第42話 無駄じゃない無駄話





「あとは……高校の話かな。斎君に、すごく聞かれる。斎君が俺にバイクの話を教えてくれて、俺が斎君に高校の話をするって感じかな」


 綿貫君が、目を細めながら言った。


「……え? 高校の話? どうして私に聞かないの?」


 私は思わず斎君を見た。

 なぜ、綿貫君に、高校生活のことを聞いて、私にはあまり聞かないのだろう?

 私だって綿貫君と同じ、高校生なのに……。

 

 私の問いかけに、斎君は、困ったように答えた。


「あ~~。うん。瑞樹ちゃんに、学校の事を聞いてもさ……今日の数学のなんとか定理は、応用が大変そうだから、色んな問題を当たるべきだとか……なんて言ったらいいのかな~~~率直に言うと……勉強の話しかしてくれないじゃん? 部活も入ってなくて、バイトしてたし、行事の話もしてくれなかったしさ~~」


 私は思いっきり眉を寄せながら言った。


「そりゃ~勉強するために行ってるんだから、当然じゃん」


 すると、斎は頭をかきながら言った。


「あ……うん。でもまぁ、俺としては、勉強の話には特に興味はなくて……どちらかというと、部活の話とか、行事の話とか、友達と遊んだ話を聞きたかったわけで……」


「え……」


 勉強じゃなくて、部活とか行事とか、友達と遊んだ話……。

 私は、思わず眉を寄せた。

 そんな話をするのは……確かに難しいかもしれない。

 今度は、私が困っていると、斎君が興奮したように言った。


「綿貫君に聞いたんだけどさ、瑞樹ちゃんって、体育祭の時、リレーで2人抜いて逆転したんだろ?」


 私の学校では、春に体育祭がある。

 確かに、リレーで代表になってしまって、全力で走った。

 だが正直、その時のことはよく覚えていない。


「そうそう、工藤が2人も抜いた時、俺たちのクラスめちゃくちゃ大騒ぎだったんだよ?! まだ、みんなクラスに馴染まないうちに体育祭でさ、少しぎこちなかったのに、工藤のおかげで、みんなが一緒になって喜んでてさ、楽しかった……」


 綿貫君が興奮したように言ったが、それは私も知らなかった。

 あの時、そんなに盛り上がってくれてたんだ……。


「瑞樹ちゃんに、今日は学校どうだった?って聞いてもさ、模試の現国の問題文が興味深かったから、図書館にあの問題文の載ってる本を借りに行く予定とか、そんなことしか言ってくれないじゃん。俺としてはもっと、アオハルエピソード聞きたいのにさ~~~」


 斎君が口を尖らせながら言った。


「そ……それは、ごめん」


 私は、斎君にあやまった後に、ふと心が傷んだ。

 もしかして、斎君も高校に行きたかったのだろうか?


「あはは。そんな顔しないでよ。わかりやすいな~~瑞樹ちゃんは~~。どうせ、俺も高校い行きたいのかなぁ~とか考えてるんだろう? 俺は高校には行きたいとは思わないよ。高校は話を聞いて、楽しむだけで十分だよ。俺、数学の微分積分だっけ? 瑞樹ちゃんの勉強してること見ることあるけど……さっぱりだもん。よく、あんなにスラスラ手が動くよな~~って感心する」


 斎君の言葉に、綿貫君がすぐに声を上げた。


「斎君、待った。工藤くらいスラスラ問題解ける高校生の方が少ないから!! 工藤と比べるとみんなキツイ」


「そんなことはないと思うけど……」


「あるの」


 綿貫君が真剣な顔で言った。


「そうか……ごめん」


 なんだか、今日はあやまってばかりだ。


「でもそうか~~もし、斎君も高校に行ってたら、私、斎君のこと、小川先輩って呼んでたのかな?」


 斎君は私の一つ上だ。それながらきっと、斎君ではなく、小川先輩と呼んでいたのだろう。

 私がしみじみとそんなことを考えていると、斎君が眉を寄せた。


「……小川先輩って呼ばれるの? 俺……瑞樹ちゃんに?! 綿貫君、そうなの?!」


 なぜか斎君は綿貫君に尋ねると、綿貫君も頷きながら言った。


「確かに、斎君は、一つ上だし……先輩って呼ばれることが多いから、多分そう呼ばれるかな……?」


 斎君はなぜが、衝撃を受けているようだった。

 そして、しばらく考え込んだ後に真面目な顔で言った。


「なんだか、距離感のある呼び方だな~~~。俺、瑞樹ちゃんには、名前で呼んでほしいな~~」


 私が斎君を見ながら言った。


「名前で? じゃあ、斎先輩? ってこと?」


 斎が腕を組んで、またしても眉を寄せた。


「ん~~~~。先輩っていうのが、不特定多数。その他大勢みたいな印象があるな~~。うん、今のままの呼び方がいいな」


 斎君は、本心なのか、茶化しているのか、よくわからない。

 でも、嘘は言わないので、きっと今の呼び方がいいというのは本当なのだろうと思う。


「まぁ、私は今後も、斎君って呼ぶけどね……」


 とにかく、名前の呼び方については変えることはない。

 もしなど、実際にはないのだ。

 私にとって、斎君は高校の先輩ではなく、家族に近い存在なのだ。だから、呼び名を変えることはないだろう。

 そんなことを思っていると、斎君が、私の顔を覗き込みながら言った。


「ねぇ、瑞樹ちゃん。学校の近くには、美味しい生どら焼きのお店があるらしいよ?」


「え? う、うん?」


 私は、突然、耳よりの情報を教えてくれた斎君に、困惑しながら話を聞いた。

 どうして、先輩という呼び方の話から、急に高校の周辺情報の話に変化したのだろうか?

 まぁ、確かによく聞くがまだ行ったことはない。

 私は、とにかく、斎君の話を聞くことにした。

 

「それに、学校の屋上って、凄く眺めがいいんだってさ」


「へぇ~~知らなかった」


 綿貫君が慌てて言った。


「え? そうなの? 夕日とかすっげぇ綺麗で、結構有名なのに……」


「有名だったんだ」


 私はそんなことも知らずに日々を過ごしていた。

 すると斎君が優しい笑顔を向けながら言った。


「勉強も、バイクもバイトも大事だけどさ……高校生活……楽しんでおいでよ。きっと友達ともなかなか会えなくなるんじゃない? 行事だって、大人になったら体験できないんだしさ」


 私は、そんなことを言える斎君は、きっと私なんかより、社会を知っている大人なのだろうと思えた。


「……うん。楽しむ」


 私は、そう答えたのだった。

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