第20話 気になるセリフ(2)





 先生を見送って、私は車庫に大切に保管してあるおばあちゃんのバイク。ヤマハのDT‐1の前に立った。

 1968年製のこのバイクは、もう50年もの時を経ていると思えない輝きを放っていた。


 このバイクは、すみれさんがバイクに乗れなくなってから、一度も動かしていないが、一さんが、定期的にメンテナンスをして、車体を磨いている。

 そのせいだろうか? このバイクはなんて、美しいのだろう。


 私は、そっと、ヤマハのシートを撫でた。


「何してんの?」


 ドキッとして、後ろを振り向くと、お風呂上りなのか、濡れた髪を乾かしもせずに、斎君が立っていた。


「斎君。髪、濡れてるよ」


 斎君は、車庫の入り口に立ったまま言った。


「こんなに暑いんだからすぐ乾くって」


 梅雨が開けて、本格的に夏が来た。

 夜風も温風のようになってきた。

 確かに、髪もすぐ乾くかもしれない。


「瑞樹ちゃん、夏休みはいつから、向こうに行くの?」


「みんなと一緒だよ。夏休みになったらすぐに行くよ」


「ってことは、夏の間中、ずっと?」


「うん。そのつもりだけど」


 私たち家族は、夏休みの間、新しく工場を移転する場所に行って、色んな方の話を聞いたり、今後の準備をすることになっている。


「へぇ~~。彼……友達と遊ばないの?」


 斎君はどうしてそんなことを聞くのだろう?

 私は、わけがわからないまま斎君の質問に答えた。


「うん。みんな受験だから忙しいし、遊ばないよ」


「ああ、そうか。高校3年生って受験があるのか。でも……夏休み中、本当にずっと向こうにいるの?」


 斎君は、何かを確認するような瞳で私を見ていた。

 

「そうだよ。……斎君こそ、どうしてそんなこと聞くの?」


 私が眉を寄せながら尋ねると、斎君が少し困ったように言った。


「ん~~~。じゃあ、もうハッキリ聞くね……綿貫って人、瑞樹ちゃんの彼氏なんでしょ? 夏休み会えなくて……いいの?」


「え……?」


 斎君の問いかけに、私は思わず、じっと斎君を見た。

 なぜ、いきなり綿貫君の話になったのだろうか?

 もしかして、私は無意識に綿貫君の話を斎君にしていたのだろうか?


 私が斎君の質問の意図がわからずに、困惑していると、斎君が、少し不安そうな顔で言った。


「瑞樹ちゃん……。あの先生が『綿貫』って言った時、KTMのエンジンが、かからなくなった時みたいな、不安そうな顔してた。心配で仕方ないって目」


 KTMは、私の相棒のバイクだ。

 確かに、私のKTMは、随分と酷使しているので、かなり限界が近い。

 もし、家がバイクを専門にしていなかったら、廃車を勧められているだろう。

 まぁ、それは、このすみれさんのヤマハDT‐1も同じことが言えるのだが……。


 斎君が、さらに真剣な顔で言った。


「KTMと同じように心配するんだから、彼氏なんじゃないの?」


 …………え?


 …………彼氏?!


 バイクをこよなく愛する、斎君にとって、バイクと同じように心配すると言うことは、彼氏ということになったらしい。

 

 私は、思わず大きな溜息を着くと、やや疲れたように言った。


「斎君や」


「なんだい、瑞樹ちゃん」


「私は、斎君を心配する時も同じような顔すると思うよ?」


 すると、斎君は真剣な顔で言った。


「いや!! 俺が、酷い熱が出た時は、カワサキのウォーターポンプが故障した時くらいだった」


「……ウォーターポンプが故障したら……オーバーヒートしちゃうから、速やかな対処が必要だね……」


「うん……」


 もしかして、斎君は普段から、私の表情をバイクと紐づけして判定しているのだろうか?

 マニアック過ぎて、どう言い返せばいいのか、判断に困る。

 とにかく、私はシンプルに伝えることにした。


「とりあえず、私に彼氏はいないよ」


 すると、斎君があからさまに、ほっとした顔をした。


「あ……彼氏じゃないんだ」


「でも、どうして急にそんなこと言ったの?」


 私が尋ねると、斎君が眉を寄せて、本気でわからないという顔をした。


「わからないけど……なんだか、エンジンが焼き付いて、オーバーホールで直ってくれ~~って祈る時みたな気持ちになった」


「うわ~~それは、祈るね。うん、祈る」


 私は、思わず、斎君に同意したが、斎君が一体、どんな感情を抱いたのかは、いまいちわからなかった。


「ふぁ~~あ、なんだか、急に眠くなったし……じゃあ、瑞樹ちゃん俺、帰るね。おやすみ~」


「おやすみ斎君」


 斎君は、自分のアパートに戻って行った。

 私は、すみれさんのヤマハに語りかけた。


「ねぇ、『エンジンが焼き付いて、オーバーホールで直ってくれ~~って祈る時みたな気持ち』ってどんな気持ちだろうね?」


 もちろん、このバイクは、アスラーダように話せるわけではないので、私の問いかけには答えてくれなかったのだった。

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