん。ありがとう」


 綿貫君は、寝袋と、タオルケットを持つと、廊下に出て行った。

 私は、自分の手をじっと見つめた。


 なぜ、綿貫君は急に私と手を握ったりしたのだろうか?


 そんなことを考えても仕方がない。

 私は、部屋に戻って、着替えることにしたのだった。





 着替えて、顔を洗って外に出た。


「うわ……いい天気」


 外に出ると、昨日の雨が嘘のように、キレイに晴れ渡っていた。

 

 ガタン、ガタン。


 すでに、外では、父と斎君と綿貫君が、雨戸を外したり、台風の片付けをしていた。

 私は急いで、車庫に向かった。

 シャッターを開けて、ほっとした。


 車庫の中は無事だった。

 バイクも車も、なんの影響もなさそうだった。


「よかった」


 私は、車庫のシャッターを閉じると、朝食の手伝いをするために、キッチンに向かった。

 キッチンに向かう途中、リビングを見ると、すでに雨戸が外され、明るい陽の光に照らされていた。


 昨日は、真っ暗だった面影などどこにもなかった。


 私は、なんだか不思議に思いながら、キッチンに向かったのだった。


「おはよう、お母さん」


「おはよう~~昨日はちゃんと眠れた?」


 母の言葉に、私は頷きながら言った。


「うん。結局、あのままリビングで、3人で寝たんだ。怖くて眠れないかと思ったけど、斎君が一晩中手を繋いでくれてたから、ぐっすり眠れたよ」


 私が、昨日の様子を説明すると、母は複雑そうな顔をした。


「そう……なの……そういうことって……親には、秘密にしそうな感じだけど……。でも……手を繋いで寝たのに、ぐっすりか……そうなのね……。まぁ、眠れたのならよかったわ。あ、そうだ。ガスと水道は大丈夫だけど、停電みたい」


「そうなんだ。じゃあ、朝は、おにぎりと、インスタント味噌汁にする?」


 私は、冷蔵庫からおにぎりを取り出しながら言った。


「そうね」


 それから、私と母は朝食の準備をしたのだった。





「ただいま~」


「おかえりなさい、朝ごはんにしましょう」


 7時になり、みんなが食卓に揃ったので、朝食にすることになった。

 食事を終えると、皆が被害の状況を教えてくれた。


「工場は無事だ。だが、駐車場の側溝に、土砂や、木の枝や、葉っぱが溜まってるから、片付けをした方がいいな」


 一さんが、工場の様子を報告してくれた。


「側溝か。そうですね。溜まったままだと、水が溢れてきますからね。すぐに片付けましょう。ロッジは、雨戸がいくつか壊れていましたが……。あれは、素人では無理そうだから、家を作ってくれている大工さんに相談した方がいいかもしれないな」


 父の報告の後に、斎君が言った。


「外の炊事場は、枝とか葉っぱが溜まって、大変なことになってるから、掃除した方がいいですね」


 すると綿貫君も言った。


「ですね。ロッジの裏の洗濯干し場は壊滅状態なので、また、一から立て直しかもしれません」


「ええ~~それは、大変!! それ、一番にお願い」


 母の言葉に、父が頷いた。


「じゃあ、俺は、洗濯干し場を片付けようかな」


  そんな風に家族で、今日の片付けを話し合っている時だった。

  外から、凄い勢いで、軽トラックの音が聞こえた。


「誰か来たのかな?」


 斎君が、キッチンを出て、扉に向かうと、ドンドンと凄い勢いで、ドアがノックされた。


「はい。開けます」


 みんな、気になって、無言で、訪問者と斎君の声を聞いていたのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る